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嫌になるわな

 びくっとして、耳から手が離れた瞬間に、両手首を拘束する。

「やっ!」

「こうでもしないとまともに聞かないだろ? ちょっと黙ってろ」

「離して!」

「離さない! いいか、駄々をこねるのもいい加減にしろ! 霧生木さんが今までどれだけの苦労をしてきたのか、俺にはちゃんと分からない。霧生木さんが、話してくれないからな! 俺はこの間、話は聞くと言ったはずだ。それを善人ぶってどうこうって拒否したのは霧生木さんだ。霧生木さんは最後の最後まで、自分からなにかをしていない。話を聞いてもらうだけじゃ物足りないみたいけど、だったら、どうして欲しいのかちゃんと言えよ! 俺も先輩も、超能力を使えるわけじゃないんだぞ? 思わせぶりな態度を取って、気付いてくださいみたいな、生ぬるい態度を取って、それで気付いてくれるとでも思った? 甘ったれるのもいい加減にしろよ!」

「このっ……黙って聞いてれば……」

「なんだよ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」

「言うよ! はっきり言って、祭君たちが言ってるのはただの偽善だよ最低だよ! 私の気持ちを無視してる。自分のやりたいことを押し付けてるだけ! さっきから、言いたいことは言えとか、生ぬるい態度を取ってとか言ってるけど、それが言えないから困ってるんでしょ! 馬鹿じゃないの? もうちょっと頭使えば?」

「頭使うのはあんたの方だろ! 言えないから困ってる? ふざけんなよ。柳先輩は霧生木家の事情について、ほとんど何も知らなかったんだぞ? これだけ積極的に関わろうとしている柳先輩が知らない時点で、あんたはなにも言おうとしてないんだよ。最初から諦めているんだよ! そういう台詞は言おうとしてから言えよ!」

「言おうとしてるよ! いろんな人に何度も相談したし、その度にできる限りの情報を出そうとした! でも、皆、途中で家族問題だからとか、どうでもいい理由で聞くことを投げ出して聞いてくれないの。そこにいる柳先輩だってそうだったもん!」

「だったら今言えよ! 俺も柳先輩も、家族問題がどうとか体がどうとか、そういう理由で投げ出したりはしない。絶対にだ! あんたの望んでることを最後まで考えて、考え抜いてやるよ。こうしてわざわざ屋上で張ってる時点で、明らかに今までのやつらとは違うことくらい分かれよ!」

「でもっ! 話してもやっぱり駄目だったってなったら、それこそ嫌なの!」

「はあ? だから絶対そうならないって保障してんだろ」

「でもっ……」

「なんだよ! 言えっつってるだろっ!」

「~~~~~~っ!」

「黙ってんじゃねえよ! この意気地なし――」



「サクヤ君っ!」



 先輩の声と同時に、乾いた音が響いた。

「痛っ」

 爽快なくらいに、俺は右頬をぶたれていた。

「サクヤ君、言い過ぎだ。四葉ちゃんの態度にも問題があったとは思うけど、もう、いいだろう? 善意でも、それ以上は言っちゃいけないよ」

 ふと、拘束したままの霧生木さんを見ると、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「……すみません」

 手を離すと同時に、謝る。

「いいさ。悪気がないのは分かってる」

 先輩は、霧生木さんに向き直り、

「……」

 無言で、霧生木さんを優しく抱きしめた。

「先輩、私……」

「うん」

「私、ずっと……一人で頑張ってきたのに……誰も、助けてくれなくて……だから……」

 嗚咽交じりに、霧生木さんは心の内に秘めていたものを吐露する。

「もう、どうにでもなれって思って……でも、お母さんを一人にして投げ出すこともできなくて……なにがなんだか分からなくなって、そしたら……いつの間にか、飛び降りることが当たり前になってて……」

 俺は少し離れたところで、それを聞いた。

「凄く、大変だったっ! 何度も投げ出そうと思った! でも、そうしちゃったら、全部壊れる気がして……。先輩も先生も友達も、難しいからって意見することを投げ出して、もうわけわかんなくなって……」

 熱くなっていた頭が冷えていく。

 霧生木さんは、ずっと、一人ぼっちだったのだ。

 誰かに話そうとすれば、家族問題だから難しいとか、体がどうとか、そういう理由で望んだ反応をしてもらえず、たった一人で、頑張ってきたのだ。その反応が、悪意からでないことが分かるからこそ、きっと素直になり切れなかったんだろう。

 そうして、一人で気を張っているうちに、ストレスが溜まり、飛び降りることを覚えてしまったのだ。誰にも迷惑をかけず、かつストレスを解消するために、霧生木さんは死ぬ危険すらある飛び降りを選んだのだ。

「……」

 霧生木さんが流す地獄を耳にしながら、俺は思う。

 家族という枠組みは、確かに大切で、家族以外の人間には触れにくい事柄だ。

 けれど、相談された時や、誰かに頼られた時、相手にしているのはたった一人だ。家族なんていう得体の知れないモノではないのだ。その人自身を見つめて、その人がなにを望んでいるのか、真剣に考えることこそが助けることに繋がるのだ。

 家族に限った話ではない。

 クラスとか、会社とか、学校とか、そういう枠組みは前提条件として頭に入れておくべきものではあるけれど、その人という個人を見る時、必要以上に気にすることはないんじゃないだろうか。

「……あっと」

 がりがりとなにかが引っかく音が聞こえ、音のした方を見ると、傘が風で流されていた。

 俺は立ち上がり、傘を拾いに行く。

「痛っ……」

 その途中、ぶたれた頬が痛んだ。

 先輩から受け取ったものだ。

 痛いのは嫌だが、すぐに消してしまいたいとも思わない。

 これは、俺と先輩、そして霧生木さんにとって、大事な傷な気がした。

 そこまで考え、霧生木さんを振り返る。

「こんな痛みも、味わえないのか……」

 そりゃ嫌になるわな。

 俺は苦笑した。

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