初めまして
霧生木さんほどではないようだが、柳先輩も有名人らしく、一年生たちは雑談をやめ、柳先輩を静かに見つめていた。
そんな中で声をかけられたものだから、周りの一年生たちから視線の集中砲火を浴びた。
注目されているなかで話すというのは非常にやりにくい。
それも、相手は上級生で、陸上部部長で、美人で、有名人だ。
内心、かなり緊張しつつ、返す。
「そ、そうですけど。俺になにか?」
若干どもりながら答えると、柳先輩はなにかを察したように、手招きする。
「あ、ごめんごめん、いきなり声かけちゃって。別に深い意味はないんだけれどね。一年生たちが興味津々という感じで、わたしも喋りづらいから、こっちに来てくれないかな?」
全然喋りづらそうではなかったが、とりあえず、従っておこう。
ここで断るわけにもいかないだろう。話すのなら、落ち着いて話をしたい。
輪を外れて、柳先輩とグラウンドの隅へと向かった。
地面に座るわけにもいかず、先輩と二人、立ち話をする格好になる。
「初めまして。陸上部部長の、月野柳です」
「あ、はい。よろしくです」
柳、というのは下の名前だったのか。
「わたしのことは柳でいいよ。みんなそう呼ぶからね」
霧生木さんとは種類の違う笑みを浮かべて、先輩は言う。
「君は二年生で成績トップの祭サクヤ君だよね? 四葉ちゃんと同じクラスの」
「そうですけど……。俺のこと、知ってるんですか?」
「うん? 君は結構有名人なんだよ? 一年生の中間テストから誰にも成績トップの座を譲らない、御櫻学園きっての秀才ってね。有名人という意味では、四葉ちゃんとも良い勝負だと思うけど」
「い、いや、そんなことはないと思います」
未だにこちらを見ている一年生たちを眺めて否定する。
霧生木さんはこの間入学してきたばかりの一年生たちにすら名前を知られているのだ。
俺なんかとは比較にならないだろう。
「そうかな? 御櫻学園はテスト終了後、全学年の成績トップだけが発表されるでしょう? 四葉ちゃんは陸上関係の人にとっては君以上に注目されているけれど、そうでない人にとっては君の方が目に付くと思うけどね」
「……」
そう言われてしまうと、返す言葉もない。
御櫻学園は、テスト終了後、生徒玄関にそれぞれの学年で成績がトップだった者の名前が張り出されるのだ。俺は一年生の間中、ずっと、トップを取り続けてきた。それぞれの学年でたった一人しか名前が張り出されないせいで、とても目立つのだ。
「ま、そんな話はさて置き」
先輩はしれっと話題を方向転換。
「どうしたのかな? 四葉ちゃんから、サクヤ君は部活に入っていないって聞いていたけど? 一年生に混じって見学なんて、なにか理由があるのかな?」
「あ、いえちょっと……」
「ちょっと?」
「事情がありまして」
「ふむ?」
「……」
「なにかな?」
小首を傾げる姿が可愛いなこの先輩……じゃなくて。
どうしたものか。
霧生木さんが自殺しようとしたところを見て、気になった、なんて言い辛い。
無理に口を割らせようという雰囲気でもないから、「話せません」と言って会話を切るのもアリだが、せっかくこうして話しかけてもらったのだ。霧生木さんとも仲が良さそうだし、この機会を捨てるというのももったいない。
などと思案していると、
「あ、話したくないなら構わないよ。一人で勉強するのが寂しくて、誰かを探しにきたとかそういう理由だったら、わたしも対応しにくいし、聞くに耐えないから」
なにか、非常に失礼なことを笑顔で口にされた気がする。
「……どうしてその結論に至りました?」
「え? だってほら、君って四六時中勉強しているんだろう? 四葉ちゃんに聞いたところクラス内では普段一人で過ごしているそうじゃないか。親しい友人がいないわけではないんだろうけど、交友関係は広くなさそうだよね」
うんうんと頷きながら言われた。
霧生木さん、先輩になにを教えているんだ。
「あのですね、俺にだって友達くらいいますよ。一人ぼっちの学園生活を送ってなんかいません。ここへ来たのは、全く違う理由です」
「そうなのかい?」
「そうですよ」
断言すると、なら良かったと柳先輩はにっこり笑う。
「じゃあ、陸上部のなかに知り合いでも? そうなら、すぐにでも呼ぶけど」
「あ、いえ、そういうわけじゃないです」
初対面だというのに、先ほどから冗談を交えてしっかりと対応してくれている。
この少ない会話だけでも、皆から慕われているのが理解できる。
信じてもらえないかもしれないけれど、この人になら、話してもいいかもしれない。