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じゃ、ないですね

     ◆





《それは本当だよ。わたしも対応に困っているんだ。四葉ちゃんは付かず離れずの距離を保っていて、正直、なにをしたいのかよく分からないんだよ》

「そうですか……」

 帰り道はシュンも一緒のため、霧生木さんのことを話すというわけにもいかず、帰宅してから先輩と会議を開いた。

 顔が見えないので声からしか判断できないが、言葉通り、先輩は霧生木さんの行動に困惑しているようだった。

《わたしに対してあそこまではっきり拒否を表明したのは始めてだったから、やりにくくなっているだけかも、とも思うんだけどね……。ただ、四葉ちゃんは飛び降りの件を知られていると確信しながら普通に接していた過去がある。平常運転したいなら、そうできるはずだよ》

「先輩もそう思いますか。俺も、シュンに聞いた時、そう思いました」

 やはり、先輩も同じ結論に至ったようだ。

 先輩と付かず離れずの距離を保つのに、なにか意味があるのだろうか。

《それより、ゴルデンウィーク中に考えたことがあるんだけど、聞いてもらえないかな?》

「なんですか?」

 先輩は間を置くことなく、すっぱりと切り出す。

《四葉ちゃんが言っていた、自殺ではない、ということについてだよ》

「ああ……」

 それも、謎のままだったなと今更ながら思う。

 俺は霧生木さんに聞く前から違和感を感じてはいたが、違うのならなんなのか、という疑問に対する説明はついていない。

《まず、大前提として、四葉ちゃんの飛び降りは本人の発言通り、自殺じゃないと見るのが妥当だろうね。サクヤ君が最初に遭遇した日の対応や、四葉ちゃん自身の普段の明るい言動から、それは窺える。本気で死ぬ気ならば、落ちた後のリアクションがおかしいし、普段だってあそこまで明るく振舞える精神状態じゃないはずだよ》

「ですね。クラスで見る霧生木さんはとても、自殺するようには見えません」

《隠してる可能性も否めないけれど、それにしては裏表がなさすぎる。そう考えると、自殺ではないという言葉は真実だよ。……で、じゃあなにか、ということなんだけど、わたしは一種の自傷行為のようなものだと推測した》

「自傷行為?」

《そう。死ぬ気はないけれど、自分の体を傷つけるというアレだね》

 リストカットとか、そういう類のものだろうか。

 自分で自分の体を傷つける、という、正直、俺からすればなにをしているんだと思わざるを得ない行為だが。

《原因は不明のままだけどね。……ただ、四葉ちゃんがストレスを抱えていたとすると、辻褄は合うんだよ。あの日の帰り道、サクヤ君は飛び降り直後の四葉ちゃんを、『どこかスッキリしていたようにも見える』と言っていたよね?》

 無言で肯定する。

 落ちた直後の霧生木さんは、吹っ切れたような、そんな表情をしていた。

《自傷行為をする人の気持ちなんて、わたしには分からないけれど、自傷行為をストレス解消法として使っている人がいる、と聞いたことはある。その可能性は、あると思うんだよ》

「いや、でもそれで死んだら元も子もないんじゃ――」

 思わず否定しかけて、止まる。

「じゃ、ないですね。霧生木さんの体を考えると……」

《そういうこと。四葉ちゃんの体は、特に治癒力が常人のそれを遥かに上回っている。ちょっと腕を切ったくらいじゃ、痛みを感じる間もなくすぐに直ってしまうんだよ。骨折レベルでも数分で治るんだから、切り傷なんて数秒で回復するだろうね。だから、四葉ちゃんは飛び降りという危険な方法を選んだ》

「それなら、最低でも何分かは自分を傷つけた痛みを感じることができる、ということですか」

《うん》

 先輩の説は的を射ているように感じた。

 自殺ではないと強く言い切った霧生木さんは、苛立っていたようにも見えた。やらなくていいのならやりたくない、というような……。あれはそういう意味だったのだろうか。

「それでも、危険すぎますよ」

 霧生木さんのことを少しだけ理解できても、いや、できたからこそ、そんな言葉を口をついて出た。

「ストレス発散方法は他にもあるじゃないですか。いくら治癒力が高くて体が丈夫でも、死ぬ可能性があることを、知っていて放置できるわけがありません。やっぱりこれからも霧生木さんへのアプローチは続けて、どうにかしてやめさせる方向に持っていった方が良いんじゃないですか? なにか、ストレス発散方法を提案でもすれば――」

《それが、ないからこそ、だとわたしは思うよ》

 俺の言葉を途中で遮り、どこかやり切れない思いを声音に乗せて、先輩は言う。


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