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第9話 お忍びと明かされた真実

街に出たいな。


 美優がそう告げると、案の定兄王子(エドヴァルド)は困惑した表情を浮かべた。

今日は半月に一度市街地に市場が立つ日で、王子は視察のために出掛けると聞いた。半月後にはもう美優は元の世界に戻っているかもしれない。このチャンスを逃すと、この世界のことを何も見らずに去ることになる。それではあまりにもつまらない。


「王様はよきにはからうように、って言ってたけど?」


「…」


「シャルルのやったことに責任取るとも言ったよね?」


 兄王子は苦虫を噛み潰したような顔をする。美優はより一層にこにこすると、長い沈黙の後でようやく兄王子が折れた。


「…少しだけだからな」


「やったー!」


 美優の粘り勝ちだ。

話分かるじゃーん。そう言って肩を叩くと、兄王子はますます眉間の皺を深くした。


 白薔薇館の玄関ホールから外へ出ると箱型馬車のそばにシャルルとルークがいた。私と同じ、カジュアルな服装に身を包んでいる。どうみても一般市民、と言いたいところだけど、シャルルはフリルのシャツの首元から、ルークははだけたシャツから覗く厚い胸板から、ハンパないフェロモンを解き放っている。

…誰かこいつらにお忍びの言葉の意味を教えてやってくれないかな。


「あれ?シャルルは王子の側近だから分るけど、ルークも行くの?」


「ひでーな、ミユウ。俺は今日護衛なの。嫌でも付いていくぜ!」


「や、嫌とかじゃなくて。騎士って言ってたから仕事で忙しいんだと思ってた」


「俺の主な仕事は王子の身辺警護だから、外出の時は同行してンだよ。何しろ戦争が無くて平和だからな」


「なるほどー。ルーク強そうだし心強いね」


「おう、任せろ!悪党どもにはミユウに指一本触れさせないぜ!」


「さすが!よろしくね」


「ミユウ様、私は?私が居たら心強いですか~?」


「あ、シャルルには期待してないから。大丈夫」


 一刀両断にしたはずなのに、シャルルはミユウ様ひど~い、こう見えても私もけっこうやるんですよ~?と嬉しそうだ。やばい、Mにはたまらんご褒美を与えてしまったのかも。

 美優が今までの行いを後悔していると、いきなり後ろから日が陰った。振り返りざまに何かが頭に被せられる。


「な、なにこれ?」


 被せられた物を押し上げながら視界を確保すると、いつの間に近づいてきたのか兄王子がまだ納得していない、とでも言うような不満げな顔をして立っていた。頭に乗せられたものを確認すると、つばのあるキャスケットのような後ろが膨らんだ帽子だった。


「深く被れ。前髪も入れろ」


 あーなるほど。

黒髪黒目は珍しいらしいから、これで隠せってことね。相変わらず言葉足らずだな。


 美優はその短い髪の襟足と前髪を帽子に押し込んだ。こうしておけば、よく注意して見ない限り、目の色も周囲に悟られないだろう。その姿はまるで新聞配達の少年のようだった。

 兄王子は美優の姿を確認して一つ頷くと先に馬車に乗り、シャルルがそれに続く。美優も乗り込もうとしたが、ステップが思いの外高い位置にあり、足が届きそうになかった。今日はお忍びというていなので周りには御者とエヴァ以外誰も居ない。そのため通常なら用意されるはずの踏み台が無く、美優が逡巡するとルークにひょいと抱えあげられてた。


「え、ちょ、ちょっと…!」


 いきなり変わった視界に、美優は度肝を抜かれた。背中とひざ裏に添えられた手。


こ、これって、あの有名なお姫様だっこ、ではないだろーか!?

近い近い近い!はだけた胸板が近すぎる―――っ!!!


ルークは焦って変な汗が出ている美優を馬車に乗せると、自身も軽々と飛び乗った。


「あ、ありがとう」


「いいってことよ!」


 ルークはこちらの動揺を全く理解していないようで、爽やかな風のように笑った。

長身ゆえに決して軽くない美優も、ルークにかかれば造作も無いようだ。


 城の前には見事な庭園が広がり、城門までたどり着くまでにも長い道のりが続く。夜間は閉まる跳ね橋も今は降ろされ、城の周りに巡らされた水堀の上を通り抜ける。

 そのまま真っ直ぐに進み、一行は馬車を降りた。ここからは徒歩で進むようだ。馬車から降りる最中から気付いていたが、なんだか辺りが騒がしい。市場はかなり盛大に催されているようだ。


