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第14話 Battle! 1

 魔法の発動をやめ、前に向けていた右腕を下ろす。


 静寂が耳に痛い。さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。会場は完全に静まり返っている。

 こんなにも人がいて、ここまで音がしないなんてことがあるんだな。


『え、ええと。場外です。勝者、千頭選手……』


 司会者の呆然としたような声音が、ドーム内にやけに大きく響き渡る。


(よし、勝った)


 静まり返っている観客の気持ちも分かるが、何も問題はないはずだ。


 ところが舞台を降りようと体を反転させると、後ろから大声が響いた。


「お待ちなさい! こんな……こんなの、納得いきませんわ!」


 ついさっきまで下で呆然としていたはずのバーナーさんが、すごい剣幕で舞台に戻ってくる。


「卑怯です! 正々堂々と勝負なさいな!」


 そんなこと言われてもな。


「場外への落下は敗北。ルール通りだろ?」


 そう、何も人形が壊れるまで攻撃を加える必要はない。相手を舞台上から落としてしまえばいいのだ。


 俺の魔法はサイコキネシス。試合が始まると同時にバーナーさんを魔力で掴み、反応される間もないように高速で舞台下に下ろすことだって出来る。

 ちゃんと魔法も使ったし、この上なく安全で決着も早い。非の打ち所がないと思うんだが。


「こんな……!」


 絶句するバーナーさんを他所に、漸く観客がざわつき始める。どうもあまり肯定的な雰囲気ではない。


『ええと、はっきり申しまして、盛り上がりにかけるといいますか。何と言いますか……。え? 問題ない?』


 司会者の人も若干戸惑っているみたいだけれど、勝敗については問題ないようだ。


 バーナーさんはまだ納得がいっていないようだけど、もう決着の宣言はされている。無視して舞台を降りようとすると、またもや大声が響き渡った。


「皆さん! 観客の皆さんはこれでいいのですか!?」


 観客を味方につけようって魂胆か?




   ◆




「バーナー家の長女か。格が知れるな」


 舞台上で叫ぶミラを見下すような目で見下ろしながら、レオニードは吐き捨てるように呟いた。


「あら、貴方は今の試合、納得が行くのかしら?」


 傍に控える執事にワインのおかわりを注がせながら、フリーデリンデは上機嫌そうに尋ねる。


「意地の悪い質問はおやめください。魔法発動から行使までの速度、正確さ。確かにただの魔力馬鹿ではないようです。少なくともこのルールで戦う限り、あの小娘では相手にならないでしょう。それが分かっているからこそ、教師陣も今の結果に異議を唱えていない。最も、この程度ではまだ姫様のパートナーに相応しいとは思えませんが」


 それでも、認識は改めなくてはならない。


 レオニードは今のたった一戦で、総司に対する評価を引き上げていた。


「ふふ、貴方もあと少しね。あの娘は場外に突き落とされたのではなく、まるでお人形を扱うように降ろされていた。その意味をよく考えなさい」


「?」


 どういう意味だ? とレオニードが考える間もなく事態が動く。


 観客たちの熱気が高まっていく。怒号を上げる者も出始めた。


「このエキシビジョンマッチの本来の目的はお披露目。いくら『使える』者が理解できても、他の客が納得しなければ意味は無い。面白くなりそうよ」


 観客たちの大半はミラの意見に同調し始めたようだ。

 彼らが望むのは派手な魔法戦。それも高位のマギ同士の戦いともなれば、目に見えて激しい戦闘になることを期待している。

 一瞬の決着。それもこのような結果では不完全燃焼だ。


『皆さん、お静かに! 落ち着いてください!』


 司会者の制止を上回る声量で、再戦を望むコールが巻き起こる。


 それに後押しされるように教師たちが連絡を取り合い、走り回る。やがてどこからか連絡を受けた戸叶が、舞台にいる二人の近くに歩み寄った。




「千頭君、このままじゃ収まりがつきそうにないの。本当に悪いけれど、もう一度彼女と戦ってくれない?」


 申し訳無さそうに、生徒である総司に頭を下げる戸叶。


 彼女とてこんな事態は望んでいない。先の勝負は正しくルールに則って行われており、総司の実力もきちんと理解できていた。


 しかしこの催しはその名の通り、エキシビジョン。勝敗の結果よりも、お披露目の意味合いの方が強い。

 観客の中にはこの学院内における活動のスポンサーもいるし、何よりバーナー一族の者も来ていた。

ギースベルト家には遠く及ばないが、魔法関連ではそれなりの影響力を持つ一族だ。無下にはできない。


「いやちょっと、頭を上げてください……!」


 目の前で頭を下げる教師に慌てる総司。そして改めて周囲の様子を確認する。


 鳴り止まぬ再戦コール。ごく一部を除いて、生徒たちですらが叫んでいた。


(まぁ、気持ちは分かるんだよなぁ)


