ありがとうございました!
「サクヤはここで戻った方がいいね」
「サクヤ君、応援、よろしく頼むよ」
「言われなくてもそうしますよ。……二人そろって、予選通過、願ってますんで」
頷いて、サクヤが出て行くのを見送る、
「さて、四葉ちゃん、わたしたちも行こうか」
「はい」
深呼吸をして、控え室からグラウンドへ出る。
快晴、とまではいかないまでも、天気は晴れだ。
風はほとんどなく、実力がそのまま結果に結びつくような、良い天候だ。
ちょうど、二組が走り終わったところらしく、ゴール地点では喜んでいる人とそうでない人がいる。
できれば、先輩と二人で喜んでいる側に入りたいものだけど……。
「三組の選手の皆さん、準備お願いします!」
私たちの前の組の準備が始まった。
この組が走り終わったら、もうすぐだ。
「あ、そうだ」
どこか、わざとらしい口調で、隣にいた先輩が口を開いた。
一番集中力を高めたい時になんだろうと視線を向けると、
「今日、四葉ちゃんのお母さん、見に来てるよ」
「え?」
しれっと、そう言われた。
「ほら、あそこ」
先輩が指を指した辺りを目で追うと――確かに、お母さんの姿が目に映る。
「なん、で?」
上手く、言葉が出なかった。
今日は、平日だ。お母さんは仕事があるはずなのだ。
私のことなんか、ずっと放って置いたお母さんが、どうして……。
「驚いたかな?」
驚きすぎて困惑していると、先輩が説明してくれる。
「最初に気付いたのはサクヤ君の方だったんだけど、考えてみると、おかしいよね。四葉ちゃんが飛び降りる時、いつだってお母さんの姿はなかった。……お兄さんのことを全部聞かせてもらったから、想像できたんだよ。たぶん、お母さんはお兄さんの方にかかりきりになってしまって、四葉ちゃんの面倒を見ることを疎かにしてるんじゃないか、って。だから、今日が予選の日だって、連絡させてもらった。お母さんも四葉ちゃんになにもしてあげられていないって気にしていたみたいだったから、ちょうど良かった……て、聞いてるかな?」
「聞いてますよっ!」
「おおっ? それならいいけど」
「もう……」
泣きそうだった。
こんなの、反則だ。
嬉しすぎる。
ずっとずっと、望んでいたのだ。
あんな問題だらけの兄より、自分をもっと見て欲しいって、思ってた。
喧嘩が始まって、私が出て行く時、追いかけてきて欲しいって、ずっと思ってた。
「あーもう!」
「な、なんだい?」
「嬉しいんですよっ!」
「ええと、なんで声を張り上げるのかな?」
「泣きそうだからですよっ!」
「……そっか」
ぽんぽんと頭を優しくはたかれた。
一番に叶えて欲しかったのは、ちゃんと話を聞いて欲しい、ということだった。
それを叶えてくれただけで、柳先輩とサクヤには、感謝の気持ちで一杯だった。
でも、まさか、こんなことまでしてくれるとは思わなかった。
「……」
これじゃあ、もらいすぎだ。
お返し、しないと。
「四組の選手の方、準備お願いします!」
気が付くと、三組が終わり、私たちの出番が回ってきた。
「っ!」
私は、過去最大級の気合を入れた。
ここまでしてもらって、なにもお返しができないなんて、私のプライドが許さない。
去年の全国大会の時だって来てくれなかったお母さんが、今日は、来てくれたのだ。
去年は、お父さんが死んだ悲しさや悔しさをぶつける形だったけど、今回は違う。
感謝の気持ちを、競技にぶつけたい。
見に来てくれたお母さんと、優しく見守ってくれる柳先輩と、救ってくれたサクヤのために。
「それでは、予選四組、開始したいと思います」
私は、全力で走る!
「っ!」
開始の合図と共に、全速力で駆け出す。
スタートは遅れなかった。むしろ良い方だったと思う。
すぐ隣に、柳先輩の気配を感じる。
やっぱり、早いっ。
いつもなら、ほとんど同着なのだ。
自己ベストは私の方が上回っているとはいえ、練習時のタイムにそこまでの差はない。
三年生である先輩に勝って欲しい気持ちも、正直、さっきまではあった。
でも――
今は、そんなの関係ないっ!
