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校舎の屋上から落ちれば

「なにが起こったのか、一体どうなっているのか、理解できなかった。目を疑ったよ。あったはずの傷がほんの数時間程度でなくなるなんてことは有り得ない。だから、尋ねたんだよ。どうなっているのか、ってね」

 先輩はそう言って、霧生木さんの体質について、説明した。

 まとめると、こんな感じだ。

 霧生木さんの体は、骨や皮膚、その他全ての細胞が人間よりも強固になっているらしく、そもそも怪我をしにくいらしい。さらに、治癒力が普通の人間より何十、何百倍も高いとのことで、骨折程度なら数分程度で治るのだとか。先輩が見た傷というのも、実は練習を休む必要などないくらいの速度で治っていたらしい。

「四葉ちゃん自身も、自分の体がどうしてそうなったのか、理由は知らないらしい。幼い頃から医者や親御さんにそう説明されてきたということだ。……ただ、一ヶ月に一回は病院に行かなければならないと聞いたことがある。四葉ちゃんが熱を出したことはほとんどないからね。おそらく、体質のことと見て間違いないだろう」

「……その病院には、本人にも知らされていない、なにかがあるってことですか?」

「だと思うよ。例えば、マッドサイエンティストが人間の細胞をいじって強化人間を作ろうとした、とかね」

「……」

 予想できたとはいえ、驚かざるを得ない。

 だが、体が頑丈だということ、そして異常な治癒力を持っているということを踏まえれば一昨日の一件も説明がついてしまう。

 校舎の屋上から落下しても、体が頑丈ならば、問題なく生き残れるだろう。それに、俺が駆けつけるまでに、少なくとも数分程度は時間があったはずだ。骨折を二、三分で治す治癒力があるのならば、移動できてもおかしくない。骨折程度で済んでいるのならば、落下点に痕が残っていないのも頷ける。

 とはいえ、ここはSFの世界ではない。

 骨折を二、三分で治せる治癒力とか、体が頑丈とか、どんなびっくり人間だ。それこそ、先輩が言ったように「強化人間」とでも呼ぶべきではないだろうか。マッドサイエンティストだか、それとも別のなにかだかは知らないが、そんな人間を作り出してどうするつもりだ。訳が分からない。

「ただね」

「え?」

 悶々と考えていると、先輩はふと立ち止まり、空を見上げる。

「四葉ちゃん本人から聞いた話なんだが、治癒力の方はともかく、体の頑丈さの方はそこまで飛躍的に高くなっていないらしいんだよ。刃物や尖ったものなら簡単に皮膚は裂けるし、鈍器で殴られれば骨は砕ける」

 陽が落ち、薄暗くなった空を凝視したまま、先輩ははっきりと明言した。



「だから、校舎の屋上から落ちれば、死ぬ可能性は非常に高い」



「四葉ちゃんの治癒力は著しく人間の領域をはみ出しているようだけど、細胞の強度は人間の領域に留まっている。二階や三階ならまだしも、六階や七階から落ちても耐えられるほどの強度は、彼女にはない。たぶん、一昨日は運が良かっただけだろうね」

「それじゃあ、一昨日は――」

「うん。本当に、自殺しようとしたのかもしれないね」

 背筋に冷たい汗が流れた。

 俺には先輩と違って、霧生木さんと深い繋がりがあるわけではない。ただのクラスメイトだ。それ以上でも以下でもない。けど、クラスメイトではあるのだ。喋ったことはあるし、霧生木さんを異性として少なからず意識していた。

 彼女の明るく、爽やかな笑顔は周囲の人間に元気を与えてくれる。

 教室に居てくれるだけ、随分雰囲気が変わるのだ。


 その霧生木さんが、一歩間違えば、死んでいたのだ。


 俺はまだ高校生だ。

 死というものを感覚として理解できはしない。親が死んだこともなければ、友達や尊敬している先生が死んだこともない。俺の祖父母は生きているし、葬式というものに出たことは幼い頃に一度、あるかないかという程度だ。

「わたしは、『死』というものを、実感を持って語ることはできない。まだ、近しい人間が死んでいないからね」

「……俺もです。親どころか、その上の代も生きてますし、友達も死んだことはありません」

「わたしもだよ。……けど、このまま放置しておけば、それを経験することになるかもしれないよ。詳細は不明だけど、四葉ちゃんは今、危険行為を犯している。それは間違いない」


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