第1話 覚醒 1
魔法。超能力。仙術。呪術。そしてその他様々な超常現象。
かつて空想上の産物とされていたそれらは、今は総じて【魔法】と呼ばれ、実在する力の一つとして世界に認知されている。
全ての始まりは約五十年前。
ある日何の前触れもなく突然に、世界で初めて魔法を使える人間が現れたらしい。
そしてそれを皮切りとするかのように魔法使い――通称【マギ】と呼ばれる人間が各地で次々と現れ始め、その力がタネも仕掛けもない『本物』だと証明されると世界は驚愕に包まれた。
【魔法】の実在、そしてそれを操る【マギ】という存在。この二つの事実にあらゆる国家や団体は、総力を挙げて研究を開始した。
その結果判明したのは、マギは体内に【魔力】と呼ばれる未知の力を宿し、自らの意志で操ることが出来るということだ。それによって普段は血液のようにただ身体中を巡っているだけの魔力が活性化し、マギの周囲にあらゆる事象を引き起こす。これが魔法の正体だ。
マギが使える魔法は基本的に一人につき一種類。もしくは風と空気、冷気と氷といった近しい特性を持つものだけ。
また、同じ系統の魔法を操るマギでもその強さは千差万別で、例えば炎や熱を自在に操る【パイロキネシス】と呼ばれる魔法があるが、マッチの炎程度の発火現象を起こすのが精一杯な者もいれば、人よりも大きなサイズの火球をやすやすと生み出せる者もいる。
この事実にとある学者はマギの肉体をコイルと例えるならば、魔力はそこを流れる電流であり、その周囲に発生する磁場が魔法によって引き起こされる現象だと発表した。つまり強力な魔法を操りたければ、それに見合うだけの莫大な魔力が必要なのだと。
人ならざる超常の力を操るマギ。世界がその存在を受け入れ、急速に研究が進められる中、その力が如何なく発揮されたのは戦場だった。
マギの資質を持つ者は極僅かな上に、魔力が発現し、マギとして覚醒する時期は個人によってバラバラ。加えて統計ではその殆どが未成年のうちに覚醒すると言われている。つまり、当時のマギはその殆どが年端もいかぬ子供だったということだ。
しかし自動車よりも早く走り回り、敵を片端から殴り倒す。銃弾をものともせず単身敵陣に突入し、壊滅させる。そんなことが可能な『戦力』であるという事実の前に、あらゆる倫理観は無視され、大人たちは諸手を挙げて喜んだ。
大々的に発表されこそしなかったが、テロ。内戦。紛争――今尚続く争いの場の中に、逐次マギが投入されるようになるまでさして時間はかからず、やがて魔力によって動くマギ専用の装備、通称【マギア】が開発されると、戦場の様子は一変した。
そしてとうとう約三十年前、第一次魔法大戦と呼ばれる大規模な世界戦争が起こった。
それまでの戦争の概念を覆す、マギ達が最前線で殺しあい、敵地を蹂躙する戦争。詳細な記録は公式に発表されていないが、どの国も尋常ではない被害を被ったらしい。
結果として痛み分けという形で終戦し、以後各国は魔法を平和のために使うという名目の元、マギの健全な育成のためにと専門の教育機関等が多数設立された。
――そして現在。
◆
「おっしゃあ! 終わったー!」
季節は春。今日は都内の某高等学校の入学式。
まるで新入生たちを祝福するかのように風に乗って桜の花びらが舞う中、俺は学校の正門の前で両手を上に掲げ、大きく伸びをした。
