赤点とサボタージュ
「うわ……」
学期末。教師から成績表を渡された僕は、その内容に顔を顰めた。
「どうした、変な声出して」
後ろから声をかけてきた友人に、僕はそれを示して見せる。
「オール3」
「……器用だなお前」
「4とか5とか、あると思ったんだけどな……」
「ま、いいじゃないか、オール3。人並みにはできてるってことだろ?」
「そうだけどさぁ……」
やっぱり悔しい、と言う僕に、彼は、
「1が無いんだ、くよくよするな」
なんてことを、宣いやがった。
「は……? 1?」
「おう、1」
「何が」
「数学」
数学……って、この間のテスト、かなり簡単だったのに。そんな僕の思考をなんとなく察したのか、彼がまた言葉を重ねる。
「俺、文系だからな」
「いやそういう問題じゃないでしょ」
「そういう問題だろ」
「いやいやいくら文系でも1は」
「文系が理数系まで得意だったら無敵のヒーローじゃないか」
「いやいやいや意味わからないよ」
「わかれよ」
「無理だよ」
はぁ、と一度大きくため息をつく。
「幸せがエスケイプしたぞ」
「うるさい誰のせいだと思ってるんだ」
「俺」
「……」
もう一度、嘆息。全く、この友人は相変わらずマイペースだ。
「で、だ。そんなオール3のいたって平均的なお前に頼みがある」
「イヤミか断る」
「悪かった最後まで聞け」
「謝った直後に命令するな」
「聞いてくれるのかありがとう。数学を教えて欲しいんだ」
「……はい?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「数学を、俺に、教えてほしいんだ」
「なんで僕なんだよ……もっと適任がいるだろ、ほら、前回数学が満点だったらしい鈴木とか」
「そんなに仲良くないしなぁ……」
「そうなの? 昨日ずいぶん楽しそうに古代ギリシャの文化について語り合ってたのに」
「俺には俺の友人の定義があるのさ」
「ふうん……じゃ、僕はその定義に当てはまってるってこと?」
「いや、違うぞ」
「え」
「お前は親友だ」
「……はは、そうだね」
当然だろう、と言わんばかりの彼の言葉に笑みがこぼれる。傍から見れば面白味のない茶番でしかないだろうけど、僕はこんな日常が好きだ。
「……で、教えてくれるか? 数学」
「仕方ないなぁ……代わりに、英語教えてよ。危うく赤点を取るところだったんだ」
「回避したなら大丈夫だろ。俺なんか数学は毎回赤点だぞ」
「……進級、できることを祈ってるよ」
「おう、神様に頼る以外どうしようもないしな」
「そこは実力でどうにかしようよ」
「どうにかできるほどの実力がないんだよ」
「これからつければいいじゃないか」
「つかないね」
「言い切るなよ……」
「だってさ、考えても見ろよ。授業はちゃんと聞いてるし、提出物も出してる。補習も毎回受けてるし、成績が悪すぎて出された特別課題だってこなした。それなのにこのザマだぜ? もう無理じゃねぇ?」
「寧ろどうして赤点が取れるのか不思議なくらいだよ」
「知るかよ、赤点が勝手に取られに来るんだ」
「だから意味わかんないって」
「これだから赤点取ったことない奴は!」
「なんで僕が怒られてるの!?」
「赤点を笑う奴は赤点に泣くんだ!」
「……、その通りだろうけど!」
はぁ、疲れた……何でこんなに返しが早いんだ、こいつ……。文系だからか? 恐ろしい。
「なんだ、俺の顔に何かついてるか?」
「いや、文系って怖いなー、と思っただけ」
「俺にしてみれば理数系の方が怖いけどな。どうしてあんなに大量の数字と向き合えるんだよ」
「数字だって文字の仲間だろ」
「文字を雑多に並べたところで文章にはならないんだよ」
「……は、反論できない」
「I'm winner」
「何の勝負だよ……」
はあ、と本日3度目のため息をついて、ふと、時計を見やる。……は?
「……部活」
「うん?」
「部活、始まって、る……」
「おおう……」
「えぇええええちょっと待ってどうしようどうすればいいかな!?」
「サボろうぜ」
「ドヤ顔で言うことじゃねぇえええええ!!」
「はっはっは。どうだ? 部活サボって食べるポテトは旨いぞ」
「……フレッシュネスね」
「いや、モス」
「だったらロッテリア」
「それよりファーストキッチン」
「二駅先まで行く気かよ。マック」
「あぁ、そういえばクーポンあるぞ」
「よし、決まりだね」
どうしてこうなったのか。それもこれも全部あのオール3の成績表のせいだ、ってことにして、帰り支度を始める。たまにはこういうのも良いよね、なんて、心のどこかで思っていた。




