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お姉ちゃんですよ

「その話はいいよ。それより、本題に入りたい」

「いいんですか?」

「知りたいことは分かったからね」

「……?」

 そういう状況で俺のことを話したのなら、図書館で会っている云々自体、口にしていないはずだ。この間の会話で、シュンはなにか感づいているかもしれないが、聖さんは大丈夫だろう。

「さて、じゃあ本題に入るよ。昨日、柳先輩が蹲っているところを俺は発見したわけなんだけど、なにがあったの?」

 直球で聞くと、聖さんは少し考え、質問を返してきた。

「サクヤ先輩はどこまで知ってますか? お姉ちゃんからどのくらい聞いてるんですか?」

「どこまで、と言われても正直、困るな。先輩からはほとんど聞いてないよ」

「じゃあ、昨日、どういう経緯でお姉ちゃんを見つけました?」

「うん? それこそただの偶然だったけど――」

 昨夜、霧生木さんとの一件があった後、俺と先輩は普通に帰宅した。

 午後十時半頃、俺は小腹が空いたため、近くのコンビニへと向かったのだ。そうしたら、その道の途中で、先輩を見つけた。電柱を背に、座り込んでいたのだ。

 場所はちょうど、月野家の目の前だった。その時初めて俺は柳先輩の家を知ったわけだが、それよりも驚いたのは声をかけた時、柳先輩の様子がおかしかったことだ。いつでも穏やかに笑って見せる先輩が、生気の抜け切った顔をしていたのだ。

 場所が場所だけに、家族内でなにかあったことは丸分かりだったけれど、先輩の様子が普段と違いすぎたため、突っ込んで聞くことはできなかった。柳先輩もそれを隠そうとしている節があり、結局、その場は普段通りの世間話をして分かれた。聖さんが見たというのは、きっとその辺りだろう。

「――という感じかな?」

 そんなことを、詳しく聖さんに話すと、彼女はそうですかとため息をついた。

「それで、直接話しを聞こうと家に出向いてきたわけですか?」

「八割がたはね。もう二割は、シュンかな。……先輩と会った後、シュンにそのことについてなにか知らないか電話したら『姉ちゃんはどこにいるんだ』って凄い切羽詰った感じで言われたんだよ。先輩は家にいるはずって答えたら、安心してたけど。それも、気になってる」

 正直なところ、家に押しかけるのは良くないかなとも思った。

 他人の家の事情に土足で踏み込むのはいつの時代だって肯定されるものではない。ニュースでも、専門家たちが手を焼いているという話はよく聞く。家族の問題だからと突き放されたり、プライバシー云々ということを持ち出されたらどうしようもないのだ。

 だが、俺はそれでも訪ねてみることを選んだ。

 お世話になっている先輩と友達が、困っているのだ。助けてと直接言われてはいないけれど、なにかできることがあるのではないか。そう思った。

 見て見ぬ振りはしたくない。

「サクヤ先輩」

「なに?」

「最初に一つ、間違いのないように説明しておきますね」

 そう、前置きしてから、聖さんは言った。


「家を出たのは、お姉ちゃんの意志ですよ」


 どこか、後ろめたいことでもあるのか、聖さんは目を合わせようとはしなかった。

 そのまま、語りだす。

「昨晩お母さんが、お兄ちゃんを叱りました。内容は、テストの点数です。以前からお兄ちゃんはそのことでお母さんに叱られていたんですけど、ちょっと前にも一悶着ありまして、昨日、とうとうお母さんの限界を超えたという感じでした」

「ちょい待った」

 思わず、待ったをかけた。

「柳先輩が自分の意志でっていうのもびっくりだけど、それよりその原因。シュンのテストの点数が悪いって、本当なの? シュンは陸上やってるし、ある程度低いのは仕方ないんじゃ……ていうか、そこまで低いわけはないと思うんだけど?」

 先日、一緒に勉強した際、本人はあまり良くないみたいなことを口にしていたが、決してできないというわけではなさそうだった。むしろ、基本はがっちりできていたし、最低でも半分以上は取れるだろうと確信できるレベルだった。それなのに、点数が悪いというのはどういうことか。

 そんなことを思っていると、裏付けるように聖さんは「そうです」と頷く。

「お兄ちゃんは、赤点を取ったことはありませんし、どんなに悪くても半分以下になることはありません。あたしはまだ中学生なので感覚としてよく分かりませんけど、部活をしている人間としては十分じゃないかと思います」

「ならどうして?」

「お姉ちゃんですよ」

「へ? 柳先輩?」

「はい。お姉ちゃんが、そつなくなんでもこなしてしまった結果、お母さんはそれが当たり前のように思っているみたいなんです。お母さんは小学校の先生ですから、たぶん、受験を心配して、お兄ちゃんを叱ってるんだと思います」

 納得する。

 シュンもそんなことを口にしていた。姉ちゃんが要領良くなんでもできてしまうせいで、母親の心配が集中している、と。

「でも、それがどうして柳先輩が家から出るなんて話に?」

 一番の問題点を聞くと、より一層ばつが悪そうに聖さんは顔を伏せた。

「ええと、情けないというか、申し訳ないなといつも思っているんですけど、お姉ちゃんってよく庇ってくれるんですよ」

「庇う? なにから?」

「お母さんから、です。あたしたちが叱られている時に、いつも『聖もシュンも、勉強していないわけじゃない。よっぽどわたしより勉強してる。いつか、わたしよりも良い点数を取ると思う』って言ってくれるんです。そのせいで、もともと良かったはずのお母さんとの仲も最近、悪くなってるみたいで……」

「それは、なんというか、柳先輩らしいね」

 容易に想像できてしまう。

 あの人は、自分の周囲の人間のこととなると、自分のことなどほったらかしでとことん世話を焼くタイプだ。兄弟のことともなれば余計、自分がなんとかしなければと思うだろう。それも、半ば自分のせいでシュンや聖さんが叱られているとなれば、放っておけるわけがない。柳先輩の性格なら、庇って当然とすら思える。


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