下ろしたての学ランに、肩から提げられた指定鞄。そして提げ紐の先には『千頭総司』と刻まれた新品のネームプレート。
逆立ち気味な短髪と客観的に見てもやや目つきが悪いという点では少し周囲から浮いているかもしれないが、どこからどう見てもピカピカの高校一年生だ。
周囲には俺と同じ新入生の男女が溢れ返っているが、誰もが皆笑顔を浮かべ、開放感を味わっている。
とてつもなく長い校長先生の話に続き、新しいクラスでの儀礼的なホームルームがついさっき、漸く終わったところなのだ。無意味な行事だとは思わないが、退屈な時間だったことは間違いなく、体は完全に凝り固まってしまっていた。
伸びに続いて簡単な柔軟も始めるが、糊で固くなっている服のせいで上手く体が動かせない。この強張りも毎日着ているうちに、少しずつ消えていくのだろう。
今は煩わしいが、この学ランが学生という身分において最後に着る制服になるのかと思うと、少し感慨深く、そして貴重なもののように思える。大事に着よう。
「まさか明日からいきなり授業だとは思わなかったけどね。めんどくさいなあ。それよりそこにいると邪魔だと思うよ?」
腕を組んで体を捻っていると、横から声がかけられた。
俺より頭ひとつ低い身長、短く切り揃えられた頭に丸眼鏡。皮肉げな口調ながらも周囲と同じように解放感を感じているらしく、顔には笑みが浮かんでいる。
足達慎吾。付き合いは短いけれど、俺の最も親しい友人。いや、親友といえる男だ。
「この後は特に予定もないし、今日はもうパーっと遊ぶかい? 織部には悪いけど」
二人で横に並んで歩き始めると、ふと慎吾がそんな提案をしてきた。
断る理由はない。少し気遣わしげな慎吾の表情に、同じ高校に入学した共通の友人の顔を思い浮かべるが。
「いいや、スポーツ推薦なんぞで入学する方が悪い。楽しやがって。そうだな、駅前のゲーセンにでも行こうぜ。そんでもって、活動開始は明日からだ!」
まだ入学式だと言うのに、早速部活動に参加させられている哀れなもう一人の友人のことを思い浮かべながら、ぐっと拳を握りしめる。あいつには後でメールでも送っておけばいいだろう。
「活動開始、ね。友達百人計画なんて考え、まだ諦めてなかったの?」
「いや、最近百はちょっと難しいって気付いたからな。まずは十人くらい。とりあえずはクラスの男子全員が目標だ」
「それはまた、一気に難易度下げたね」
呆れたような視線でこっちを見つめる慎吾だが、俺は至って大真面目だ。
俺の父親は異常と言えるほど転勤の多い職業に就いているのだが、そのお陰で生まれてから今日に至るまで、一年として同じ地域に住んでいた例がない。
幼少期ならいざ知らず、小中学校になってまでこれが続くと非常に大きな問題が発生する。
そう。友人が出来ないのだ。
どこに行っても誰にだって昔からの知り合いや友人がいる。そこに急に現れ、たかが数週間や数ヶ月で去っていく俺。そんな相手と引っ越しした後も連絡を取り合える程の友情を育めというのが無理な話なのだ。
慣例として開かれるお別れ会。大して親しくもなれなかったクラスメイト達に見送られる事数知れず。
そんな俺が苦労の末に漸く手に入れた、全寮制の高校という最高の環境。
もう誰にも、何にも邪魔はさせない! 俺はこの高校生活でたくさん友達を作って、最高の青春時代を過ごすんだ!
