どうしたの?
◆
「次!」
「はい!」
部長らしき上級生の掛け声で、一列に並んだ部員たちが一斉に走り出す。
まだ四月ということもあり、少し肌寒かったが、運動する人間にとってはむしろ丁度いいくらいだろう。
「ラスト!」
ぱんと手が叩かれると、最後の一列が走り出す。
まだ準備運動中なのか、男女混合で一緒に行っていた。
俺は予定通り、一年生に混じってそんな様子を見学していた。
「お?」
と、その最後の一列に、女子でありながら男子と変わらぬスピードで走り抜けた人物を見つけた。脚力自慢の男たちと同じ速度で走りきれる女子など、数えるほどしかいないだろう。
誰だろうと目を細めてみると、霧生木さんだった。
長めの前髪を四葉のクローバーを模したヘアピンで留めている。さっぱりとしたショートヘアーと、そのヘアピンは彼女のトレードマークだ。
走り抜けた後、彼女は仕切っていた上級生の元へ駆け寄り、なにかを話している。時折、笑顔も覗かせており、かなり仲が良さそうだった。
「……」
そんな姿を見て、なるほどなと思う。
陸上部の男子にも引けをとらない見事な脚力。そして、まとめ役であろう三年生とも気軽に会話している辺り。噂通り、陸上部のエース、なのだろう。
「それにしても、綺麗に走るよね」
近くにいた一年生から、そんな声が聞こえた。
「だよね~。霧生木先輩、入賞は逃したって話だったけど、一年生で全国まで行って、トップクラスだったんでしょ?」
「そうそう。去年はかなり騒がれたよね。あの容姿だし、なにより走ってる時、凄くカッコイイんだよね」
「分かる。フォームが全く崩れないし、ゴールまで一直線って感じがいいよね」
なにやら、ついこの間、入学してきたばかりの一年生の間でも有名らしい。
全国まで行ったというコトは聞いていたが、そこまで人気なのか……。
こちとら陸上の経験などまったくないから、フォーム云々は分からない。が、言われてみれば、そうかもしれない。他の部員たちに比べて、レベルが違ったような印象を受けた。
そうして、ずっと練習を見学していると、あることに気付く。
「柳先輩、どうでした?」
「わたしよりタイムの早い子がそれを聞くかな?」
「先輩ですから」
「それはそうだけどね」
アップ時から仕切っていた三年生と、霧生木さんはずっと一緒に練習していた。
霧生木さんはほとんどあの三年生としか話していない。
ところどころしか聞こえないが、おそらく、名前は柳でいいのだろう。苗字か名前かどっちか判別できないけれども。
「不満は特にないよ。強いて言えば、今日はスタートが遅れ気味、くらいかな。けど気にするほどでもない。その日の調子や気分によって変わるものだからね」
「スタート……。気をつけてみます」
霧生木さんは、柳先輩の言葉を真摯に受け止め、再度、練習を開始する。
柳と呼ばれている先輩さんは、これまた霧生木さんと並んでいても色が消えることがない美人さんだった。アップ時から気になってはいたのだが、いかにも、『上級生』という雰囲気だ。
長袖長ズボンのジャージの上からなのではっきりとは分からないが、体の線が太すぎず、細すぎずという健康的な体つきだ。背も高く、全体的にすらっとした感じだ。セミロングの髪の毛をサイドでまとめていた。
霧生木さんは、柳先輩としか会話をしていないが、柳先輩は誰とでも気さくに話している。誰からも慕われるタイプの人なのだろう。全体練習で仕切っていたところを見ると、陸上部の部長だろうか。
「……ん?」
なんとなく、柳先輩を目で追っていると、先輩がこちらを向いた。
「……」
目が合った、ような気がした。
そして、
「――」
柳先輩は霧生木さんになにかしら指示を出した後、驚いたことに、こちらへ歩いてくる。
俺は今、一年生たちと一緒にいる。面識など全くないし、まさか俺になにか用があるというわけでもないだろう。見学している一年生たちへ声をかけに来たのかな?
などと、思っていると、
「君、二年生の祭サクヤ君だよね? どうしたの?」
思いっきり、名指しで話しかけられた。