第4話 学院生活 1
「くそっ、あの鬼教官め! 体罰どころの話じゃねーぞ!」
唐突な長距離走に続いて行われた格闘訓練。その最中に教官のショットガンから放たれた理不尽な銃弾。
疲労困憊になりながらもなんとか屋外授業を乗り切った俺は、学院の食堂でカツ丼をかきこみながら、テーブルの向かいに座る凪に愚痴っていた。
太平洋上に浮かぶ小さな人工島にあるここ連立第二魔法学院は、国連が『優秀なマギの健全なる育成』をモットーに世界に三つ創設した、マギ専門の教育機関のうちの一つだ。
島内には俺の通う高等部だけではなく、大学部とマギ関連の研究機関も内包されている。
本州への移動手段は日に一度物資等を運んでくるコンテナ船のみ。
休暇であっても渡航には許可が必要なので、生徒や職員がストレスをためないようにと娯楽施設などは普通の学校では考えられないほどに充実している。
それに加えて島内には政府や企業の経営する商業施設などが集まる区画があったりと、まるで島全体が一つの小さな街のようになっているほどだ。
今俺たちが顔を突き合わせて昼ごはんを食べているこの二階建ての食堂も、収容人数三百はくだらないのではないかと思えるほど広い。
「安心しろ。あれはゴム弾だ。それにあの人はああ見えて、対処出来そうにない生徒に向かって発砲したりはしない」
湯気の立ち上るラザニアを次々と口に運びながら凪が答える。どう見ても出来たてなんだが、熱くないのだろうか?
日本人だけでなく世界各地から生徒の集まるこの学院では、その需要に合わせて食堂のメニューも非常に多種多様だ。初めて聞く名前の料理も数多く、俺は卒業までにここの全メニューを制覇するというのを、密かに第二の目標としている。
「それってつまり、一度対処できてしまったら今後何の躊躇いもなく撃たれまくるってことじゃないのか?」
「そうとも言う」
思わず机に突っ伏し、すました顔でピッチャーから水のお代わりを注いでいる凪を恨めしげに見上げる。
「そんな顔で見るな。それにあの魔法は凄かったぞ。リミッターで抑制されていてあの威力と精度だ。小野寺教官も内心とても驚いているだろうさ」
「お前に褒められても全く嬉しくないやい」
「そう拗ねるな。そんなに嫌なら教官の前では決して目立たず、何事も平均的にこなせばいいんじゃないか?」
「凪はここに入る前からマギ専門の学校で鍛えられてるからいいかもしんないけどな。俺の体力見ただろ? 先週まで帰宅部の一般人だったのを舐めるな」
マギに覚醒すると魔力の影響なのか、副作用として何故か身体能力も上昇する。
とは言っても元々身体能力があまり高くない俺と、マギに覚醒してから鍛え続けていた周囲との差は歴然だ。
「何で偉そうなんだ……」
俺と凪がくだらない話を繰り広げていると、さっと横に影がさした。
「隣、いいかな?」
そう言って声をかけてきたのは楓だ。今から食事なのか、カレーの乗ったトレーを手にしている。
楓は俺たちが了承する前に俺の隣に座ると、ぐっと体を近づけてきた。
「総司君と凪君って仲いいよね。いつも一緒にいる気がするよ」
それを聞いて俺は思わずポカンと口を開けてしまった。俺たちの仲がいいだって?
「当然だろ……。うちのクラス、俺たちしか男いないんだし」
(加えて他の女子には避けられてるし……)
俺の言葉を聞いて、楓はそう言えばそうだった、と納得している。
「でもまあ、ある程度は仕方ないんじゃない? 優秀なマギは女性のほうが多いみたいだしね。この学院全体で見ても、男女比率はかなり偏ってると思うよ?」
「それと合わせてこの学院でのクラス分けは個人の魔力値をもとに、なるべく総合力が均等になるように割り振られる。性別は関係ない。そのせいでお前が入ってくるまでの間、俺がどんなに居心地の悪い思いをしたか」
パクパクとカレーを口に放り込む楓の言葉を、凪が補足した。
「総司君がうちにクラスに入ったのは、ちょっとの差だろうけど、うちのクラスの魔力総合値が、他所より低かったからだろうね。でもまさか特待生が入ってくるとはねー。最初はちょっと怖かったんだけど」
「怖かった? 俺が?」
思いもよらない楓の言葉に、思わず箸を止める。そんな俺の様子に楓は、今はそんなことないよ、と笑って手を降った。
「基本的に特待生って魔力値がズバ抜けて高い人が選ばれるの。人種も性別も信条も関係なし、ただ必要なのは強力な魔法のみ! ってね。そのせいか性格もきつい人ばっかりで、総司君もそうなのかなあ、って」
ああ、それは分かる。リーゼロッテも特待生だって言ってた気がするし、あんな頻繁に怒っていたら誰だって怖がる。でも俺は別に怒ってないだろ。
「総司君も威嚇するような表情で笑うし、怖い人なんだろうな、って皆――」
「ちょっと待て」
カレーを口に運びながら何気なく告げる楓に、思わずストップをかける。
威嚇ってなんだ。俺はそんなことをした覚えはない。
「自己紹介の時もそうだったし、他の教室も覗き込んで威嚇して回ってたって聞いたよ?」
まさかあれか? 俺の愛嬌いっぱいの笑顔のことを言っているのか?