「……気合は分かったからさ、早く行こうよ。寮にも門限はあるんだし」
「おっと、それもそうだ」
決意を新たにしているうちに、足が止まってしまっていたみたいだ。
慎吾の指摘に鞄を背負い直すと、再び駅前に向かって歩き出す。一度寮に戻ろうかとも思ったけれど、荷物も少ないし、何より時間が勿体無いので直接向かうことにする。
校門の前から続く細道を抜け、駅へと続く国道へ出る。時間の関係なのか、歩道よりも圧倒的に交通量の少ない車道を横目に歩いていると、すぐ隣を外交官ナンバーをつけた高級そうな車が追い抜いていった。こんな所で珍しいな。
「わあ。今通った車、マギアだね。うっすらとだけど、表面が輝いてたよ」
途端、慎吾がはしゃいだように声を上げた。
「マジか? 全然気づかなかったぞ」
マギア。
かつては世界中から恐れられた名前だが、今やそう呼ばれるのは武器や兵器だけではない。
魔力を原動力とする機械工学。年々増加傾向にあるマギのために、日常製品にもその技術が応用され始めているのだ。
とは言え未だマギの人口は全人口に対して0.00一パーセント以下と言われており、使用できる人間が限られているので、そのほとんどがオーダーメイドの特注品。
今横を通った車も、そのうちの一つだろう。
「多分純正モノじゃないね。百パーセント魔力で動いているのなら、もう少し輝きが強いし、少し色が付いて見えるはずなんだ」
「相変わらずだな。この魔法オタクめ」
腕を組みながら、したり顔で頷く親友の肩を軽く小突く。
初めて会った時からそうだった。慎吾はマギに強い憧れを抱いていて、それを隠そうともしない。マギに関する書物やニュースを読み漁り、その知識は俺が知っている中では匹敵すら出来る人がいない程だ。
その偏執ぶりのせいか中学ではやや孤立気味だったこともあり、同じく孤立気味だった俺が話しかけたのが馴れ初めだ。
「ひどいなぁ。でもいいよねえ、マギ。実際に魔法を使ってる所はテレビでしか見たことがないけど、僕もなりたいなあ」
「覚醒する時期はバラバラなんだろ? 俺たちにだって可能性はあるじゃないか」
「だったらいいんだけどねえ。あんまり歳をとってから覚醒されても逆に困りそうな感じしないかい? 折角マギ専用の教育機関もあるんだし、もし僕に素質があるのなら早いとこ覚醒してほしいとは思うよね。あーあ、何で魔力って覚醒するまで測定できないんだろう」
「さあ? それもそのうち解明されるんじゃないか?」
魔法が世界に認められてから五十年。当然様々な研究が進められているが、まだまだ未知の部分は多い。そもそもマギ自身が、自分が魔法を使える原理がよく分かっていないと聞いたこともある。
その後もマギへの憧れを語る慎吾に、相槌を返しながら駅前を目指す。
(マギ、か……)
魔法という超常現象を操る存在。
勿論俺だって憧れている。もしなれたらあんなことがしたい、こんなことがしたいと、まるで当たってもいない宝くじの使い道を妄想するようなことも何度もした。
けれどもこればかりはどうしようもない。以前テレビでみたマギへのインタビューでも言っていた。マギへの覚醒は唐突に、何の前触れもなく起こるのだと。
やがてひと通りマギに関する話題が出尽くすと、俺たちは最近稼動し始めた新しいアーケードゲームについてへと話題を変え、駅前に向かって歩き続けた。
◆
「態々ご足労いただきまして、申し訳ありません。ギースベルト嬢」
先ほど総司達を追い抜いた車の中。
運転席に座る男がミラー越しに後部座席に向かって、申し訳なさそうな声音で話しかける。
ハンドルを握る男の手は薄く緑色に輝いており、それは同時に男がマギであることを示していた。
「問題ない。これも仕事だ。それと私のことはリーゼロッテと呼べ」
ギースベルトと呼ばれた後部座席に座る青髪の少女は、自分の父親ほども年齢の離れている運転手に向かって鷹揚に頷く。
「ですが、今日は入学式だったとか。これが終わりましたらすぐに島まで送らせていただきますので」
「気にする必要はない。このような地で学ぶことなどないし、学院への入学も姉上からそのように命令されたからだ」
「……何かご不満な点が?」
露骨に不機嫌そうな表情を浮かべたリーゼロッテに、思わず尋ねる男。
