大自然冒険活劇シリーズ 『イケニエ☆スーサイド』
むかぁし、むかし、具体的には半年くらい前。
ブリザードとか吹きすさぶ南極の大地を、1羽のコウテイペンギンさんが旅していました。
当年とって17歳(人間年齢にして)のこのオスの名前はイケニエくん。いうまでもなく本名ではありません。もともとはお父さんお母さんにもらった名前でみんなから呼ばれていました。
でもね、コウテイペンギンさんたちにはシュールにしてシビアなしきたりがあるんです。
鳥なのに空を飛べないペンギンさんたちは、海にもぐってお魚をつかまえますよね。でも、そんなペンギンさんたちもしっかりと食物連鎖のなかに組み込まれています。ペンギンさんたちが飛び込んでくるのを狙って、海の中では天敵のアザラシが大口あけて待ちかまえているのです。
もちろん、アザラシだって居るときと居ないときがあります。でも氷の上からじゃそれを見極めることは出来ないので、ペンギンさんたちはいつも水際で、困ったなぁ、という顔をしています。だってアザラシが怖いからといってお魚をとりに行かなければ、お腹が減って死んでしまいます。結局は餓死or餌食の二つに一つです。
これが普通のペンギンさんなら、そのままいつまでも、困ったなぁ、って顔をしていて、最終的にしびれをきらしたアザラシが上陸してきてオオスズメバチvsセイヨウミツバチみたいな殺戮ショーになってしまうところですが、ぼくらのコウテイペンギンさんたちはひと味違います。
氷の上に集まって海をにらんでいた彼らは、そのうち仲間同士で押し合いをはじめます。一見微笑ましくも見えるこれは世界一過酷なおしくらまんじゅうであり、つまり最初に突き落とされた一匹を観察して、アザラシがいるかどうかを確かめようという魂胆なのです。
もしもアザラシが潜んでいたら、残念ながらお友達はもう浮いてきません。代わりにいろいろ変な物が浮かんできて、南極海はたちまち真っ赤に染まるでしょう。
反対にアザラシがいなかった場合は、もはや友情の継続が不可能となった元お友達が海から帰還します。加害者は被害者を完全に無視して(あるいは見ないように努力して)、我先にと海へ飛び込みお魚を狙うのです。
イケニエくんは、その突き落とされた一匹でした。幸いにもアザラシが不在だったために彼は生き長らえたのですが、自分を犠牲にしようとした上にふざけたあだ名までつけた仲間たちに憤慨して、コロニーを飛び出したのです。
長い旅の末に、イケニエくんは別のコウテイペンギンのコロニーに辿り着きます。
ずっと歩きづめでお腹の減っていたイケニエくんは、ナンキョクオキアミの一匹でもわけてもらえないものかと村人の姿を探しました。
どういうわけか村人たちはみんなコロニーの中央広場に集まっていました。
鈴生りの人だかり(読者には便宜的な表現として解釈していただけるよう求めたい)の真ん中には年頃の女の子ペンギンと、その両親とおぼしき二匹がおり、三匹とも肩を抱き合ってしくしくと泣いていました。
「おいおい、これはいったいどういった事情だい?」
イケニエくんが尋ねると、多分村長とかそんなポジションぽいおじいさんペンギンがのたのたとやってきて、いいました。
「午後の漁の前に突き落とされる一匹があのヒトミちゃんに決まってね。それで親子で泣いているんだよ」
「おい、ちょっと待て。おしくらまんじゅう一匹ドボンが南極中のコウテイペンギンが守ってきたしきたりだろ。なんだって今から突き落とされるやつが決まってるんだよ」
イケニエくんが驚いて声をあげると、おじいさんペンギンはフリッパーをふりふり答えました。
「わしらだってつい最近まではそうしとったんじゃがの、しかしその方法だとどうしても、女子供やわしらのような年寄り、障害者が突き落とされてしまう。そんなの、フェアじゃなかろう。エンペラーの名まで冠する我らに、ダーティなイメージは似合わん」
そういうのはキングペンギンにでも任せとけばいい。そういって、おじいさんペンギンは続けました。
「そこで、では事前に突き落とされる一匹を決めておいたらどうかと、南極で一番進歩的なわしらはこういう結論に至ったわけじゃ」