「俺は、普通に笑いかけただけのつもりだったのに……」
思わず箸を置き、落ち込んでしまう。
以前慎吾と織部に俺の会心の笑顔を見せた時は、「それならイチコロだ」って太鼓判を押してくれたはずなのに。もしかして騙されていたんだろうか。
「そ、そんなに落ち込まないでよ。最近は誤解も解けてきてるし、今だってほら。話しかけるきっかけを探ってこっち見てる娘たちがいるでしょ? やったね! モテモテだよ!」
笑顔でフォローしてくれる楓。あんたええ娘や。でも言われたとおり、こっちをチラチラと見てるやつが何人かいるな。
モテモテというのは冗談だとしても、友達が増えるのは大歓迎だ。俺としては大勢の男友達と馬鹿話で盛り上がったりしてみたかったのだが、そんな贅沢は言っていられない。そうでなくても、いつまでも凪しか話し相手がいないのは問題だしな。凪は女子とも普通に会話してるし。
そう思ってこっちに視線を送っている四、五人のグループの方に軽く手を振ると、キャーと笑顔で手を振り返された。よし、いい感じだ。
「あー、千頭。今のくらいなら問題ないだろうが、あまり不特定多数の女性にそういうことはしない方がいいと思うぞ? いや、お前が桜間の言うとおり、モテモテになりたいと言うなら止める気はないんだが」
この調子ならクラス全員と仲良くなるのも夢じゃないな、と俺が考えていると食事を終えた凪が謎の忠告を発してきた。
「え? なんでだ? 仲悪いよりはいいだろ」
「お前は色々と学ぶべきことが多い気がするな」
呆れた表情で俺を見つめる凪。楓も似たような表情をしている。
「この学院は世界各国から優秀なマギが集まっている。そしてその方針から女性が多い。ここまではいいな?」
凪先生の特別授業が始まった。全然嬉しくない字面だな。
「マギと言っても、所詮俺たちはまだ思春期の学生だ。当然異性を意識するし、彼氏彼女が欲しいという連中も多いだろう。しかし広いとはいってもこの学園は完全な孤島だ。出会いも限られてくる。そうなると当然、数少ない男子生徒の取り合いが発生する」
「それにこの学院には真面目に将来の相手を探している子も結構多いんだよ。やっぱり結婚するなら同じマギ相手の方がいいしね。科学的に立証されたわけじゃないけど、マギ同士だと子供もマギになる確立が高いんだって。だから国がそれとなくマギ同士がそういう関係になることを応援しているところもあるらしいよ。総司君ちょっと怖いけど顔もまあまあいけてるし、魔力も高いみたいだし、狙われちゃうかもね」
私もいつでもオーケーだよー、と笑う楓。冗談でもちょっと嬉しくなってしまう。
だがその理屈で言えば凪はどうなんだと聞いてみると。
「俺には婚約者がいるからな」
「マジか!?」
驚愕の返答を返された。この学校に来てから驚いてばかりの毎日だが、これが一番の衝撃だ。
この歳で婚約者がいるなんてありえるのか。こいつ実はお坊ちゃま?
「色々あってな……」
俺が身を乗り出して詳細を聞き出そうとすると、凪は複雑な表情をして顔をそらす。
残念だが、あまり話したくはなさそうな雰囲気だ。
「自己紹介でそれを言う凪君も、結構変わってるよね」
「……それに加えて魔力値もクラスで最低だ。誰も相手になんてしないだろ」
「そう言えばそうだったね」
俺が転入する前に健康診断よろしく魔力測定でもやったのだろうか。楓も何かを思い出すように苦笑いを浮かべている。
「まあとにかく、よく考えることだ。そろそろ昼休みも終わる。千頭、早く食え」
話は終わったとばかりに立ち上がる凪に続き、いつの間にか食べ終わっていた楓も立ち上がる。
「次の授業はマギについての座学だったっけ。総司君、ちゃんと復習してきた?」