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第8話 最高権力者、来ル

 美優がこちらの世界に来て一週間が経った。


 今日も朝目が覚めるとたっぷりと朝食を採り、畑へ急ぐ。取り立てて何もすることが無いので、何となく毎朝野菜の世話をするのが美優の日課になってきていた。今では虫にも慣れ、手袋越しではあるが掴んで遠くに投げれるまでに成長している。

 ただ、問題が一つだけあって、それは野菜や果物の色が奇妙なため、熟し具合が分からないことだ。なので、葉野菜をちぎってみたり、果物を食べてみたりして確認した結果、大分色と成長の程度が分かるようになってきた。


何事も経験が大事だと言うことだよね。つまみ食いしてると思われて皆にいじきたないっていう目で見られたけどさ。


 そこにはすでに兄王子(エドヴァルド)の姿があり、収穫した野菜を陽にかざしてその発育具合を確認していた。太陽の光が当たると、彼の髪は金色に縁取られる。その輝きを見ると、あぁ、この人はやっぱり王子なんだ、と思い知らされる。

 野良着(にしては上等すぎるけど)を着ているにも関わらず、絵になる。たとえ背景が畑で、小脇に携えているのが鍬だとしても。


やっぱ顔か!顔が良いと何でも似合うのか?何か意味無く腹立つなぁ。


 兄王子は執務のため毎日来るわけではなく、そんな時は美優が一人で収穫をすることもあった。

しかし、どうしたわけか、そんな時はどこからともなくルークや弟王子(レオナルド)が現れて手伝ってくれる。ルークは前日にあった面白い話を聞かせてくれながら、そして弟王子はひたすら無言で、手伝うと言うよりは作業をする美優を仏頂面で眺めながら。

 今日は兄王子のソロ活動のようだ。


「遅い」


「ごめん。でも朝ご飯食べて急いで来たんだよ?」


「俺はすでに朝議と剣の稽古を終えて来ている」


「はー。朝から大変だねぇ」


夜も遅くまで執務室に籠もっているみたいだし、一体いつ寝てるんだろ?


 ふと王子の向こうを見ると、何も育っていない畑が見える。いつ種を播くのかと楽しみにしているのだが、一向にその気配が無いので、美優はこの機会に尋ねてみることにした。


「あっちの畑には何で何も植えて無いの?」


「土を休ませている。何年も続けて作物を育てると、土に含まれる栄養が減り、実入りが悪くなる」


「へー、なるほどぉ」


 相変わらず畑のことになると口数が多くなるな。

今日から兄王子改め、農業王子とか百姓王子に改名してやろうかな?


その後、美優は雑草取り、兄王子は収穫と二人別々に作業に勤しんだ。

土いじりの癒し効果はバッチリで、土に触れていると不安やら悩みやらが嘘のように消えていく。


 …私、元の世界に戻ったら、農家になってそうだな。


「おい、鼻の頭に土がついてるぞ」


「えっほんと?」


 美優が鼻をこすると、拭うどころか汚れが広がってしまった。


「違う、ここだ。ったく、野菜より世話がかかるヤツだ」


 王子は首に掛けていたタオルを手に取り、美優の顔の汚れを拭った。その口の端がわずかにだが緩んでいる。


えっ?えぇっ?

もしかして兄王子、今笑った!?


 その貴重な表情を目撃した美優は、驚きで釘づけになった。

何だ・・・無表情王子だと思ったら、ちゃんと笑えるんじゃん。

いつもこうだったらいいのに。


「そうだ、言い忘れていたが」


「ん?」


「本日午後、お前に、父上への謁見が許された」


「へっ?父上ってことは…もしかして、王様?国王陛下?」


「他に誰が居るんだ」


どどどどうしようっ。

忙しいって聞いていたから、もしかして一度も会わずに元の世界に帰るかもなぁって気を抜いてたよ。

王様ってこの国で一番偉い人ってことで…つまり最高権力者だよね。もし何か粗相とかしちゃったら国外追放とかになったりしちゃったりして…しかも王様っていったら王妃様も居るんだろうし…。

うわー、緊張でドキドキしてきた。パスとか出来ないのかな。無理だろうなー。


「刻限が来たら迎えの者が行く。準備をして待っていろ」


え、兄王子も来るの?