 ずっと前から期待して観に行ったスポーツの試合。それがよく分からないまま一瞬で決着がついたら、自分もやり切れない気持ちになるだろう。

 かと言って簡単に状況に流されるのもよくないとも思う。ここで自分があっさりと再戦を受け入れてしまえば、今後も似たようなことが起こるかもしれない。


(そして何より、俺にメリットがない)


 これが最大の理由だ。

 確かに一度勝っているのに、何かの間違いで次に負けてしまったらどうなる? 実際には一勝一敗なのに、自分の負けと裁定されてしまう可能性が高い。勿論負ける気はないが、勝負の世界に絶対はない。


 やっぱり断るか? と総司が考えた時、胸ポケットに入れていた携帯電話が震えた。


「あ、ちょっとすみません」


 電話の着信だ。発信者はリーゼロッテ=ギースベルト。

 電話をかけてきたのは初めてじゃないだろうか、と思いながら総司は迷わず通話ボタンを押す。


 どう考えてもマナー違反だが、先に言いがかりに近いマナー違反をしてきたのはあっちだ。と総司は自分を見つめるミラの方を見ながら開き直っていた。

 そして何より、リーゼロッテがこのタイミングで意味のない電話をしてくるはずがない、という確信があった。


『総司か。私だ』


「ああ、こんな時に一体な――」


『観客席の中段辺りにある部屋を見ろ』


 こっちの言葉をぶった切って告げられたリーゼロッテの言葉に従い、観客席を見渡す。


 確かに部屋がある。最も見晴らしのよさそうな場所だ。貴賓席みたいなものだろうか。


『そこに私の姉上たちがいる』


 その言葉に瞠目する。部屋に設けられた窓。その奥から青髪の人物が二人、舞台を見下ろしているのが見えた。


『今ここで見せつけてやれ。お前の実力を』


 答えは決まった。通話を切ると、総司は戸叶へと向き直る。


「分かりました。やります」




 通話の切れた携帯をしまい、リーゼロッテは観客席の影から貴賓室を見上げていた。


 本来なら再戦などリーゼロッテも望んでいない。予定では総司とリーゼロッテの戦いでこの催しを締めくくるのだ。余計な魔力を消費させる必要など全くない。

 しかし、状況が変わった。


(まさかあの男を連れてきているとは)


 レオニード=ギースベルト。姉の推すパートナー候補の中でも最有力候補の一人だ。確かに能力的には申し分ないかもしれない。だがリーゼロッテは彼のことが苦手だった。


(好都合だ)


 あの男は気まぐれな所がある。飽きて帰ってしまう前に、姉に総司の実力を見せつけるのだ。レオニードよりも優れたマギであると。

 もしそうなれば姉は確実にレオニードを候補から外す。そして今この場で本人にそれを告げるだろう。


(だがそれでも、最後には私と戦ってもらうぞ。総司)


 先ほどの戦いの真価が理解できていたリーゼロッテは、興奮ともつかぬ感情で頬を赤く染めた。




『前代未聞です! 先ほどの戦いの再戦が決定しました! さらに今回のみの特別ルール。勝利条件は唯一つ、相手の人形を完全に破壊したほうが勝者です!』


 ワァァ、と観客が沸く。次の試合は間違いなく自分たちを満足させてくれる。そんな期待のこもった熱狂。

 待ちきれない、早く始めろという声に押されるように、司会者の声が響く。


『双方開始線に着きました。泣いても笑ってもこれが最後です。最終戦、開始ぃぃ!』


 審判の宣言と同時に、ミラの周囲に炎の渦が生じる。乃々との戦いとは比べ物にならない勢いと規模の炎だ。総司を最大の障害と認め、警戒している証でもある。


 荒れ狂う炎は総司の視界からミラを覆い隠し、キャンセラーで作られた結界内の温度が上昇していく。


 だが吹き荒れる炎を前にしても、総司はまだ動かない。


(攻めあぐねているのですね? 先ほどとは違いましてよ!)


 渦の中心。ミラは両手を高く掲げると更に魔法を発動した。

 近づけば骨さえ焼き尽くされそうな炎の渦の上空に、ポツリと小さな火の玉が生まれる。会場中の視線がそこに吸い寄せられる中、ミラの魔力と舞い散る火の粉を吸い上げ、火の玉は一瞬にして巨大な炎の塊となった。


 舞台の半分近くを覆う炎の渦。そしてそれすらも霞むほどの巨大な炎弾。


 幻想的とすら映るその凶悪な光景を前に、誰もが思った。

 攻めることも防ぐことも敵うまい、と。


 それを前にしてようやく総司が動く。右腕を上に掲げ、魔法を発動する。眩い白い輝きが総司を覆う。


(ふふ、確かに凄まじい魔力のようですが、もう遅いですわ。人形のお陰で死ぬことはありませんし、すぐに炎も消してさしあげます。安心なさいな)


