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心配することは

「日頃から、お姉ちゃんに頼りっぱなしで申し訳ないとは思っていました。お兄ちゃんと、そのことで話したこともあります。できるだけ迷惑をかけないよう、一生懸命勉強して、部活も頑張ろうって話しました」

 湯のみをぎゅっと手で包み込んで、聖さんはか細い声で言う。

「たぶん、お兄ちゃんが怒ったのは、その場のノリだけで、本心ではなかったと思います。けど、昨日は気まずい雰囲気で、皆すぐ寝てしまいましたし、今日の朝はお姉ちゃんが早く家を出てしまって、謝る機会がありませんでした。それに、部活中にそんな会話はできないと思いますし、最近、お姉ちゃんは遅くまで学校に残ってるみたいなので――」

「待って待って。悪い方にばっかり考えない方がいいよ」

「でも……」

「聖さんは、あれだよね。もしかしたら、このまま妙な雰囲気が続いてしまうじゃないかって思ってるんだよね?」

「そうです」

「うん、でもさ、シュンだって本心じゃなかったわけでしょ? 謝る機会はいくらでもあると思うよ。昨日だって、俺が電話した時、ずっと探し回ってたみたいだったし。きっと、夜の住宅街に女の子一人って状況を心配してのことだよね。……一緒に家に住んでるんだから、機会なんていくらでもある。不安なら、聖さんが二人を引き合わせても良いんじゃないかな?」

 半分くらい気休めだった。

 柳先輩の性格上、まさか無視するとは思えないが、どうなるかなんて当事者にしか分からない。シュンが心から柳先輩を鬱陶しく思っていないのは確実だが、素直に謝るかどうか、怪しいところだ。その日のうちならともかく、何日も経ってしまうと言い出しにくいというのはある。聖さんに仲介に入ってもらうというのも、難しい気がする。家のなかでのポジションがどうなっているのかは知らないが、聖さんは末っ子だ。上二人がもし突っぱねたら聖さんにはどうしようもないだろう。

 と、言った俺自身が不安になっていると、

「そっか……。あたしが仲介に入るっていうこともできるんですね」

「え、あ、うん。そういうこともできるんじゃないかな、と」

「その発想はありませんでした。考えてみると、あたしはどっちの事情も知ってるわけですし、役回りとしてはちょうどいい気がします」

 思いのほか、聖さんには良い案に聞こえたようだ。

 今まで合わせてくれなかった目線を合わせてくれた。

「それでですね、先輩。そのことについてはそれで解決すると思うのですが……」

「まだなにかあるの?」

「いえいえ、別にまだ問題があるというわけではありません。ただ、今回はなんとかなっても、また同じようなことにならない保障はないんじゃないかなと思いまして」

「あ、そっか」

 それもそうだ。

 たとえ、俺が言ったやり方で今回の件を解決できても、根本的な解決にはなっていない。何度だって起こり得ることなのだ。

 けど、その解決方法は簡単に見つけられる。

「確認するけど、シュンの成績があがれば、叱られることもなくなるんだよね?」

「あ、はい。今のところ、お兄ちゃんが一番目をつけられていますので」

「うん、だったら俺がなんとかするよ」

「え?」

「柳先輩から、聞いてないかな? 一応、俺って学年一位の成績だから、たぶん、なんとかなる。この前、シュンの方から教えてくれって頼まれたことあるし、不自然な形にはならないよ。兄弟の仲がどうとかは、さすがに俺にはどうしようもないけど、そのくらいは手伝える。そこさえ解決できれば、二度と揉め事は起こらなくなるよ」

 今度の提案は、自信があった。

 聖さんの話では、シュンは日頃から柳先輩にお世話になっており、なんとかしたいと思っているとのこと。先日、勉強を教えて欲しいと頼んできたのもそれが原因と見て間違いないだろう。となれば、あとは簡単だ。アプローチの仕方はあとで考えるとしても、成績アップの話をもちかければ、シュンが拒否するわけがない。

