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第6話 反省はするけど後悔はしません

 翌朝美優が目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。

いや、正確にいえば、天蓋付きベッドの中の天井部分、が目に入った。

一瞬ここがどこだか分からず軽く混乱するが、自分が身に付けているスケスケネグリジェを見てすべてを思い出した。


そうか。やっぱり夢じゃなかったかぁ。


 大きく伸びをした後で起き上がると、遠慮がちに寝室のドアがノックされる。

この国にはノックの文化があったらしい。その事実で、昨日のシャルルと弟王子(レオナルド)がいかに礼儀知らずかということが判明した。


「ミユウ様。もうお目覚めでしょうか?」


「うん、おはよう。…あ!ちょ、ちょっと待って!」


 美優は急いで窓際に駆け寄ると、干していた下着をむんずと掴んだ。よし、乾いている。日本より少し乾燥しているおかげかもしれない。それを急いで身に着けて上からネグリジェを着るとベッドに潜り込んで、いいよ、とエヴァに声を掛けた。


「おはようございます、ミユウ様。よく眠れましたか?」


「うん、もう夢も見ずにぐっすり」


「それは良かったですわ」


 元来小さい事は気にしない性格だ。場所が変わろうが枕が変わろうが、眠くなればどこでも寝られる。むしろ自分の家の物よりもふかふかのベッドでいつもより眠りが深かった気さえする。


「ごめん、エヴァ。ちょっと寒いんだけど、羽織る物あるかな?」


「あらあら、気付きませんで。今すぐ持って来ますわ」


 さすがにこんな恰好じゃベッドから出る勇気が無い。

すぐにエヴァがガウンを持って来てくれて、それを羽織るとようやくベッドから出た。

盥の水で顔を洗うと、その間に居間のテーブルには朝食が用意されていた。オムレツとサラダと焼きたてのロールパン。そして果物のデザート。相変わらずサラダと果物だけは不思議な色をしていたが、それさえ気にしなければ大変美味しくいただけた。


「食事が済みましたら仕立て屋を呼んで参りますわ」


「本当に必要ないのにな~」


「そんな事言わずに。採寸はすぐ済みますから」


「うーん、分かった」


 すぐ済むのならまぁいっか、と了承したのが運の尽き。

 4,5人の女性が部屋に入って来るやいなや、必死の抵抗も空しく、あっという間に身ぐるみを剥がされ、ありとあらゆる所を採寸された。


 下着越しだとはいえ、何だか大事なものを奪われた気がするのは気のせい…?


 ようやく採寸が終わると、美優はすぐに男物の洋服を着込んだ。

 その後、椅子に座らせられると、様々な色や生地の布のサンプルを首元に宛がわれ、好きな色やデザインについて質問攻めにあう。

 そして仕立て屋のデザイナーさん達とエヴァは、美優そっちのけであーでもないこーでもないと白熱した討論を繰り広げ、結局それは太陽が真上に上がるまで続けられた。その頃には精神的にもうクタクタだった。


だ、騙された…。確かに採寸は早く終わったけど…!


 特にお針子さんたちは美優の身に付けた下着に尋常じゃない興味を持ち、食い入るように見つめて来た。

 話を聞くと、昨日もんぺだと思っていた絹のパンツ、あれが女性用の下着なんだそうだ。確かにドレスの下ならあれでも問題無いだろうが、男装をしている美優には適さないシロモノだ。

どうにか同じような物を作れないかと相談したところ、すぐに取りかかります、との返事が返って来た。

 良かった、今日は何とかなったものの、毎日洗って着るのもいつか限界がくる。洗い替え用にあと数着は欲しい。あと、スケスケじゃないパジャマ!これも重要だ。誰にも見られないと分かっていてもかなり恥ずかしい。少なくともあとひと月はここに居るとなると、一刻も早く欲しい。それはもう、切実に。


 美優がこういう夜着が欲しいと下手くそな絵を描いて説明すると、これも快く了承してくれた。きっとミユウ様のお気に召す物をお持ちします、という言葉と共に帰って行ったデザイナーさんとお針子さんたち。

