世にも不思議なお話さ
「さて、まず初めに言っておくけど、これから話すことは全て事実だよ。最初は信じられないかもしれないけど、信じてもらうしかない。そうしないと、サクヤ君が見たことの説明もできないからね。いいかな?」
頷く。
もとより、一昨日の状況が信じられないのだ。その信じられない状況の説明なのだから、常識的ではない事情が飛び出すのも十分考えられる。
先輩は一拍置いて、語りだす。
「昔話になるのだけれど、一年前、わたしは四葉ちゃんと部活で会って、そこそこ仲良くなった。わたしはその時、副部長をしていたし、四葉ちゃんは一年生ながら実力者だったからね。自然と連絡を取ったりする機会が多かった。仲良くなってからは、部活の練習を共に過ごすことが増えたよ。互いに短距離を走っていたし、四葉ちゃんに大層懐かれてね。わたしも嫌じゃなかったし、ずっと応じ続けた」
それは昨日の部活風景からよく分かる。
先輩と霧生木さんはほとんど一緒に行動していた。懐く霧生木さんを、柳先輩が優しく導いている、という感じだった。去年からそうだったのだろう。
「ただ、そうやって一緒に練習することが多くなってからあることに気付いたんだよ」
「あること?」
「うん。四葉ちゃんは、人に比べて怪我がとっても少ないことにね」
「怪我が少ない……?」
「まあ、四葉ちゃんくらいの綺麗なフォームと、自分のコンディションを正確に測る力を持っている人なら怪我が少なくなるのも当然なんだけど、それでもわたしたちは、全力で走ったり跳んだりしてるわけだからね。ある程度、怪我をしてしまうものなんだよ。もちろんその中には、単なる怪我だけでなく、選手生命に関わるようなものもある。これは稀だけど、うちの部でもわたしが一年生の時、そういう子はいた」
「ええと、じゃあつまり、その、ある程度はするはずの怪我が霧生木さんには全くなかったということですか?」
「そういうことだよ。半年近く、ずっと一緒に練習して、彼女は足を捻ることもなければ転んでどこかを切ることもなかった。調子が悪いという日はあったけれど、怪我をすることは一度もなかった」
陸上部の練習はほぼ毎日あるはずだ。
普通の人間だって、なにかの拍子に転んだり足を捻ってしまうことはある。なのに、そこらの人間よりとほど怪我をする確率が高い霧生木さんが、一度も怪我をしていないという……。
「でもね、それはあくまで偶然で片付けられる範囲だ。わたしがいくらおかしいと思っても半年という短い期間のなかでは判断しようがないし、不審に思うくらいしかできない」
それはそうだろう。
なにか明確な証拠があるわけじゃないのだ。いくらおかしいと思っても、なにかを立証できるわけではない。
「ところがねー」
と、先輩はサイドポニーをくるくるといじりながら、どこか間の抜けた声を出す。
「全員の大会が終わって、三年生が引退して、部内の空気が僅かに緩んだ時、妙な出来事が起こったんだよ」
「妙な出来事?」
「そう。世にも不思議なお話さ。……ちょうど、雨が降っている日でね。グラウンドが使えなかったんだよ。それで、その日は屋内練習になった。もちろん、屋内練習になろうとわたしと四葉ちゃんは同じメニューをこなしていたし、ほとんど同じペースで練習していた。だからこそ気付けたんだけど……。本当にたまたま、走っている途中、わたしの足が四葉ちゃんの足に当たってしまって、転ばせてしまったんだ」
ふう、と息を吐いてから、先輩は再び口を開く。
「それで、四葉ちゃんに、怪我をさせてしまったんだよ。切ったとかではなかったけど、結構強く床に足をぶつけてしまったみたいで、青あざができていたんだ。わたしは申し訳ないとすぐに謝って、とりあえず練習を中断した」
「怪我を、したんですね?」
今までの話では、霧生木さんは怪我を一切しなかったという話だった。
確認のために聞くと、「うん」と先輩は首を縦に振った。
「確かに、怪我をしたよ。この目でしっかり見ている。保健室に連れて行こうかと思ったくらいには、ね」
ちょっと切ったとか、その程度なら、洗って、絆創膏でも貼って血が止まるのを待てばいい。小学生じゃないのだ。わざわざ保健室に行こうとは思わない。『保健室に連れて行かないと』と心配になるくらいのあざが出来た、ということだろう。
「だけど、その後、おかしなことが起こった。四葉ちゃんが保健室には行きたくないと言うものだから、無理に連れて行かなかったけど、さすがにそのまま走らせるわけにもいかないから、その日はそれ以降練習させなかったんだよ。……わたしは四葉ちゃんを心配しつつ、練習を続けた。だから、ずっと彼女を見ていたわけではない。けどね、起こった現象は、見ていたとか見ていないとか、そういう問題じゃなかった」
「えーと、なんとなく予想できる気がするんですが、どうなったんですか?」
一昨日の出来事、そしてこの話の流れから、ある程度は推測できる。
それ以外に、理由を説明できないのだ。
俺の予想を裏付けるように、
「なにが起こったかというとね」
先輩は、言った。
「練習が終わって、四葉ちゃんのもとに行ったら、傷がなくなってたんだよ。綺麗さっぱり、魔法でも使ったようにね」