それは心強いような、逆に不安なような。

絶対、私が変なことしないか見張る気でしょー?






「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ。陛下は厳格ですが優しい方ですもの」


仕立て屋が取り急ぎ仕上げてくれた男物の正装を身に付けていると、それを手伝うエヴァが励ましてくれる。って、全然励ましになってないけどね!厳格って言葉!

何でも普段通りの服装で構わない、とお達しがあったとか。

どうやら美優が普段男装と貫いていることはすでに国王陛下の耳にも届いているらしい。ドレスを着ろと言われるよりはマシだけど、ちょっと派手に出歩きすぎたかもしれない、と美優は反省した。後悔はしていないが。

そうそう、仕立て屋さんが来た翌日に、取り急ぎと言って下着が届けられたんだよ!

仕事が早い!さすがプロ!

私が身につけているのとそっくりな、スポブラとパンツ。そりゃ、ちょっとゴムの伸びが悪いとか、パンツがややふんわりしていてオムツみたい、なんて違いもあるけど、もんぺみたいな下着よりはよっぽどいいよね。

代金はシャルルに請求するように言っといたよ、もちろん。



 エヴァと衛兵と共に部屋を出て長い廊下を歩き角を曲がると、兄王子とシャルルが待っていた。王子も先程の野良着から正装に着替えている。輝きも5割増しだ。

 シャルルも彫刻のように美しい顔に惜しげも無く頬笑みをたたえている。彼は兄王子の第一側近らしいので今日も同行しているらしい。・・・彼が有能だとは未だに信じられないけど。


「ミユウ様、今日も思わず撫でたくなるような美脚ですね~。もっとよく見たいのでちょっと脱いでもらえます?」


 相変わらず空気を読まない変態発言。

シャルルが整った顔を崩してへらへらと笑う。周りに花が現れた気がする。薔薇とかの耽美なやつじゃなくて、幼児がクレヨンで描いたような花だけど。

ちょっとヨレヨレに見えるのは、最近書庫に籠りきりで魔道書を探しているからだろうか?


「二度と口が聞けないようにしてあげようか?」


美優が鋭くねめつけると、シャルルはあははーミユウ様の怒った顔も素敵だなぁ~と全然堪えて無い顔でにっこりとした。


 …駄目だ、こいつ、何を言っても響かねぇ。


 美優はシャルルとの意思疎通を早々に諦めて、その隣に立つ兄王子を見上げた。


「もしかして待っていてくれたの?」


「なんだ、その明らかにほっとしたような顔は。王が怖いのか」


「怖いよ。王様って私の世界では居ないもの。天皇っていう昔から王様のような由緒正しい血族の方はいるけど、今では象徴の存在だし、滅多に会えるわけじゃないし。例えその方達に気に入られなかったからって国外追放になんてならないもん」


「お前、国外追放になるようなことをするつもりなのか」


 兄王子はクッと口の端で小さく笑い、すぐに表情を消す。


わー、1日に2度もこの王子が笑う所を見てしまった。これって奇跡?それとも不吉な前兆?


「いや、むしろ何もしてないし今後もする予定がないけれども!っていうか笑うなんてヒドイ!こっちは緊張で手が震えているのに!」


「ミユウ様、ファ~イト!応援してます、真後ろで!」


おい、真後ろはやめろ。ここは心の中で、とか、遠くでって言う場面でしょ。


「それだけ元気があれば大丈夫だ。行くぞ」


 兄王子は美優の前を誘導するように歩き始めた。

さきほどのやりあいのおかげか、固くなっていた体が徐々にほぐれていくのを感じる。

謁見の間に着く頃には何とか呼吸を整えることができるようになっていた。

エヴァは部屋の外でお留守番。私たちは3人で扉の前に立った。衛兵が扉を開けると兄王子が一歩前に進み、臣下の礼を取った。


「陛下。異世界からの来訪者を連れて参りました」


「うむ」


 謁見の間の奥に設けられた玉座に王は座っているようだが、美優は緊張のあまりそちらを見ることが出来ない。天鵞絨(ベルベット)の垂幕と朧げなシルエット、そして王が羽織ったローブが見えただけだ。一度緩みかけた緊張が再び美優を襲う。あぁ、私って悲しいほど一般ピープル。

