聞こえはいいですけど
《サクヤ君の言うことは正しい。そうできれば、良かったんだと思う》
「いや、できればってなんですか? これからやろうって話じゃ……?」
《うん、だから、四葉ちゃんは、それをした結果、こうなってるとわたしは思うんだよ》
「どういうことですか?」
《四葉ちゃんが自殺まがいの自傷行為に及んでいるのは、他に方法がなかったからじゃないかな? なにか別の方法でストレスを発散するなり、事態を解決できるのなら、もうとっくの昔にやってるはずだと思うよ。それこそ、自分のことなんだから、誰よりもどうにかしたいって気持ちは強いはずだ。違うかな?》
「それは……」
《この間、家族関係が問題かもって言ったのは覚えているかな? それが当たっているなら、尚更その可能性は強いと思う。家族問題に立ち向かえる友達って、どのくらいの数がいるのかな? それも、事情を聞くまでもなく複雑そうな家族を相手に、だよ?》
失念していたわけではない。
だが、家族問題と聞いて、俺は少し詰まってしまう自分がいるのを感じた。
ゴールデンウィークの月野家の問題とは明らかに違うのだ。月野家には知り合いが二人いたし、聖さんも協力的だった。特殊な事情も、これといってなかった。
でも、霧生木家は?
霧生木さんの家族構成すら俺は知らないし、両親や兄弟が霧生木さんの体についてどんな風に思っているのかも分からない。しかも、霧生木さん本人が関わらないで欲しいとはっきり口にしているのだ。
そんなところへ、踏み込めるだろうか。
《君はこの間、わたしの家族へ干渉し、上手く事を運んでくれたけれど、それはあくまで偶然だと思っていた方が良いだろうね。四葉ちゃんの家庭事情は、わたしのところなんかより、よっぽど複雑かつ重いと見るべきだよ》
釘を刺された、のだろう。
月野家への介入が上手くいったせいか、その流れで霧生木さんの問題もなんとかできると思っていたのかもしれない。もっと、深刻に、真剣に考えるべきことだ。不用意に「そんなことはしてはいけない」などと口にするものではない。
自傷行為をする人が、どういう心境で、どんな風にやるのかは、その人になってみないと分からない。自傷行為はするべきではないと口にするのは簡単だが、自傷行為をしている人だってそんなことは理解しているはずだ。どうにもならない現実があるから、そこに逃げてしまうのではないだろうか。
《サクヤ君。もし、これ以上、四葉ちゃんをどうにかしようと思うなら、彼女の望むことを考えるべきだよ。もちろん、原因を知ることは最低限必要だけれど、彼女が望んでもいないことを押し付けたってしょうがない。四葉ちゃんが、一体なにを望んでいるのか、ちゃんと聞いて、それを実現するために動くべきだと思う》
「……そうですね。誰かのため、と言えば聞こえはいいですけど、そうやって押し付けられると、善意であるからこそ、押し付けられた側は反応に困るでしょうし、逆にこじれてしまいかねないですからね」
同意すると、電話の向こうであははと自嘲気味の笑いが聞こえる。
《耳が痛いな。わたしも、ちょっと気をつけないと、と思ったばかりだからね。でも、そういうことだよ。相手が望んでいることを探して、それをするということこそが、本当の意味で助ける、ということだよ。四葉ちゃんの気持ちを汲み取らないと駄目だね》
「あ……すみません」
責めるつもりは全くなかったので謝ると、すぐに構わないよと返答される。
《わたしが勝手な推測で四葉ちゃんにつきまとって拒否されて、シュンにも怒られたのは事実だからね。自分でも重いと感じていたのに、馬鹿なことをしていたと反省しているよ》
今回、先輩と霧生木さん、そしてシュンとの間で起こった諍いはまさにそれだったのだ。
誰かを助けたいという柳先輩の気持ちが、結果的には二人にとって邪魔なものになった。柳先輩が二人のために尽力したのは間違いないだろうけれど、それが二人にとってむしろ邪魔になるのなら、無理にやらない方が良かったのだろう。
シュンとはなんとか仲直りできたけれど、霧生木さんとは微妙な距離が空いているという話だ。もしもそれで別れたりしたら、元が善意なだけに救いようがない。
《わたしは誰かにお礼を言ってもらえるのが嬉しくて、調子に乗ってたところがあったから、サクヤ君は、そうならないように気をつけて。でないと、わたしみたいに善意のつもりが悪意にすり替わっていることがあるからね》
「……はい」
否定しようか、一瞬迷ったが、素直に頷いておいた。
柳先輩のしていたことは、悪意なわけがない。完全な善意だった。結果的に、相手にとって不都合だっただけで、近くで見ていた分には、一生懸命、相手に尽くしていた。調子に乗っていたとは到底思えないし、むしろ無理をしていた感すらあった。
ただ、柳先輩の言っているのは、そういうことではない。これから、俺がどういう行動を取るか、柳先輩を見て学べ、という意味だろう。助ける側がどんな意図で相手に尽くしていたか、ではなく、助けられる側のことを親身になって考えないと、善意でも悪意になってしまうことがある。そういうことだろう。




