プロローグ
死ねばいい。
何度そう思っただろうか。
家族ってなに?
兄弟ってなに?
私は、いつも思う。
『家族だから』
そういう理由を付けて、なんでも容認させようとするのは間違っていると。
どうして、世間では『家族は大切にしなければいけないもの』という風潮が生まれているのだろうか。
どうして、家族という枠組みを大切にしなければならないのだろうか。
一生懸命家族のために尽くしても、救われないことはよくある。
あんな人間と血が繋がっていると思っただけで反吐が出るような兄弟だっている。
死ねばいい。
いなくなればいい。
家族ってなに?
……分かっている。
それでも、家族は家族。
友達には超えられない一線が確かにある。
家族が一番身近な存在で、一番の理解者であるというのもある種、真実だ。
私にとっては、母がそれに相当する。
うざいと思ったことがないとは言わないけれど、母は、大切にしたい。
あの人は、素直に尊敬できる。
何事にも一生懸命で、何事にも本気で立ち向かっている。
強く、気高い、あんな人になれたらと思う。
……母だけなら、そう、思う。
死ねばいい。
家族なんていらない。
私はこの一年間、そんなことばかり考えていた。
どうして、自分がこんな目に合わなければならないのか。
どうして、自分はこんなにも非力で、母を助けられないのか。
家族とは、一体、なんなのだろうか……?
こんなことになってしまった理由は、分かりきっている。
私の家族が、こうまで崩れてしまった原因は、はっきりしている。
全ては、そこから始まったのだ。
一年前、父が、事故で亡くなった……。
◆
クラスメイトが、落ちた。
学校の、屋上から、落ちた。
私立御櫻学園の校舎は六階建てだ。
屋上から地上まで、一体何十メートルあるか、分かったものではない。
俺は転びそうになりながらも全速力で階段を駆け下りた。
絶望的だろうが、とにかく確かめなければならない。
「……」
落ちたのは、クラス内では人気者、部活でもエースとして名を馳せている霧生木四葉さんだ。
彼女は笑顔が印象的な、明るく優しい女の子だ。
たぶん、自殺だろう。
「見えるか?」
二階へ来たところで、一度、窓から下を窺った。
最悪、グロテスクな映像を見てしまうことも覚悟しつつ、覗き込む。
そこには、かつて、同級生だった死――
「……あれ?」
確かに、俺は覗き込んだ。
そのはずだ。
地面を、凝視した。
穴があくほど、見た。
目を凝らした。
瞬きをした。
これ以上ないくらい、はっきりと、落下したであろう場所を、見た。
――なんで、なにもない?
どれだけその場所を見ようと、彼女の姿はそこにはなかった。
慌てて周囲を見回すが、彼女の姿は影も形もない。
「……」
見間違い、だったのだろうか。
図書館から、ぼんやりと外を眺めていたら、屋上に霧生木さんの姿が見えたのだ。
遠目ではあったが、毎日クラスで顔を合わせている。特別親しくはないけれど、霧生木さんはモテるし、俺だって少しくらいは意識していた。
見間違える、ということは考えにくい。
だが、現実はそうは言っていない。
落ちたはずの場所に彼女の姿はなく、人どころか犬も猫も、虫の類すらいない。
一体、なんだったんだ?
俺は、首を傾げるしかなかった……。