「柳先輩は周りに困っている人がいるとついつい助けちゃうタイプだから、できるだけそういう状況を作らなければ、問題は起こらない。シュンの成績があがって、お母さんに大丈夫だなって思わせることができれば、それで解決だよ」

 にかっと笑ってやると、聖さんも同じように、笑顔で――

「そうですね、お願いできま――って、嘘ですよね!」

 返してくれなかった。

「冗談ですよね! サクヤ先輩、そんなに頭良いんですか?」

 ていうか突っ込みどころはそこか。

「なにその驚きっぷり。地味に傷つくんだけど。そんなに意外?」

「あ、すみません……。え、でも、サクヤ先輩が? えー。なんか……えー」

 物凄く不審そうな目で見られてるんですが。

「そんなに疑うなら、今度、成績表持ってこようか?」

「いえいえいえ! 決して疑っているとか、そういうわけではなくてですね……」

「なら、なに?」

 聖さんはいろんな角度に首を曲げ、俺をじろじろと観察する。

「サクヤ先輩って、お姉ちゃんと付き合ってるだけあって、優しい感じはするんですけど、頭が回るとかっていう雰囲気は全然ないというか……」

 褒めるのかけなすのかどっちかにして欲しい。

「あたし的には、年下への気遣いが上手いなと思いましたし、お姉ちゃんと気が合いそうだなとは感じました。ただ、お姉ちゃんと比べて、そこまでしっかりしてるようには見えませんし、頭が良いと言われてもなんというか……うーん」

 柳先輩と比べないでいただきたい。あの人と比べられたら、大概の人間は頭が良くないことになるだろう。あと、気にしないようにしているが、柳先輩と付き合っているとか臆面もなく口にされると非常に照れくさい。

「疑っている、というより納得できない感じですね。サクヤ先輩でも取れるなら、あたしにも学年一位は取れそうな気がします」

 まだ言うか。

 ため息一つ。

「毎日、柳先輩と一緒にいれば年下への接し方とかは嫌でも学ぶよ。それから、成績の良さと頭の回転の早さはそんなに関係ないよ。容量の良い悪いはあるだろうけど、俺みたいに帰宅部で、毎日勉強漬けになってれば取れるものなんだよ」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ。……まあとにかく、シュンの成績に関しては俺がなんとかするから、柳先輩とシュンの仲直りの方は任せるよ。それでいいかな?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「なにかあったら、連絡してくれればいいから。駄目だったら、俺も手を貸すよ」

 言って、連絡先を交換する。

「でも、心配することはないと思うよ」

「はい?」

「どういう話の流れになるかは予想できないけど、あの二人は基本的に互いが互いを思っているからね。二人がどうにかしようと動き出せばすぐに仲直りできるよ。一日どころか半日もかからずその問題は解決できるんじゃないかな」

 二人を知っている立場から言わせてもらうと、仲がこじれること自体、おかしなことなのだ。俺の提案したやり方でなくても、ひょっとしたら、勝手に二人で仲直りしてしまうかもしれない。きっと、大丈夫だ。

 そんな気持ちを乗せて、笑顔を見せると、

「そうですね。ありがとうございます」

 今度こそ、聖さんは笑顔で返してくれた。

「それじゃ、そろそろ帰るよ。頑張ってね」

「はい! サクヤ先輩も、お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします」

「了解。できるだけ頑張るよ」

 最後に、ぎゅっと握手をする。

「お邪魔しました~」

 聖さんに見送られて、俺は月野家をあとにする。

「……」

 振り返り、なんとなく、笑ってしまう。

 昨日はなにがあったのかと心配したけれど、なんてことはない。

 互いが互いを思い合っている、良い家族だ。

 すぐに仲直りできるだろう。

「あとは、俺がなんとかすれば、争いのもともなくなる、か」

 よし、と気合を入れなおした。


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