 炎の壁を通しても見える輝きを目にしても、ミラは勝利を確信していた。いくら魔力が強くても、この状況を打破できるはずがない。


「くらいなさいっ!」


 両手を振り下ろし、炎弾を前に撃ち出す。着弾すれば舞台が吹き飛ぶのではないかと思われるほどの破壊の意思が、総司に襲いかかる。


「っああああぁぁぁ!」


 その瞬間、総司は吠えた。掲げた右腕を振り下ろす。ただひたすらに魔力をつぎ込み、イメージする。


 そして皆が息を止めて見守る中、魔法が発動した。宙を進む炎弾が、まるで見えない何かに捕まったかのように動きを止める。


「――え?」


 ミラは呆然と呟いた。


 何が起きた? 何故自分の炎弾が止まる?


 百歩譲って止められるのはまだいい。だがあの炎弾は一定以上の刺激を受けた時、即座に爆発するように作り出している。どんな魔法を使っていようとも、動きを止めるほどの影響を受けているのならば、爆発していないとおかしいのだ。


 停滞は一瞬。

 動きを止めた炎弾は、まるでビデオの逆再生のようにミラの方へと向かう。否、炎弾だけではない。ミラを守る炎の渦、そして地面の一部ですらが、前面から押しつぶされるようにしてミラへと向かっていく。


 審判たちの判断は迅速だった。

 副審の二人がミラの後方、一組側のベンチに座るラーレとアニータを抱え、全力でそこを離れる。


「キャンセラーの出力を全開にしなさいっ!」


 舞台から飛び降りた戸叶が叫ぶ。


 同時に炎弾と炎の渦、そして抉り取られた舞台の一部、それら全てがミラを巻き込み、もの凄い勢いで後方の観客席側に叩きつけられる。


 爆発、そして轟音。その衝撃に会場全体が揺れた。


 観客席を守るようにして張られたシールドは正しく機能し、外側に影響はない。だがそれでも、そこに座る観客たちは皆腰を抜かし、頭を抱えて座り込んでいた。恐怖のあまり泣き出す者まで出る始末だ。


 内側はもっと酷い。爆風が吹き荒れ、舞台を挟んで反対側のベンチに座っていたハンナと乃々ですら埃まみれになっている。


 戸叶のお陰で舞台を含む全領域に即座にキャンセラーの効果が現れ、炎は爆発と同時に消滅していた。

 やがて粉塵が収まり、ショックから立ち直った全員が恐る恐る惨状の中心を覗きこむ。


 壁際に倒れこむミラ。見たところ外傷もほとんどなさそうだ。駆け寄った戸叶によって脈が確認され、安堵の空気が流れる。


 そこでようやく審判たちが懐から青い旗を取り出した。だがそんなものを見るまでもない。


 爆発の余波で倒れ伏すラーレとアニータの人形、その中心にあったはずのミラの人形は影も形もなくなっていた。


『す、凄まじい一撃でしたぁぁ! 勝者は千頭総司選手! 優勝、一年三組ぃぃ!』


 凄まじい歓声が上がる。


 まだ一回戦。にも関わらず、勢い余って優勝宣言をしてしまった司会者を咎める声は一つもない。


 鳴り止まぬ拍手と歓声。

 それらは舞台を降りた総司が慌ててミラに駆け寄っても続けられた。




「ふっふっふ。あーっはっはっはっ!」


 大きな声で笑いながら、フリーデリンデは窓にかじりついていた。満面の笑みを浮かべ、心底楽しそうに、嬉しそうに笑う。


「ねぇ見た? 今の見た!?」


 まるで童女のようにはしゃぎながら、横にいるレオニードと執事に問いかける。


「はい。然と」


「……」


 はしゃぐフリーデリンデを微笑ましげに見ながら、しかし真剣な口調で答える執事。対してレオニードは目を見開き、無言で食い入るように総司を見ているだけだ。


「レオ! 答えなさい! 貴方のお知り合いのサイコキネシスはこんなこともできるの?」


「……いえ。サイコキネシスはあくまで魔力を通して物理的なエネルギーを生み出しているはずです。こんなことは……ならばテレキネシスか? いや、それとも違う……」


 ぶつぶつと呟くレオの返事が聞こえているのか、フリーデリンデは笑い続ける。


「もう一度、もう一度見たいわ! セバスチャン、あれを呼びなさい! 持ってきておいてよかったわ!」


「畏まりました、お嬢様」


 主の命を受け、音もなく消える執事。


 そして室内にはぶつぶつと呟き続けるレオニードと、上機嫌なフリーデリンデが残された。


「さあ、もう一度見せてちょうだい。もしかすると、貴方は本当に……!」

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