シャルルは入ってすぐの壁際に控えると、兄王子が部屋の中央に進み膝をついたので、その少し後ろで同じように膝をついた。


「名は何という?」


全身に注がれる視線を感じる。

あぁ、やっぱ男装(この服)で来たのマズかったかも…。

針のむしろに座る気持ちのまま、たっぷりとした間の後でそう問われた。


「き、霧里美優、ミユウです」


「ミユウか。もっとこちらに参れ」


「は、はい」


 美優は言われたとおりに伏せ目がちで王に近づいた。二つの内一つの玉座は空席で、王妃の姿は見えない。

どれだけ近づいていいものか分からず、玉座から5mほどの場所でまた膝をついた。


(おもて)を上げよ」


「はい」


 美優が恐る恐る視線を上げると、厳格そうな表情をした王が鎮座していた。

美優が顔を上げても何も言わないので、しばらくの間美優と王は見つめ合った。

王は白髪交じりのこげ茶色の髪に碧色の瞳をし、豊かなひげを蓄えていた。兄王子と同じ瞳の色。若かりし頃はさぞかしモテていただろう、そんな美丈夫だ。沈黙に美優が耐えられなくなった頃、ようやく王が口を開いた。


「ミユウ。我が名はアルノルド。遠いところはるばるよく参った。不安なことも多いだろうがゆるりと過ごせ」


 王が微笑んだ途端に目尻が下がり、厳格さは消えてその場の雰囲気が和む。その表情がさらに兄王子にそっくりで、やはり親子だなと思った。


「陛下、大臣らが揃いました。青薔薇の館へ…」


「そうか。ではエドヴァルド、よきにはからうように」


「はい」


 王はエドヴァルド王子にそう命じると、表情を引き締め退室していった。

王が退室した途端、美優は緊張の糸が切れてへなへなとその場に崩れ落ちた。


「どうした」「大丈夫ですか、ミユウ様~」


 駆け寄ったエドヴァルド王子が美優を引っ張り上げる。


「や、緊張の糸が切れて…」


「…」


 兄王子が怪訝そうな顔で覗いて来る。俺には緊張しないのに、何故だ。そう言っているように見える。


「そうそう、青薔薇の館って何?」


「隣の執務用の館のことです~。社交用の館は赤薔薇、ここは白薔薇と呼ばれているんですよ~」


「へぇー」


 どれもこれも白い建物なのに、変なの。まぁ名前が無いと呼びにくいのも分かるけどね。


「どうやらお前、気に入られた様だぞ」


「え、そうなの?」


「ああ。父上は人の目を見て心を見る。邪心があると分るんだ。良かったな」


「さすが、私がお呼びしただけのことはありますね~!えへん!」


 いやいやいや。

お前、適当に魔法陣描いたら来ちゃった、テヘペロッって言ってたじゃん!

何自分の手柄みたいに言っちゃってんの?

あーダメだ。シャルルの言をいちいちツッコんでたら話が進まないよ。スルー。スルーすんのよ、美優!


 美優は張り飛ばしたい衝動を何とか押さえ、兄王子に向き直った。


「どこをどう気に入られたかは分んないけど、取りあえず滞在の許可が出て良かった。追い出されたら行くところ無いもの」


「そんなことは俺がさせない」


「え?」


 美優は兄王子の強い言葉に息を飲んだ。それって…。

危うく心音が跳ねそうになったが、次に発せられた言葉で美優は脱力することになった。


「シャルルの責任は俺が取る」


「あ、そゆ意味ね」


「あははー王子、かっこいい~」


だから、シャルル、ちょっと黙っといてくれないかな?


「シャルル。俺達も行くぞ」


「はい。ではミユウ様、また~」

 

 そう言うと、二人は足早に去って行った。


あ~疲れた。帰ってケーキでも食べよう。


美優は肩の荷が下りたとばかりに、大きく伸びをした。



*****


 王は青薔薇の館に移動しながら、側近を振り返った。


「先程の娘、次回の舞踏会に参加させるように」


「はっ。しかし陛下、次回の舞踏会といいますと、エドヴァルド様の…」


「分かっておる」


 王が相手の言葉にかぶせるように言うと、側近は何も言わず了承の意を込めて頭を下げた。


「さて、どうなることやら。思い通りになれば良いが…」



 王は口元に不敵な笑みを浮かべ、ローブを翻した。


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