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第3話 転入

『部屋で待て。呼びに行く』


 タイトルもなく、たったこれだけの本文が書かれたメールがリーゼロッテから送られてきたのは、引越しを終えた翌日。転入初日の朝のことだ。


 色々と戸惑うことばかりだったけれど、これから通う連立第二魔法学院での学生生活に期待がないと言えば嘘になる。支給された学院専用の新品の制服。白を基調としたそれに着替え、意気揚々と部屋を出ようとしていた矢先で出鼻をくじかれた形だったが、正直この申し出はありがたかった。

 一応事前に校内の見取り図は見ているが、とにかくこの島にある建物はどれもがでかくて広い。実際に歩くとなると、ちょっと自信がなかったのだ。


 ベッドに腰かけ、待つこと数十分。当初の予定では早めに職員室に向かい、クラス担任の先生に挨拶した後、そのまま一緒に教室に向かうはずだったのだが、もう絶対に間に合わない。

 さすがに遅すぎないかと思って何度か連絡してみたのだが、電話には一切応じず、ただ『待て』、『もう少しだ』という文面のメールが返ってくるばかりだった。


 そうこうしているうちに、時刻はもう九時過ぎ。

 ここの時間割がどうなっているのかは知らないが、どう考えても一時間目の授業は始まっているだろう。


 今更先に行く気にもなれず、ただぼーっと時計を眺めていると、ようやく部屋に備え付けられているチャイムが鳴った。


「おい、遅いぞ。もうこんな時間―――」


 開口一番思わず文句を言いかけたが、扉の前に立っているリーゼロッテの表情を見て、続く言葉を飲み込む。

 機嫌が悪い。それも相当に。たった数日の付き合いでも分かるほどだ。


「ええと……リーゼロッテさん?」


「ついて来い。教室まで案内してやる」


 くい、と顎を動かし歩き出すリーゼロッテ。どうやら謝罪の意思はないみたいだ。


 寮を出て、校舎へ向かう。下駄箱で靴を履き替え、とても学校とは思えないほど綺麗な廊下を歩く。

 よく考えたら次からは自分一人で通らなきゃいけない道なのに、俺には道筋を頭に叩き込む余裕がなかった。


 空気が重い。

 異様な圧迫感を発しているリーゼロッテが気になって、それどころじゃない。このままでは居心地が悪すぎるので、勇気を出して口を開く。


「そういやあれからずっと包帯巻いてるけど、腕の怪我は大丈夫か?」


 あの蜘蛛型のロボットに襲われた際に負傷した右腕はやっぱり折れていたらしく、あれ以来ずっとギプスで固定され、三角巾で吊るされている。


 そういえば、あのロボットについて詳しく説明されてないな。一体あいつは何だったんだろう。


「……心配してくれているのか?」


 怪我をした腕の話をしただけなのに、リーゼロッテから放たれていた圧迫感が少し和らいだ。やっぱり何事においても会話というのは大切だ。


「いや? 回復魔法の使えるマギとかいるんじゃないのかな、と思ってさ」


 ここはこの世の物理現象を無視した連中がひしめいている場所なのだ。腕の一本や二本、あっという間に治せそうなものだが。


「……ヒーラーについては可能性は示唆されているが、実在は確認されていない。常識だぞ」


 俺の疑問は、再び不機嫌そうになったリーゼロッテに、にべもなく切り捨てられる。馬鹿なやつだと思われたんだろうか。


 まあ考えてみれば当然だ。もしそんな存在がいたら、世界中からひっぱりだこだろうし。


「しかし姉上め」


 一度口を開いたことでたがが外れたのか、今度はリーゼロッテの方から話し始めた。と言っても、どうやら愚痴に近い独り言のようだが。


「いや、迂闊だったのは私のほうか。転入させることで頭が一杯で、すっかりクラス割のことを忘れていた。あの人が私の望みを進んで汲んでくれるはずがないのに」


(ああ、やっぱりもう授業始まってるよ)


 リーゼロッテの独り言を無視して、通り過ぎる教室の中を覗く。


 どうやらこの学校の予算は、普通じゃ考えられないくらい潤沢みたいだ。授業を受けている生徒一人ひとりの机に、空中ディスプレイが導入されている。本来俺が通う予定だった高校じゃ、考えられない環境だ。


 ついでに廊下を歩く俺たちに気付いた何人かの生徒に、笑顔を返しておいた。

 場所は変わってしまったけれども、俺の目標は変わらない。第一印象は大事だ。特に俺は遅れて転入するわけだしな。


 いくつか教室の横を通り過ぎ、中にいる人に気付かれるたびに同じようなことをしていると、急に立ち止まったリーゼロッテがばっと俺の方を振り向き、指を突きつけてきた。


「いいか、総司! パートナーを選ぶ際、マギにとって一番大事なのは、お互いを高めあえる優れた相手を選ぶことだ! 実力は拮抗しているほどよい! お前ほどの魔力の持ち主なら、釣り合う者は限られてくる。た、例えば私などだ。そのことをよく考えて――」


