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第7話 適材適所ってやつ

 翌朝朝食を取っていると、突然部屋に兄王子(エドヴァルド)が現れた。

先日着ていた煌びやかな衣装ではなく、シンプルな白シャツに黒のパンツ姿。容姿が整っているのでそれが彼の魅力を損なうことは無く、隠しきれない(とうと)さを醸し出している。


「まだ食事を取っているのか。食事が終わったら外へ出る。この服に着替えろ」


「出るって…どこに?」


「着いたら分かる」


 そう言うと王子は服をエヴァに渡し、私の返事を待たずにどかりと椅子に座った。


 なんかさ、私、イマイチこの兄王子が何考えてるか分かんないんだよね。

この兄王子は表情と言葉がだいぶ足りないと思うわけですよ。

エスパーじゃないんだから、ちゃんと言ってくれないと分かんないよね。

まぁ、その立場ゆえに周りの皆が察して動いてくれているのかもしれないけどさー。


 最後の一口を咀嚼しながら、私は窓の外を眺める王子の横顔をコッソリと観察していた。




「いや―!変な虫がいる―!!」


「虫がいるってことは野菜がウマいということだ」


 兄王子が着替えた私を連れてきたのは城の裏手にある畑だった。

さきほど美優にくれたのは、彼が身につけているのと同じような、白い厚手のシャツに黒いパンツ。違うのは、黒いベストが加わったくらいか。さっきまで身に着けていた服とは違って、綿と麻で出来た丈夫そうなものだった。

 

 それにしても城の裏に広がる畑は家庭菜園の域を超えている。

昨日この近くをシャルルと馬に乗って通ったはずだが、畑の横に植えられた植木で見えなかったようだ。普段畑の世話は園丁に任せているが、王子も手が空くと出来るだけこの畑を訪れ作物に手を掛けているらしい。「収穫を手伝え」という言葉と共にスコップや鎌などの道具を手渡されたが、見たことも無い虫との格闘に難儀した。

何しろ美優は都会っ子、公園の砂場や学校の花壇以外で土に触れたことはほとんどない。


 そういえばシャルルは何しているの、と聞くと、城の書庫を改めさせている、と短い返事が返って来た。他の魔導書がないか探させているらしい。

 シャルルは魔力が無いくせにそういうものに興味が尽きないらしく、色々な本や魔具を集めるのが趣味らしい。時間があくと街の怪しげな店でこれまた怪しげな呪具を買い漁るのだとか。


 …そんな変人にまんまと召喚された私って一体…。そうか、それでシャルルあんなに嬉しそうだったのかー(遠い目)。


「料理長からお前に苦情が来ている」


「あちゃー」


 昨日の今日で、もう兄王子にまでその話が伝わっているとは。ヨハンナさん、かなり怒ってたもんなぁ…。


「そんなに体力が有り余っているなら、ここで思う存分に使うがいい」


 王宮にある建物は表門から順に、社交用、執務用、王族居住用、というように分かれていて、美優が暮らしている部屋は一番奥の王族居住用の館だった。表側に出る事は不特定多数の人間に存在を知られてしまうために出来ないが、裏手はまぁ出ても差し支えないだろう、と判断したらしい。


館に閉じ込めて問題を起こすよりはマシだと思ったのかもしれない。失礼な。…間違ってないけど。


 ここで育てられている野菜や果物は、すべて変な色の物ばかりだった。しかし、何度か食事を採って味に違いが無い事を確認した美優には、すでに色に対する抵抗は薄れていた。…色で判別できない分、野菜の熟しているかどうかが全く分からないことには苦労したが。

美優は畑を見渡して、こう呟いた。


「働かざる者、食うべからず、か…」


「何だ、それは?」


「んー?私の国の(ことわざ)


「良い言葉だな」


 兄王子は首に掛けたタオルで額を拭ってから、再び口を開いた。


「この野菜はお前が食べている食事に入っていたものだ。比較的どんな土壌でも短期間で逞しく育つ。それでいて栄養価も高い」


 先程の口数の少なさが嘘のように兄王子は長々と話す。


この人、農業オタクなんだ…王子なのに…。


 こちらの困惑をよそに兄王子の講釈は続く。

兄王子にやり方を習いながら、なんとか籠山盛り5つ分の野菜を収穫することが出来た。

もちろん、城で食事を採る全員の分の野菜や果物がこの畑だけで賄えるわけではなく、採れるのは自分たちで食べる分くらいだそうだ。その他のものは契約している農家や出入りの商人たちから買い付けているらしい。


「いつもこうやって収穫してるの?」


「いや、いつもは園丁が収穫する。俺は執務があるからな。今日はちょうど時間が空いていた」


「ふーん。じゃあ、これは昼と夕飯の分か。ずいぶんたくさんあるね」


「何しろ、よく食べる奴が一人増えたんでな。食糧が追いつかない」


「…」


 うわ、ひどい、とは思うが、否定は出来ない。






「…悪かった」


「何が?」


「お前を間者だと疑ったことだ。俺はこの国を守る義務がある。だから少しでもそれを阻みそうな物があれば、排除しなければならない。…言い訳だが」


 そっか、王子は何も意地悪したくてあんなに冷たい態度を取ったわけじゃなかったんだ。

まだこんなに若いのに国を背負う責任がその両肩に圧し掛かっているんだ。良い暮らしが出来てたくさんの人に(かしず)かれて…って思ってたけど、王子ってのもなかなか大変なんだね。


「どうして、信じてくれたの?」


「間者が、出された食事を毒見もせずにあれだけ食べるはずがないからな」


「ぐっ」


 確かに!事実なので否定できないパート2!