「すごく賑わっているんだね」


「ああ。この市場は我が国最大の規模だ。貴族も商人も、貴賎関係なく多くの人々が市場を利用する。ここで手に入らないものは無いと言われているくらいだ」


「ウマいメシもたくさんあるぞ!」


「欲しいものがあったら言ってくださいね、ミユウ様。お兄さんが買ってあげますよ~」


「ほんとに?やったぁ!」


 ウキウキしながら市場を見渡すと、なるほど、目移りするぐらいの出店が並んでいる。食べ物屋の隣で骨董品らしき物が売られていたり、互いに客引きをしあう店があったりと何でもアリの混沌とした様は見ているだけで楽しめそうだ。


「おい、よそ見しているとはぐれるぞ」


「あ、ごめんごめん。つい夢中になって見ちゃった」


 夢中で出店を覗いているうちにどうやら王子達に後れをとっていたらしい。戻ってきた兄王子に注意され、美優は素直に謝った。


「そんなことじゃまたすぐにはぐれるぞ」


「大丈夫大丈夫!」


 笑ってごまかした美優が再び目線を道沿いの出店に向けると、あることに気付いて目が点になった。


「アノ…アニ オウジ」


「何だ」


「チョット シツモンシテモ イイデスカ」


 目は対象物に向けたまま、美優は震える手で兄王子の袖を引っ張った。


「アノ ヤサイノ イロハ ナンデスカ」


「野菜?」


 兄王子は美優に近付くと視線を辿り、そこに山盛りされた野菜を確認した後、何を言ってるのかさっぱり分からんな、という表情で美優を再び見直した。


「別に、普通の色だと思うが?」


 そう、美優が市場で見た野菜は、元の世界の物と大差ないものだった。

じゃがいもは茶色く、カボチャは深緑。果物は赤や黄色の物が多かった。

しかし、城の裏手にある畑の物はすべて、元来の色とは違う変な色のものばかり。

どういうことだろうか?


「オシロノ ヤサイ ト イロガ チガイマスヨネ?」


「あぁ」


 美優の質問の意図をようやく読み取った兄王子は、一つ頷くと何でも無い事のように答えた。


「城で育てている野菜は、俺が品種改良しているからな」


「エ…」


なんですと?


「栄養価は元来の物の何倍もあるぞ。すごいだろう?」


 いやいやいや!野菜の品種改良をする王子殿下ってどうなの!?

美優は目の前の兄王子が無表情の奥に確かに感じるドヤ顔を見ながらそう思った。


「兄王子って…」


 …こいつ、まだまだ奥が深そうだ。


 褒めろ称えろ崇め奉れよと言わんばかりの無言の圧力を受け止めて、美優が一気に脱力したのも無理も無いことだろう。

その兄王子が、ふと思い出したかのように美優を咎めた。


「その兄王子という呼び方は何だ?」


「えーだって、エドヴァルド王子って長くて呼びにくいし」


美優の言葉に、兄王子は思案した後で仕方なさそうにこう言った。


「…では、エドと呼べ」


「え、呼び捨てでいいの?」


「今さらだ。思えば最初から失礼なヤツだった、お前は」



あれ…そう?

頼むからそんな困ったものを見る目で見ないでくだサーイ。



*****



「エドヴァルド!ミユウ!やっと見つけたぜ」


「すみませんミユウ様~。私達だけ先に進んでしまって」


 シャルルとルークが美優達を見つけて駆け寄って来る。後ろに居たはずの二人の姿が無くなったために、引き返して探してくれていたようだ。


「ううん、私の方こそごめん。ついつい目移りしちゃって」


 シャルルとルークが見えた途端さりげなく離れたエドとの距離を少し名残惜しいと感じながらも美優はルークに渡された串状のおやつを受け取った。


「この甘辛いタレが何とも言えねーから冷めないうちに食ってみ!」


「おわびにミユウ様におやつ買っといたからこれで許してくださいね~」


「わーい!」


 ルークに渡された串餅を遠慮なく頬張り、「おいしい!」と言おうとした瞬間にその事件は起きた。






「このガキっ!よくも俺の服を汚してくれたな!」


「も、申し訳ございません!この子にはよく言って聞かせますから・・・なにとぞお許しを…!」


 騒ぎを聞きつけ噴水広場に向かった美優達が見たものは、子供が持っていたであろう串餅のタレが服き激怒している裕福そうな男と、泣きじゃくる子供を背中で必死に守る母親の姿だった。


「警ら隊を呼べ」


 エドがシャルルに素早く命じる。


「あちゃーあの男、最近領地内で砂金が大量に見つかったっつー領主のドラ息子じゃねぇか。急に羽振りが良くなったから調子に乗ってんだな。どうするエドヴァルド?やっつけちゃう?」


