謝りたい
〈――〉
と、電話の向こうで誰かが柳先輩を呼ぶ声がした。
聞き覚えのある女の子の声だった。
「今の、聖さんです?」
〈あれ? よく分かったね。……そういえば、聖が君のことを随分褒めていたけど、なにかあったのかな?〉
「いえ、特には。ちょっと話しただけですけど」
〈そうなのかい? すごく優しくしてもらったとか、いろいろ言っていたけれど。サクヤ君が年下に対してどんな風に接するのか、甚だ疑問なのだけどね〉
それには、苦笑いで返しておく。
褒めてもらえたのは、柳先輩のおかげだ。
〈まあいいや。とりあえず今日はここまでだね。テスト勉強もあるし、長話はやめよう〉
「ですね」
俺が頷くと、先輩はばいばいと言ってから通話を切った。
「……」
スマホを机の上に置き、物思いに耽る。
霧生木さんは、どうされたいのだろうか。
関わらないで欲しいと、はっきり突き放された。
嘘をついているようには思えない。学内では一番親しい先輩を拒否してまでやめてくれと言ったのだ。今更、第三者がしゃしゃり出てもどうにかなる問題ではない気がする。
が、しかし。
霧生木さんは、先輩との縁を切っていない。いや、切る必要はないのだが、微妙な距離を保ち続けているらしい。この意味は一体なんなのだろうか。
霧生木さんは飛び降りの時、俺や先輩に隠し事をしながらも普通に接してきた。今回だけそれを意識しておかしな態度になっているとは考えにくい。なにかしらの意図があると見るのが正解だろう。
関わるなと言った人間に、おかしな態度を取るというのは矛盾している。これではまるで、関わるなと言った手前、自分からはアプローチできないが、できればもっと関わってきて欲しいと言っているようなものではないか。
関係ないという言葉は真実だと俺には思えた。
でもそうすると、今、霧生木さんが取っている行動は明らかに奇妙だ。
なにか、もっと別の正解があるのだろうか。
霧生木さんは、一体なにをどうして欲しいのか。
飛び降りなんていう危険な自傷行為に走る理由は結局、なんなのだろうか。
先輩の言うとおり、家族問題で本当に合っているのだろうか。
せめて、飛び降りの原因が分かれば……。
◆◇◆
さて、どうしたものか。
「……」
夕食を家族皆で食べ、自室に戻ってきた。
本来なら、すぐにでも勉強を始めたいところなのだが、どうにも四葉ちゃんのことが頭から離れない。
サクヤ君には、簡単に踏み込めるものではないと言ってみたけれど、助けるためには踏み込まなければどうしようもないのも事実だ。四葉ちゃんの望んでいることは、やはり本人に聞かなければ分からない。下手に動くべきでないことは重々承知しているが、放っておいても事態が好転するわけがない。
それに、わたしは過去、一度失敗している。
一年前、四葉ちゃんのお父上が亡くなった時、四葉ちゃんははっきりと、わたしに助けを求めていた。あの時、他人の家族問題だからと躊躇していなければ、なにか変わったかもしれない。土足で踏み込んでいいという話ではない。事情を聞き、本当の意味で助けたいと真摯に耳を傾けていれば、心を開いてくれたのではないだろうか。
誰かを助けたいという己のエゴでつきまとったりするから、警戒されて、拒否されるのだ。
わたしは、先輩として、友達として、四葉ちゃんを助けたい。
一年前に失敗したことを、今度こそ、成功させたい。
それを、直球でそのまま伝えれば、少なくとも、関係ありませんなどと突っぱねられることはないんじゃないだろうか。
「……ふう」
深呼吸をしてから、わたしは四葉ちゃんのアドレスを引っ張り出す。
いきなり電話をかけるというのも、今の雰囲気だとおかしいだろうから、まずはメールだ。
そう思って、メールしてみると、思いの他、簡単に了承を得られた。
もう一度、深呼吸をしてから、電話をかける。
数度で繋がった。
「あ、もしもし。四葉ちゃん?」
《はい。話ってなんですか?》
直球で質問が飛んできた。相当警戒されていることは、それだけで分かった。
なら、わたしの方も直球で答えよう。
「まず、謝りたいと思う」
《謝る?》
「うん。この間、四葉ちゃんの事情を無視して、こっちの都合だけで追いかけまわしたよね。それは、本当に申し訳なかったと思う。ごめん」
見えてないだろうが、ぺこりと頭を下げる。
四葉ちゃんは、面食らったのか、予想外だったのか、少しだけ黙り込んで、それでも平静を装って返答してくる。あるいは、ただあきれているのかもしれないが。
《それは……そうですね。私も、まさか休日にまで張り付かれるとは思ってなかったので、内心、かなり驚いてました。正直に言うと、先輩があんな風に誰かをつきまとって、『現場を押さえたんだから事情を説明しろ』なんて、言ってくるとは思っていませんでした》
「う……直球で非難されると結構ぐさっとくるね」
実際、そうなのだろう。
サクヤ君に飛び降りの件を聞いて、わたしはすぐに止めることを考えた。でも、普段なら、なによりも先に、事情の説明を求めていたと思う。多少拒否されても、『現場を押さえて吐かせればいい』、なんていう風には思わないはずだ。飛び降りというあまりにも危険な単語が飛び出したせいか、焦ってしまったのだ。
誰かを助けたいがためとはいえ、四葉ちゃんから見れば、わたしらしからぬ乱暴な発想だったのかもしれない。そこは、素直に反省するべきだ。




