第10話 新入生エキシビジョンマッチ 2
クラス対抗新入生エキシビジョンマッチ。
今年入学した新入生全六クラスからそれぞれクラス委員一人、代表三人の計四人を選出し、魔法戦を行う。
クラス委員による個人戦、そして代表三名による団体戦は共に六クラスをA,Bの二ブロックに分けて総当たり戦を行い、それぞれのブロックの最上位同士で決勝戦を行うというプログラムだ。そして事前のくじ引きでAブロックは一、三、六組。Bブロックは二、四、五組という組み合わせに決まっている。
勝敗条件についてだが、今回審判役を務めるマギの魔法により、試合前に選手それぞれを模った等身大の人形が作られる。
この人形は選手の受けるダメージを肩代わりし損傷するという性質を持つので、その損傷具合から戦闘不能レベルになったと判断される、もしくは気絶、自身の敗北宣言、場外への落下により敗北とみなされるのだ。
「じゃあ打ち合わせ通り先鋒はアタシ。中堅がノノン、大将が総司でいいね?」
クラス毎に用意された控え室の中。左手に右拳を打ちつけてやる気を漲らせるハンナに、俺と白木さんが苦笑しながら頷く。
先鋒と中堅はジャンケンで決めたのだが、大将が俺というのは楓も含めて全員からそう言われたからだ。本当なら先鋒になりたかったのだが、まさかその理由が活躍したいからですとも言えず、多数決に従うことにした。
(優勝まで全部で三回戦。一回でも戦う機会があれば何とかなるだろ)
圧倒的実力差を示す。
リーゼとの約束だ。
リーゼは自身との戦いも望んでいるみたいだが、俺はリーゼの一族に少しでも認めてもらえればそれでいい。
「開会式も終わってる頃だろうし、そろそろじゃないかな?」
個人戦まではまだ時間があるが、応援に来てくれている楓が呟く。そしてもう一人。
「初戦の相手はギースベルトさんのいる一組! 彼女は確かに怖いですが、クラス分けは魔力値が平均化されるように分けられています。つまり、団体戦に出ている他の三人なんて有象無象です! 皆、頑張ってください!」
ついさっき発表された組み合わせ表を片手に、ボッコボコにしちゃっていいですよ! と鼻息荒く告げるのは佐久間先生だ。何故か俺たち以上にやる気満々の様子でここにいる。
実はちょっと前からこの試合の結果が担当教師のボーナス査定に影響するという根も葉もない噂が流れているんだが、佐久間先生の様子を見る限り本当のことなのかもしれない。
私この後その怖いギースベルトさんと戦うんですが、と楓が恨めしげに呟いていると、部屋に備え付けられたスピーカーから音声が流れた。
『えー、もしもし。三組団体戦の皆さん、準備はいいですか? 五分後に入場となりますので、青コーナー側の入口前に集まってください。もう一度繰り返します――』
いよいよだな。
「よし、行こうか」
一応大将だし、とそれっぽく皆を見回すと全員が無言で頷く。
まずは初戦だ。
『それでは一回戦、選手の入場です。まずは青コーナー、三組!』
ワァ、という歓声に引かれるように青色のゲートを潜る。
ドーム型のスタジアム。目の前に広がる円形状の舞台に、周囲を見渡せば観客席からこっちを見下ろす人、人、人。雑誌にでも掲載するのか、カメラもたくさん設置されている。
油断していた。もっと小規模な催し物だと思っていた。
「まだ少ないほうじゃない? 観客の半分以上は同じ学年の生徒に、一部の関係者だし。これが上級生同士の試合や体育祭だったりしたら、もっと多いらしいよ」
思わず足を止めてしまった俺の肩を、ハンナが叩く。
いけないいけない、と気を引き締めなおして前に歩き出す。あの中にはギースベルト家の人もいるかもしれないんだ。無様な所を見せてしまうと、益々心象が悪くなってしまう。
『簡単に選手の紹介を! 先頭から順に千頭総司! ハンナ=マーフィー! 白木乃々! 特に千頭選手は特待生であるということで、色々と注目も集まっています!』
(え、そうだったのか?)