助けてくれたみんなのために、ここで良い結果を残したい。
自己ベストを更新できるような、最高の走りを見せたい。
「……っ」
ゴールまであと少しになっても、柳先輩を振り切れない。
先輩に負けるようでは、自己ベストは更新できない。
一歩でいい。
一歩でいいから、柳先輩よりも早く――っ!
全力で、駆け抜けた。
けど、やっぱりほとんど同着だった。
ちらっと見回すと、他の選手は明らかに後から来た感じで、予選通過は確実だった。
なら、あとは――
「……」
「……」
柳先輩と二人で、電光掲示板を見上げる。
どっちが早かったか。
着順に、タイムが表示される。
それを、二人で眺めて。
「……」
先に、ふう、と気の抜けたような息を吐いたのは先輩だった。
「互いに自己ベスト、ではあるのかな? 負けたのは悔しいけどね」
苦笑いで、そう言われた。
二人とも、自己ベストを更新していた。
十二秒台前半だった。
それでも、ほんの少し、私の方が早かった。
「おめでとう。たぶん、これなら予選トップ通過だろうね」
十二秒前半という記録は、その年にもよるが、全国でも通用する数字だ。
「柳先輩」
その記録を、じっと見つめながら、私は、
「ありがとうございました!」
頭を下げた。
「これまでの、どんな大会より、私にとっては一番心に――」
「ストップ」
ぐい。
強引におでこを押されて頭を上げさせられる。
「お礼を言うなら、あっちだろう」
観客席で立ち上がって拍手をしているお母さんと、サクヤの姿が見えた。
「それに、まだ大会は終わってない。一番心に残るかどうかは、これから決まるよ。まだ全国へ行けると決まったわけじゃないんだ。一緒に、頑張ろう」
いつもの、穏やかな先輩の笑顔を向けられて、涙声で「はい!」と返事をした。
私は観客席の方へ一度向き直り、ぺこりと頭を下げてから、先輩の後を追った。
私は、これまで一人だった。
誰からも助けてもらえず、私自身も誰かを頼ることができなくなっていた。
生きていくのが、苦しかった。
いっそ死んでしまいたいと思ったことだってあった。
でも、今は違う。そばで支えてくれる先輩と、優しいクラスメイトがいる。
今日の大会は、私にとっての第一歩だ。
お父さんが亡くなってから、生きている心地がしなかった私にとっての、第一歩だ。
まだ、問題は山積みだ。
それは、私自身が誰よりも理解している。
けど、最初の一歩を踏み出せたのだ。
このまま、走りきりたい。
最後まで、全速力で、駆け抜けたい。
お母さんと、なにより自分のために。
だから、さよなら。
飛び降り少女の私とは、今日、ここで縁を切る。
私は、先輩と、サクヤと一緒に歩んでいくんだ。
飛び降り少女の私は、一緒に連れて行かない。
今まで、一緒にいてくれて、ありがとう。
でも、ここで、お別れだよ。
ばいばい。
もう二度と、会うことはありませんように……
END.
作者の彩坂初雪です。
この度は拙作を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次巻へ続く!というような雰囲気で終わりましたが、ここで完結とさせていただきます。今のところ、この先を書くつもりはありません。
少しだけ作品の振り返りをば。
途中から、プロット段階で考えていたストーリーから大きく外れてしまうアクシデント(?)があり、クライマックスをどうしようか非常に悩みました。あれで良かったものかと今でも悩んでおります。もっと盛り上がる展開はなかったものか、もっと設定を生かせる展開はなかったものか、ぐるぐる思考を巡らせております。
また、読者の皆様を引き付けられるようにと普段より説明を少なくし、展開を早めたつもりでしたが、それも、良かったのか悪かったのか、私自身には判断がつきません。
描写技術に関しても、未熟な点が多々あり、これからもっと精進していきたいなと思っております。私の文章は直接的な表現が多くなってしまう傾向にあるので、比喩表現等をもっと使えたらいいなと思ったり……。
というように、反省すべき点が多いなと思っておりますので、おそらく読者様は私以上に「ここはどうなのだろう?」と思った点が多いのではないでしょうか?
もしよろしければ、感想、評価等を残していただけると幸いです。
では、繰り返しになりますが、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