あれ、何だかさっきから馬鹿にされてる?


「だが、お前が予言の巫女だと言うのは許容出来ない。それはすなわち、今後この国に何らかの災いがもたらされると言うことになる。・・・あってはならないことだ」


「…」


「だから、お前が元の世界に戻れるように全力を尽くす」


つまり、私がここに居るといらない災いが起こる可能性があるから、とっとと元の世界に戻して無かったことにしてしまおうってこと?

私が帰れば、全てが(ゼロ)になるの?卵が先か、鶏が先か、みたいな?

心配しなくても大丈夫なのに。私は巫女なんて大層なものじゃないんだからさ。





「悪ィ!遅くなっちまって!」


 言葉と共に現れたのは赤毛で瑪瑙(めのう)のような銀灰色の瞳をした体格のいい男だった。

腰まであろうかという長い髪をラフに一つに結えている。こちらも白いシャツに焦げ茶色のズボン、腰には大振りな剣を下げていて、兄王子やシャルルほどは美形ではないものの、精悍な顔つきは美男子で十二分に通る。よく言えばワイルド、悪く言えばガキ大将のやんちゃさを残した雰囲気だ。


「もう全部収穫しちまった?ついつい新人訓練に熱が入っちまってよ。あ、この子か、異世界から来たっていう巫女さんは。ん?巫女…だよな?面白い格好してるな!」


 美優を見つけた男は天真爛漫な笑顔を向けてきた。

すでに男に間違われることに慣れて来たので、美優はもう何も言わない。それにしても、会う人会う人が美形すぎる。まさかこの城の採用基準は顔なのだろうかと少し疑う。


「遅かったじゃないか、ルーク。もうあらかた終わってしまったぞ」


「悪ぃ、訓練が長引いちゃってよ。巫女さん、俺はルーク。この国の近衛騎士団の副団長だ。よろしくな!」


「私は霧里美優。ミユウって呼んで。よろしくね」


「ミユウな。了解、覚えた!」


 またもや全開の笑顔を見せるルークに、屈託のない人だな、と好感を持った。まるで大型犬みたいな人懐っこさ。一人っ子の私としては、ぜひおにーさんと呼ばせてもらいたい。

 近衛騎士団というのは、この国にある騎士団の中から選りすぐりの騎士を集めた集団のことなんだそうだ。つまり、トップレベルのエリート。とてもそうは見えないが、腰に下げた剣はかなり大きい。これを難なく振り回せるのであれば、そうとうな力と技が備わっているに違いない、ということだけは分かった。

 ルークと兄王子は幼なじみなんだそうだ。どうりで言葉遣いもくだけているはずだ。


「おい、レオナルド!いつまで隠れているんだ。早く出てこいよ!」


 ルークが畑の横にある大木に話しかけると、木の陰から弟王子(レオナルド)がバツが悪そうに出てきた。


「かっ、隠れていたわけではない!ソイツが不審な行動をしないか見張っていただけだ!」


「相変わらず素直じゃねぇなー。楽しそうだったから見に来たって言やぁいいのに」


「こっちにおいでよ。ここにある野菜、私が収穫したんだよ!」


 私を指さした弟王子に、私は籠を指さしながら話しかけた。今の気分は、仲間に入りたいのにそう言えない意地っ張りな弟を見守る姉のようだ。ルークはそんな弟王子を見てニヤニヤしている。


「種を播いたのも育てたのも俺と園丁だがな」


「もう、そこは今はどうでもいいの!」


「どうでもいいのか…」


 兄王子との掛け合いを見て、弟王子はまた眦をつり上げた。また兄上の側妃を狙っているのか、とでも言うような目で見ている。

そんな気は全然無いのになぁ。どうやったら信じてくれるんだろう?しょうがない、こちらから歩み寄ってみるか。


「ほら、見てみて!」


 もっとよく見てもらおうと籠を抱えて近づくと、弟王子は過剰に反応して、私の持っていた籠を手で払った。


「う、うるさい!そんな泥だらけの恰好で近寄るな!そもそも何だ、また男みたいな恰好をして!この…用無し!」


「またそれ?」


「まーまーまー。レオナルド、いくら何でも言いすぎ」


 またもや口論に発展しそうになるのを、ルークが止める。


「今日の分は収穫も終わったようだし、これ、厨房に持っていけばいいんだろ?俺、訓練で腹減ってるから早いとこ運ぼうぜ」


 ルークは大きな籠を右肩と左わきに一つずつ抱えると厨房に向かって歩き出した。


「レオナルド、お前も一つ持て」


「何で僕…何でもありません、兄上」


 弟王子は私にチラリと視線を送り、残った籠のうち重そうな方を選んで抱えあげた。どうやら軽い方を残してくれたようだ。兄弟揃って、根はそんなに悪くはないのかもしれない。

 

 和気あいあいと籠を運ぶ男達の後ろ姿を見て、美優はこの世界でなんとかやっていけるかも、と感じていた。

ここに来た時はどうなるかと思ったけど、悩むのは私の性に合わないし、どうせなら目一杯この生活を楽しもう。元の世界に帰る、その日まで。


 そう思ったら一気に気が楽になった。よーし、笑っちゃえ!


「おい、グズグズするな。さっさと運べ」


「何ニヤニヤ笑ってるんだ、この用無しめ」


 振り返りざまに兄王子の叱責と、弟王子の悪態が飛んでくる。


「はいはい。今行きますよーだ」


 …前言撤回。

やっぱりアイツら、傲慢で意地悪な最悪兄弟だわ。

到底仲良くなれそうにない!





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