やけにテンションの高い司会者の言葉の中を進み、用意されたベンチに座る。
それにしても俺に注目? いまいち実感が湧かない。
『続いて赤コーナー、一組!』
舞台の反対側、赤く塗られたゲートから三人の生徒が出てくる。向こうは三人とも女子か。
『こちらも簡単に選手紹介! 先頭からミラ=バーナー! アニータ=タリア! ラーレ=オスパルト! 中でも注目なのはミラ選手! 同じ一組のクラス委員であり特待生でもあるギースベルト選手との非公式の模擬戦で善戦惜しくも敗れたとの噂があり、その実力は今回の団体戦の中では群を抜いていると言われています!』
「「「え」」」
全員の声がハモった。ハンナと白木さんが、俺と同じように驚きの表情で固まっている。
リーゼ相手に善戦? 聞いたことないし、本当なら厄介だ。あいつ少なくとも学年では一番くらいに強いんだろ? 有象無象だなんて、佐久間先生嘘ばっかりじゃないか。
マジマジと先頭に立つ彼女を見つめていると、その視線に気がついたのかバーナーさんはちょっとくすんだ赤色の髪の毛を得意げにかき上げる。
「はいはい、ちょっと動かないでね」
俺たちが呆然としていると、いつの間にかすぐ横に一人の女性が立っていた。言われるままに視線だけを向けると、腕に『審判』と書かれた腕章を巻いている。
女性はそのまま俺たちの頭を順番に軽く叩いていくと、サッと右手を前に突き出した。
瞬間、ベンチの横の空間が煌き、白色のノッペリとした人型の物体が三体現れる。
『さあ、今回審判を務める戸叶先生の魔法により、身代わり人形が生成されていきます。この人形はパンフレットに書いてある通り、対象者のダメージを肩代わりし、損傷していきます。これで選手たちも思いっきり魔法を使えるということですね』
一組の方へ歩いていく戸叶先生の姿を横目に、改めて人形をよく見てみる。顔も関節もないとてもシンプルな造詣だがこの魔法、実はとてつもなく凄いんじゃないだろうか。
『そして選手たちの魔法が観客の皆さんに被害を及ぼさないよう、舞台には魔法遮断装置も含め、幾重ものシールドが貼られています。どうぞ安心してご観覧ください』
「キャンセラー?」
「ええと……魔力を無効化、遮断するフィールドを生成する機械のことだよ。このフィールドに触れた魔法は全部消えちゃうから、『マギ殺し』なんて呼んでる人もいるけど」
初めて聞く単語に思わず疑問の声を上げると、横に座っている白木さんが説明してくれた。
そんなものがあるのか。あれ? じゃあ、それを量産したらマギの出番ってなくなるんじゃ?
「ま、要するにバングルについてるリミッターの凄い版みたいなもんなんだけど、欠点も多いみたいだよー。一定量の魔力しか消せないから一気にそれ以上をぶつけられると壊れちゃうし、コストかかり過ぎだし、機械が大きすぎて持ち運び出来ないし、ってね」
本体は地面の下にでも埋めてんのかなー、と補足してくれるハンナ。
転入して大分経つが、まだまだ知らないことが多い。これが終わったら、本気で一度ちゃんと勉強しないといけないかもしれない。
俺たちが話している間に、どうやら一組のほうの人形も出来上がったようだ。戸叶先生が舞台の上の端のほうに待機する。
『どうやら準備は整ったようです。観客の皆さんも待ちきれないようですし、早速始めましょう。先鋒、前へ!』
「ヨ、よっし!」
先鋒のハンナが立ち上がる。向こうは一番後ろにいた女子、オスパルトさんが出るようだ。
「ウゥ……、ちょっと緊張してきた。ノノン、総司。応援よろしくね」
舞台の上に上りながらこっちを振り返るハンナ。
いきなりのトップバッターだ。そりゃ一番緊張するだろう。
「ハンナさん、頑張って!」
両手を握り締めて声を上げる白木さんに続き、俺も緊張をほぐすべく笑顔を向ける。
「頑張れ!」
一瞬ビクリと動きを止めたハンナだが、やがて苦笑すると前に向き直った。
「やっぱ怖いよ、それ」
よく分からないけれど、多少なりとも緊張は解けたみたいだ。
相手もチームメイトから何か声をかけられながら前に出てくる。
二人が開始線に立つと周囲の喧騒が徐々に収まり、やがて誰もが固唾を呑んで舞台を見つめた。
そしてピッ、とバングルが電子音を発し。
『今、全選手のリミッターが解除されました! それでは本年度クラス対抗新入生エキシビジョンマッチ第一試合第一回戦、開始ぃぃ!』