「ご高説ありがとうクソジジイ。だがさらにちょっと待て。だったらなんであのヒトミちゃんがドボン役に選ばれてるんだ。あの娘は『女子供』にはカテゴライズされとらんのか」
「何言っとるんじゃ。人身御供は昔から若い娘と相場が決まっとるじゃろが」
イケニエくんはあまりにも進歩的な見解を突きつけられ頭が頭痛になりました。
と、そのときです。
「よーし、漁に出るぞー」
広場から野太い声があがり、みんなのフリッパーが一斉にあがりました。ヒトミちゃんを乗せた御輿が海へと向かって走り出します。
「くそ、こんな理不尽を許せるか! あのヒトミちゃん、アザラシとやりあってでも助けてみせるぞ!」
イケニエくんも走り始めます。
「ま、まて! なんだってよそ者のあんたがそこまでムキになるんじゃ!」
おじいさんペンギンが驚いて声をあげます。
イケニエくんは振り返ると、南極的にクールな笑みを浮かべて、言い切りました。
「俺も……突き落とされた一匹なのさ!」
温暖化を促進しそうな熱い台詞を残し、イケニエくんはまた走り出しました。フリッパーをパタパタさせながら、言うまでもなく速度はあんまり出てません。
と、そのときです。
イケニエくんは、何者かが自分に併走していることに気付きます。
「聞かれていないけどぼくの名前はサクリ! まだおしくらまんじゅうが続いていた半年前に突き落とされて以来ずっと引きこもってたんだけど、君の温暖化的に熱い心に触発されて目が覚めたよ! 一緒にヒトミちゃんを助けよう!」
全速力でえっちらおっちら走るサクリくんに、イケニエくんは久しぶりに男を見たおもいがしました。
立ち直ったサクリくんを目の当たりにして、コロニーのそこここで騒ぎがおきます。
おい、サクリが立ったぞ。サクリが。あのよそ者といっしょにヒトミちゃんを助けようってらしい。なんと見上げた若者たちだ!
みんなが声をあわせてサクリくんに声援を送ります。
サクリ頑張れ。頑張れサクリ。ファイトだサクリ、サクリファイトだ。
サクリー、ファイッ!
「やめろ縁起でもない! こいつにファイトは禁止だ! ボンパイエとかにしろ!」
イケニエくんが真っ青になって怒声をあらげます。
コロニーのみんなは素直にそれに従いました。
サクリ、ボンパイエ。サクリ、ボンパイエ。
今までまったく目立ったことのなかったサクリくんは、みんなの声援を一身に受けて、恥ずかしいながらも勇気百倍って感じになりました。
イケニエくんもそれは同じでした。サクリくんという本物の男を味方に得た今、彼は誰にも負ける気がしませんでした。
そう、それがたとえアザラシでも……!
「「俺たちは、すでに一度死んでるんだ!!」」
二人は声をあわせてそう叫び、今まさにヒトミちゃんが投げ込まれた海へと、そろって飛び込みました。
※
アザラシのヨシエは夫の浮気を知っていた。結婚から七年、倦怠期というのは他人事ではないのだと思いはじめた……夫の携帯を覗いてしまったのはまさにその頃だった。
離婚は考えていない。むしろ泥棒猫への対抗心から冷えかけていた愛が再熱したのを己の中に感じていた。
今日はあの人の好物を作ってあげよう。ヨシエは晩ご飯のペンギン三匹を見ながら思った。最初に突き落とされてきたメスペンギンのあとになぜかおかわりでオス二匹が飛び込んできたのだ。
目に見えぬなにかの意思が自分の愛を応援してくれている。ヨシエはそんな都合の良い空想に浸りながら家路を急いだ。
南極に夕日が沈み、ここにまたひとつのネイチャーアドベンチャーが、その幕を落としたのだった。
※
自然の厳しさとか多分そういうのをテーマにしたお話しは、これでおしまい、おしまい。
2009年の四月に書いた短編です。我ながらオチが大変投げやりだと思います。
普段は『図書館ドラゴンは火を吹かない』という長編を書いています。
まずは読みやすい短編で興味を持って頂けたらと思い、自分なりの営業のつもりで今作は投稿しました(不器用なものでこんな営業しか思いつきませんでした……)。
もしよろしければ図書館ドラゴンも読んで頂けたら、うれしいです!