見間違い?
「ありがとうございました!」
県内では有数の進学校である御櫻学園とて、普通の高校であることに変わりはない。
六時間目が終わると、教室の空気は弛緩する。
小学校のように帰りの会などというものはなく、このまま解散となる。
「サクヤ、今日もまた勉強か?」
クラス内ではそこそこ親しい部類に入る男子、通称イケメン君が、声をかけてきた。
「あー、どうしようか悩んでる」
「なんだ? 珍しいな」
「そうか?」
教科書類を鞄のなかに詰め込みながら聞き返すと、彼はうんうんと頷いた。
「サクヤは成績学年一位の秀才様だろ? 学校終わっても勉強しかしないんじゃないのか?」
「……俺だって勉強ばかりしてるわけじゃないんだがな」
「でも、部活入ってないだろ?」
「う……」
「なにか趣味はあるのか?」
「……勉強が趣味みたいなものだ」
「ほらな」
したり顔で笑われる。
まあ実際、イケメン君の言う通り、俺は授業が終了したら図書館に直行し、そのまま勉強することを日課としている。授業が終わった後、なにをしようか悩んでいるというのは妙なことなのだ。
「じゃ、俺は部活行くぜ。なにするつもりか知らないけど、たまには友達と遊んだりしろよ」
「ああ。気をつける」
イケメン君を見送って、ふう、とため息をつく。
さて、どうしたものか。
昨夜のことが頭から離れなかった。
クラスメイトである霧生木四葉さんが屋上から落ちた。いや、正確には、落ちたように見えた、だ。一応、血痕や、なにかがぶつかった痕が残っていないか、落下したであろう場所を入念に調べたのだが、なにもなかったのだ。
その上、今日、霧生木さんは怪我一つない状態で登校してきている。どこか痛がっている様子もなかったし、健康そのものだった。
やはり、見間違いであったと思う方が正しいのだろうか。
「四葉、行くよ!」
「あ、うん。分かった」
ふと、そんな会話が聞こえてきた。
霧生木さんはクラス内でも部活でも有名人だ。
詳しくは知らないが、陸上部の短距離走で、一年生の頃からレギュラー入りしていたとか。二年生になってからは、御櫻学園陸上部のエースとして、注目されているとのこと。
学業の方も、優秀な部類に入るらしいし、欠点は見当たらない。それどころか、清々しい笑顔と元気に満ち溢れた性格がより周囲を引き付けている。
帰宅部である俺でさえ、このくらい情報が入る程度には、彼女は有名人なのだ。
「……」
教室から出て行く彼女を見送って、よし、と気持ちを奮い立たせる。
毎日毎日勉強漬けというのも、ストレスが溜まる。
たまには、自分の気になったことを追求してみるのも良いかもしれない。
彼女が本当に屋上から落ちたのならば、傷一つないというのは常識的に考えて、おかしい。逆に、落ちていなかったとしたら、俺が見たものは一体なんだったのか、気になる。
「陸上部、か」
幸い、新学期が始まったばかりで、まだ部活見学が許されている時期だ。
一年生に紛れて、ちょっと様子を見るくらいなら目立たないだろう。
クラスメイトが屋上から落ちたという状況は、放っておけるものでもない。
間違いなら間違いでいい。
他のものが出てきても構わない。
一日二日くらいなら、ちょっと調べてみても、良いだろう。
「行くか」
鞄を持ち、忘れ物がないか確かめてから、俺はグラウンドへと向かった。