「お、おう?」


 こいつはいきなり何を言っているんだ? いいから早く教室まで案内してくれよ。


 俺の反応が気に食わなかったのか、リーゼロッテがその鋭い目を更に吊り上げるのと同時に、すぐ横のドアがガラリと開いた。

 そこから出てきたのは上下ジャージ姿の女の人だ。不機嫌そうな表情で俺たちをジロジロと見つめている。俺より若干背が高いこともあって、かなりの迫力だ。


「廊下で何を騒いでいる。千頭だな? 着いたのならさっさと入って来い。それとギースベルト、お前の成績なら少々授業放棄しても許されるだろうがな、あまり度を過ぎるようなら」


 女の人はそこまで言うと、ジャキッ、と手に持ったショットガンのフォアエンドをスライドさせた。


 何でショットガン? 本物?


 俺が事態を把握できずに唖然としていると。


「申し訳ありません、小野寺教官。すぐに戻ります。総司、いいな。忘れるなよ」


 と言い残し、リーゼロッテはあっさりと去っていってしまった。てっきり同じクラスだと思っていたのに。一体何しに来たんだ?


「何をしている。聞こえなかったのか? 早く入れ」


 俺がその後姿を見つめていると、女の人がショットガンで小突いてきた。

 銃口こっちに向けないでくれよ。モデルガンでも危険だぞ。


 小野寺という名前らしい教師に促されるままに後に続き、三組とプレートのかけられた教室に入ったところで、俺はまた呆然としてしまった。


 気のせいか? いや、気のせいだよな。いやいや、気のせいじゃない!


(男女比率がおかしい!)


 非常に目立つスキンヘッド頭の男を除いて、クラスメイトが全員女子、女子、女子だ。なんでだ? ここに来るまでの教室には普通に男子もいたはずだ。……いたよな?


「授業中だが、本日付で転入してきた千頭だ。では千頭、自己紹介をしろ」


 小野寺先生の言葉に慌てて教壇の上に上がる。


 クラス中の視線がこっちを向いていて気恥ずかしい。加えてその視線のほとんどが同年代の女子のもの。未だかつてこんな経験をしたことがないので、頭の中が真っ白になりそうだ。


「ええと、千頭総司です。趣味はゲームです。よろしくお願いします」


 しまった。面白みもくそもない。

 誰かが同じことを言っていたら、百パーセント右から左になると自信を持って言える自己紹介をしてしまった。こんな奴と積極的にお友達になりたいと思う人は極少数だろう。


 けれども仕方のないことだと自分に言い訳をする。ただでさえ無茶苦茶な状況で混乱してるんだ。しばらくは大人しつつ、情報収集をすべきだ。


 ぺこりと頭を下げ、何か言われる前に教壇を下りようとしたが、それより早く「はいはいはい、ゲームって何やるの?」「何でこんな時期に?」「転入試験って難しかった?」「彼女いますかー?」、クラス中が喧々囂々としてしまった。


(何で今のでそんなに興味津々!?)


 喜ぶべきことなのに、またもや予想外の展開に混乱してしまう。流石に無視してしまうわけにはいかないが、こんな時にどうすればいいのかも分からない。助けを求めるように周囲を見渡していると、唯一の男子生徒であるスキンヘッドが、同情するような視線を向けてきているのに気がついた。

 直感した。あいつはいいやつだ。


「静まれ!」


 一括。

 俺がオロオロとしていると、たった一声でクラス中を静かにさせ、小野寺先生は言葉を続けた。


「言い忘れていた。こいつは特待生だ」


 皆が静まり返ったこの隙にと、俺は笑顔でもう一礼すると、そそくさと教壇を降りることに成功した。





 さて、ここまではよかったのだが。『特待生』――それが何か問題なのか、以降俺は女子に、つまりクラスのほぼ全員から若干距離を置かれるようになってしまった。


 幸いなことにクラス唯一の男子である凪将太は特に気にしていないらしく、以降俺は彼と行動を共にすることが多くなり、気兼ねなく会話できるくらいの関係になれた。

 そしてもう一人。クラス委員だからとこの学校について色々教えてくれた桜間楓。

 リーゼロッテはクラスが違うし、この二人だけが今現在、俺が友人と呼べる数少ないクラスメイトだ。


 連立第二魔法学院に転入してから数日。俺は早くも友達十人という最初の目標ですら、果てしなく困難な道程のように思えてきていた。

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