「いや。警ら隊が来るまで手は出せない」


 緊迫した状況の中、男の怒りがピークに達した。


「女は引っ込んでろ!俺はそのガキに用があるんだ!この俺に逆らったらどうなるか、キッチリ教育してやる!」


 男が子供の母親を殴ろうとした瞬間、美優は我慢出来ずに足もとにあった石を掴んで男の右腕に投げつけていた。


「痛っ!誰だ!?」


「おい!」


 制止しようとする兄王子の腕を払いのけ、出店の隅に立てかけてあった長い木棒を掴むと美優は男の前に進み出た。


「たかが服の一枚が汚れただけでそんなに怒ること?いい歳した大人がみっともない。ダサすぎ!」


 ダサいという言葉は知らなかったが侮辱されたことは伝わったのか、男の顔がみるみる赤黒く変色する。


「このっ!俺に楯突くとは許さねぇ!」


「どう許さないって?やってみなさいよっ」


 美優は棒を中段に構える。

男ががむしゃらに襲いかかって来たのを右に避け、素早く相手の喉を打つ。

 男が痛みで倒れこむのと同時に、美優の深くかぶっていた帽子が脱げ、隠れていた髪が露わになった。


「あの黒い髪、黒い瞳!色が一緒だ…!」

「もしかして伝説の巫女姫様…?」

「お、俺は見た!この前、空がベカーっと光ったと思ったら何かが落ちてくるのを!」

「ばっか、そんなの皆見てンだよ!」

「男に変装してる?」「え、男の子じゃないの?」

「おい、あそこにいるのはエドヴァルド王子でねぇか?」

「本当だ!巫女姫様が城にいるってぇ話は噂じゃなかったんだべな…!」


 途端に周囲からどよめきが巻き起こる。

どうやら、美優が城に居ることは国中の噂になっていたらしい。箝口令を敷いていたとはいえ、人の口に戸は立てられないといったところか。


「大丈夫か?」


 その場の緊張が解け、王子達が美優に駆け寄る。


「すみません。我々は民事不介入が原則なんです~」


「ま、相手が素人だったし、ミユウの動きを見て手ェ出すのやめたんだけどな。なんかやってたんだろ?」


「ちょっとね。護身術程度だけど」


「やっぱりな。それよりも今にも飛び出しそうなエドヴァルドを抑えるのが一苦労だったぜぇ」


「その程度の実力で、怪我でもしたらどうするんだ!もう少しで剣を抜くところだ」


「う…ごめんなさい」


 素直に反省した美優のズボンを、先ほど泣きじゃくっていた男の子がやってきて引っ張った。


「みこひめさま、助けてくれてありがとう。僕のせいでおうじさまに怒られてごめんなさい」


「本当にありがとうございます!何とお礼を申し上げればいいか…」


 母親の謝罪を手で制し、美優はしゃがみこんで男の子と目線を合わせた。


「どういたしまして。王子様に怒られるのはおねーちゃん慣れっこだから大丈夫」


「慣れっこなのかよ!」


「はは~。私もです~」


「慣れてもらっちゃ困るんだが…」


後ろの声は奇麗に無視する。


「みこひめさまのおめめ、きれいね」


「そう?この国にはこの髪と目の組み合わせは珍しいみたいね。おねーちゃんの国は皆こういう色なんだよ」


 美優が子供に髪を触らせていると、円で囲むように成り行きを見守っていた群衆の中から青年が声を発した。


「み、巫女姫様、万歳!」


すると次々に声が上がる。


「巫女姫様、万歳!」

「エドヴァルド王子、万歳!」

「ダンフィオール国、万歳!」


 最後は大合唱だ。


「どうやら民衆にも受け入れられた様だぞ」


「エドヴァルドの株も上がったみてえだな。何もしてねーのに」


「ルーク、黙れ」


「何はともあれ、ミユウ様がご無事で良かったですね~」


 するとやっと市場の警ら隊がやってくる。市場の反対側でも乱闘騒ぎが起きていたため来るのが遅れたらしい。警ら隊は項垂れる男を連行し、周囲の群衆に解散するように促した。美優たちもこれ以上騒ぎが大きくなる前にと市場を抜けることになった。


「済まないな、来たばかりなのに」


「ううん、楽しかったよ」


「またほとぼりが冷めたら来ましょうね~。ここは市場の無い日でも賑わってますから」


「うん!」


 美優は棒を勝手に借りてしまった出店の主人に棒を返し、帰路に就いた。


真実とは、野菜の品種改良のことです。

すみません、たいした真実ではありませんね(笑)

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