先輩が一緒に
陸上女子、個人県大会予選。
私は一○○メートルと二○○メートルに出場する。
決勝へいけるのは、各組八名中、上位二名のみ。
去年はどちらも一位通過だったけれど、気は抜けない。
何故なら、
「四葉ちゃん、手加減はなしで頼むよ」
「分かってます。というより、先輩相手に手加減とか、無理です。加減したら落ちるかもしれませんので」
先輩が、一緒に走る。
一○○メートルの方だけだが、正直、相当なプレッシャーだ。
予選の組み分けは抽選だから、場合によっては前年度で結果を残している実力者同士が集まる場合もあるのだ。
「あの、それはともかく、なんで俺、ここにいるんですかね?」
唐突に、隣でぼんやり立っていたサクヤが話しかけてきた。
「細かいことはいいじゃん。今回、いい感じに集中して出られるのはサクヤのおかげなんだし、先輩の彼女ってことになってるんでしょ? 直前になったら観客席に戻ればいいよ」
「いや、それはそうかもしれんが、他の部員からの視線がな……。あと、先輩の彼女って設定は四葉しか知らないから意味ないぞ」
言われて、周囲を見回してみると、なるほど。
確かに、うちの部員だけでなく、他の学校の生徒からも注目されている。
まあ、女子の控え室に男子がいる時点でおかしいから当たり前なのだけれども。
「それから、まだ四葉って呼ぶの慣れないから戻しちゃ駄目か?」
「却下。あの時は散々、あんただの馬鹿だの阿呆だのいろいろ言ってたんだから、気にする方がおかしいでしょ」
「う……」
黙りこむサクヤを見て、心のなかで思う。
あの夜、私は、サクヤに泣かされた。
完膚なきまでに叩きのめされて、大泣きした。
あれだけ涙が出たのはいつ以来だろうとしみじみ考えるほど、泣いた。
けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
ずっとずっと、一人で頑張ってきて、誰からも助けてもらえなかった。それは同時に、誰からも怒ってもらえることがなく、真正面からぶつかってきてくれる人がいなかったことも示している。
私が拒否してきた、というのもあるけれど、大概の人間はあそこまで他人のことで怒ったりぶつかってきたりできないものなのだ。家族問題だから、という壁を乗り越えられなかったり、私の体質のことを気にしてしまったり、理由は様々だけれども、サクヤのような人間が少ないことは私が一番知っている。
だから私は、今度は私が距離を詰めてみよう、と思った。
その一つが、呼び方だった。
互いに名前を呼ぶことで距離が近くなるような気がしたのだ。もちろん、最初は私が呼び始めた。その後、サクヤにも呼んで欲しいと頼んだら、ちょっと嫌がられたけどオーケーしてくれた。その日はちょっとだけ舞い上がってしまったりもしたのだ。
なのに、今更になってサクヤは慣れないとかなんとか言って、戻そうとすることがある。
私だって、最初は恥ずかしかったし、サクヤに頼む時はかなり緊張したのだ。
今になってやっぱり無理と言われても困る。
「サクヤ君、そんなことより、大丈夫なんだろうね」
「大丈夫ですよ。聖さんから連絡もらってます。もう来てるそうですよ」
と、先輩とサクヤが小声でぼそぼそと話し始めた。
もう突っ込まなくなったけれど、最近、たまに見かける光景だった。
私がなにを話しているのか尋ねると、誤魔化してくるため、おそらくなにかしら企んでいるのだろう。この二人に限って、妙な悪戯はしないと信じているが、ちょっとだけ気になっている。
今日は、負けたらそこで終わりの真剣勝負なのだ。
いらないことで集中力を乱したくはない。
〈一○○メートル、予選四組の選手の皆さんはグランドに集合してください〉
アナウンスが響いた。
私たちの組だ。