男の知る限り彼女が入学した学院は、類似する機関の中でも群を抜いてレベルの高い場所だ。マギの中でも特に優れた者しか入学を許されていない学院。そこへの入学を切望しながらも、夢叶わなかったマギが大勢いる。
「当然だ。何よりも生徒の間はリミッターの装着が義務付けられるなどと……。私をそこらの愚物と同列に扱おうというのか」
ますます不機嫌そうな顔で左手の袖の辺りを握るリーゼロッテ。そこに何があるのかを理解した運転手は何と答えればいいのか分からず、仕事の話を始めた。
「例のマギアですが、先日無事試作機が完成したのはいいのですが、どうも予定していたスペックとは大きく異なるらしく、現場の開発スタッフから一度稼動データを取りたいと連絡がありました。詳しい説明を要求したのですが、起動可能なマギを連れて来いとの一点張りでして」
「責任者は誰だ? 費用を出してもらっている立場だということを、理解しているのか?」
不機嫌そうな顔から一転、リーゼロッテは呆れたような表情を浮かべる。
「イーゴルという男です。能力は高いのですが、性格に問題ありと聞いています。日本での開発研究を強く主張したのもこの男でして」
「姉上らしい人選だな……」
はあ、と小さくため息をつき、リーゼロッテは能力第一主義の姉の姿を思い浮かべた。
「駅にそのイーゴルが来ているはずですので、そこでマニュアルに目を通していただき、そのまま実験に移っていただきます」
「駅の近くでか?」
運転手に訝しげな顔を向ける。
初期の設計とどれほど異なるのかは知らないが、構想段階ではかなり大型のマギアだったはずだ。人目につくような行為は慎むべきのはず。ましてや駅前など論外である。
「私も詳しくは存じませんが、今回は簡単な起動実験だけでいいそうなので、場所は問わないそうです」
運転手もリーゼロッテの疑問は最もだと思ったのだろう。彼女が次の言葉を発する前に、慌てて補足する。
「……分かった。続きは現地で本人から聞くことにする」
「申し訳ありません」
そこで会話は途切れ、さらに数分ほど車は走り続けた。
やがてこの周辺地域一帯のターミナルでもある巨大な駅の前に差し掛かると減速し、ロータリーに立つ一人の男の前で停車する。
その男は車が停車するやいなや後部座席のドアを開け、同乗者の了解も得ずに勢い良く乗り込んできた。
「お待ちしておりました、ギースベルトさん。私、開発主任のイーゴルと申します」
脂ぎった長髪によれよれの白衣。目の下には隈を作り、体も痩せぎすているが、目だけは何かに取り憑かれたかのようにギラギラと輝いている。
典型的な開発者タイプ、それもかなり面倒な相手だ。
自身の経験から相手のことをそう評価すると、リーゼロッテは全く気持ちの篭っていない外面だけの笑顔を浮かべた。
「はじめまして。イーゴルさん。私のことはリーゼロッテと呼んでください」
「ではリーゼロッテさん、早速ですがこちらの資料を……」
リーゼロッテの顔を見ようともせず、鞄から書類を取り出し始めるイーゴル。
それを見て、彼女は今日何度目になるかも分からないため息をついた。
◆
「うーん、今回の期間限定バーガーはハズレだな」
ひとしきりゲームセンターで遊び倒した後、俺たちは駅のロータリーに面するハンバーガーショップで昼飯を食べていた。
「そうかな? 僕は結構美味しいと思ったけど」
「慎吾の味覚が変わってるんだよ。この前のやつはうまかったって言ってるのに」
「いいや、あれは不味かった。これは譲れないね」
普通の学生らしくジャンクフードには目がない俺たちは、こうやって期間限定の新作が発売されるたびに一度はそれを食べている。
そしてその度に思うのだが、どうやら慎吾と俺の嗜好は全く異なるようだ。時に突拍子のない味付けをする新作の商品に対して、未だかつて同じ感想を抱いたことがない。
今回もそうだ。『ココナッツバーガー ~きんぴらゴボウのホワイトソース和え~』なんていう明らかなネタメニューを、慎吾は美味しい美味しいとバクバク食べている。俺は一口目で後悔したぞ。
議論は平行線を辿り、飲み物が無くなったところで店を出ようと立ち上がる。
「オーケー、分かった。この決着はゲーセンに戻って格ゲーでつけよう」
話し合いで決着がつかない時はゲームで。それが俺たちのやり方だ。
それにさっきまで負け続きだったからな。次こそは勝つ。
