馬鹿っ!
◆◇◆
死ねばいいのに。
数えるのも面倒くさくなるくらい、そう思ってきた。
また今日も、そう思った。
「あんなやつ、死ねばいいのに」
声に出しても、誰かに届くことはない。
夜の空気にさらわれていくだけだ。
なんでこんなことになったんだろう?
ぼんやりと、そんなことを考える。
兄が歪んでいたことに気付けなかった、私やお母さんにも問題があったのだろうか。
それとも、家でほとんど口を開かず、自分勝手に生活していた兄に責任があるのだろうか。
お父さんが死ぬ原因となった、大事故を起こした人が悪いんだろうか。
……そんなこと、考えても意味ない、か。
今日は、兄が母の言葉に反応した。
以前言ったことと食い違っているとかどうとか。
私にはあまり関係ないことだったけれど、兄にとってはそうでもなかったらしい。
内容は、食事中のマナーについてだった。
食事中に歌を歌うのはマナー違反だと、昔、厳しくしつけられていた兄は、それを撤回して自ら歌いだした母にくってかかった。以前言ったことを捻じ曲げるのが、子を育てる親のすることか、とかなんとか……。
正直、何年前のことを引っ張り出してきているんだと思う。
私も兄も、あと数年で社会人という年齢まで育っている。その程度のことは自分で考え、行動するべきだ。一々、それをどうこう言う方がおかしい。
嘲笑の笑みを浮かべたり、母親としてのプライドがどうとか、煽りに煽ってくれたせいで、お母さんも我慢できなくなって、結局、言い争いに発展した。
割って入ってみたけれど、いつも通り、なにができるわけでもなく、私は家を飛び出してきた。もうだんだん勝手にしてろという風にも思えてくる。
「……」
今日は、雨が降っている。
この間、梅雨入りしたとニュースで聞いた記憶がある。
小雨だから、気にするほどでもない。
私の体は病気に対しても、人より強くできている。
濡れたって、誰も気にするわけがない。
あとで家に帰ってシャワーでも浴びれば万事解決だ。
お母さんは驚くだろうけど、私に気を回す余裕が残っているか微妙なところだ。
兄さえいなければ、きっと追いかけて来るところだろうけど、未だに、一度だって追いかけてきてくれたことはない。
気丈で体が強く、手のかからない私より、お母さんは歪んでしまった兄をどうにかしようと思うはずだ。それはしょうがないことなのだ。
お父さんが死んでから、お母さんは兄にかかりきりで、私のことを放置している。部活で全国大会まで行った時も、応援に来てくれることはなかったし、今だったそうだ。
最初の頃は、追いかけてきて欲しいとも思ったけれど、諦めている。
「……」
視界がぼやけた。
雨が眼に入ったのか、涙なのか、もう分からなかった。
一年間を、これだけ長く感じたのは初めてだ。
お父さんが死んでから、毎日が地獄だった。
私なりに手を打って、私なりに努力して、頑張ってみたけれど、どれも実ることはなかった。
逆に絶望を味わわされることの方が多かった。
「……」
ふらふらと、どこに行くあてもなく歩いていると、私は学校に来ることが多い。
どうして飛び降りをし出したのかなんて、もう覚えていない。
そんなに昔のことではないはずなのに、思い出せないのだ。
それが、当たり前になってしまって、やめようとしてもやめられない。
「行こっか」
誰に言ったわけでもない。
強いて言えば、自分にだ。
学内に入り、階段を登る。
水が滴り落ち、ぴちゃぴちゃと音がする。
誰かが見ていたら、まるっきりお化けだろうな……。
「ふぅ」
最上階にたどり着き、ためらいなく屋上のドアを開けた。
一歩、踏み出す。
濡れた屋上の地面を、踏みしめる。
そこでようやく視線を上げて、フェンスを――
ぱぁん!
「…………え?」
数秒、なにが起こったのか分からず、呆けてしまった。
ひりひりと頬が痛み、ようやく、自分が誰かに平手打ちされたのだと理解する。
「この、馬鹿っ!」
ゆっくり顔を正面に戻す。
「柳先輩……?」
目の前に、涙を浮かべた柳先輩がいた。