「面白いね。今までの戦績を忘れたの?」
俺の提案に、眼鏡を光らせながら不敵に微笑む慎吾。
上等だ、とトレーを片手に歩き出した瞬間、爆音と共に店の窓ガラスが割れ、店内に突風が吹き荒れた。
◆
「と、このようにあらゆる状況を想定して作られており、いかなる地形においても十全の機能を発揮し、活動することが可能なのです」
目の前の男が資料を片手に話し始めてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。
よくもまあここまでこちらが口を挟む余地もなく、延々と話し続けられるものだ、とリーゼロッテは感心していた。
私には聞く権限がありませんので、と早々に出て行ってしまった運転手の男を羨ましく思う。
「おっと、もうこんな時間ですか。ここまでで何か質問はありますか?」
ようやく一区切りがついたのか、イーゴルの話が終わる。
聞きたいことはいくつもあったがとりあえずは、とリーゼロッテは口を開いた。
「貴方の話を聞いている限り、戦闘に特化しているように感じられましたが、当初の目的は災害救助用のマギアの開発だったのでは?」
「仰るとおりです」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷くと、イーゴルはリーゼロッテに詰め寄った。
(もう数センチでも近づいてきたら、氷漬けにしてやろうか)
思わずそんな考えが浮かんだリーゼロッテだったが、その間にもイーゴルの話は止まらない。
「初期設計の構想者は私ではないのですが、まあ確かにただの自然災害時であれば当初のスペックでも問題なかったでしょう。しかし救助の場が戦場だった場合はどうでしょうか? 今でも紛争地帯などの争いの場でマギが主力であるというのは、変えようのない事実です。そんな場所に要救助者がいた場合は? まずは周囲の脅威を排除せねば、駆けつけることすらままならないではありませんか! そこで私は――」
イーゴルの話は途中からリーゼロッテに届いていなかった。
話を聞く価値もない。そう判断したのだ。
(なんと度し難い愚か者だ)
どう言い繕おうと、この男のしたことは変わらない。
つまりこの男はギースベルト家から与えられた資金を使って、秘密裏に兵器を開発していたのだ。
兵器を作ること自体は別に構わない。それが必要になる場面が多々あることは、彼女も理解している。
リーゼロッテが許せなかったのは、要求されたことと全く異なることを行った上に、そのことを正当化しようと詭弁を並べ立てるこの男の在り方だった。
「分かりました。もう結構です」
話は終わりだとばかりに、資料を読むふりすらやめる。
それを見てイーゴルは笑みを浮かべた。
「おお、分かってくれましたか。では早速実験の方を」
「必要ない。開発は即時中止。全データは全てギースベルト家が没収、貴様はこの場で拘束する」
言い捨て、バッと資料を投げ捨てる。
車内に舞い散る紙の束を見て、イーゴルは唖然とした表情を浮かべていた。
最早何も言うことはない。リーゼロッテはイーゴルの四肢を拘束しようと手を伸ばし、クツクツと彼が笑っているのに気がついた。
「何がおかしい?」
どこにも逃げ場はない。そのまま後ろのドアから出ようとしても、リーゼロッテの方が圧倒的に速い。
だがイーゴルのその笑いは観念したわけでも、自棄を起こしているわけでもなかった。
「いえ、残念ですが致し方ありません。ですが実験は予定通りやらせていただきますよ」
告げると同時に、イーゴルの体が薄く発光する。
(マギ!?)
その現象に咄嗟に魔法を発動しようとしたリーゼロッテだったが、いつもより魔力が収束するのが遅い。
「くっ、リミッターかっ!!」
原因に思い当たり内心で舌打ちするが、既に手遅れだ。
リーゼロッテが忌々しげに睨みつける先で、イーゴルの姿が忽然と消える。
(テレポート!)
転移系の魔法はかなりの魔力を消費する。イーゴルがそこまで強い魔力の持ち主とは思えない。
まだ近くにいるはずだ、とリーゼロッテが咄嗟に窓の外を振り向くと、いつの間にか大型トレーラーが車のすぐ傍に隣接していた。
瞬間、何かがコンテナの一面を内側から突き破り飛び出してくる。リーゼロッテがそれに反応する間もなく、乗っていた車にそれが着弾。
爆発、炎上した。