彼女らの挑戦を受けて立つかのような熱意溢れる目が気になるが、まぁ、気にしないでおこう。





「つ…疲れたあぁ~~…」


 美優がテーブルに突っ伏すと、いい香りのするカップが顔の横に置かれる。


「ご苦労様ですわ、ミユウ様」


「ありがとー、エヴァ」


 エヴァの策略を責める気にもならず、美優はありがたくカップを手に取る。

彼女の瞳と同じ琥珀色の液体は、かすかにレモンの香りがするフレーバーティーだった。すぐ飲めるように少し温めの温度にしてくれている。それを一気に飲むと疲労が少し回復した気がした。


「お昼の食事はどうされます?」


「うーん、あんま食欲湧かないなぁ」


「じゃあ、焼き菓子なんてどうです?焼きたてですわ」


「焼き立て?ちょっと食べてみたいかも!」


 すぐお持ちしますわ、と言ってエヴァが持って来てくれたのは、ケーキやドーナツなど、数種類のスイーツだった。言葉通り焼きたての良い香りが漂ってくる。


 うわ、いい匂~い!何か段々食欲湧いてきた!やっぱ疲れた時には甘いものだよねっ!


 そして我に返った時には、お皿の上に乗っていた焼き菓子はすべて美優の胃の中に納まっていた。

しまった食べ過ぎた、と思ってももう遅い。朝ご飯もしっかり食べた上にこれでは、かなりのカロリーオーバーだ。かくなる上は運動して食べた分を消費するしかない。


「ごちそーさま!美味しかった。ちょっと腹ごなしに走って来ようかな」


「走る?どこをですか?」


「え?外を、適当に」


「…申し訳ございません。エドヴァルド王子殿下より、この館の外に出すなと申し付けられていまして…」


「えー!何で?」


 どんだけ意地悪なんだ、あの兄王子は!


「この館の者と仕立て屋以外にはミユウ様の存在が知らされてないのですわ。王城には様々な者が出入りしますので…」


 腹を立てかけた美優だったが、エヴァの言葉に含まれた意味に気付いてその気持ちがしぼんでいく。確かに、自分の情報が広まればその分危険が増すだろう。安全のためにその可能性は出来るだけ排除しておきたい。そう考えての配慮だろう。…面倒事を増やしたくないだけかもしれないが。


「じゃあ、この部屋の掃除でもしよっかな」


「それはすでに済んでおります」


「えー」

 

 それではどうやって時間を潰せばいいのか分からない。まさか長いからと言って廊下を全力疾走するのは、いくら美優でも躊躇われる。

すると、美優の中に一つのアイディアが閃いた。


「ねぇ、この館の中なら、いいんだよね!?」


「え、えぇ…」


「よし、じゃあ見学ツアーに出発進行~!」


「ミユウ様!お待ちください、私も行きますわ!」


 美優はエヴァを引きつれて館内を探検することにした。上の階は王族や来賓用の部屋なので探検出来ないと必死で引きとめられ、仕方なく下の階に向かうことにする。


「そういえば、私、王様に挨拶しなくていいのかな?」


「陛下はお忙しい方ですから…。今後お召があると思いますわ」


「そっかー。あの兄弟王子のお父さんなんだよね。性格悪そー」


「ミユウ様、言葉を控えて…」


 エヴァは困った顔で美優の言葉を窘める。しかし、口の端が微かに笑みの形になっている。どうやら、エヴァも兄弟王子の性格に少々難があることは否定出来ないらしい。


(ん?何かいい匂いが…)


「ミユウ様?」


 どこからだろう?美優は目を閉じて鼻に全神経を集中させる。途端に世界が暗くなり、静寂が訪れた。たなびくようにわずかに香る、匂いのもとを手繰るように辿る。


―――見えた!

その瞬間、美優は目をカッと見開いた。


「こっち!」


「ミ、ミユウ様、どこに行かれるんですか?」


 後ろの方でエヴァの声が聞こえた気がしたが、美優は振り返らずに駆け出した。階段を2階分降りて、地下に行く。もちろん階段は2段飛ばしだ。徐々に濃くなる香り。すると、ガヤガヤとした人の気配がする場所に出た。何かを切る包丁の音や炒めている鍋の音。

部屋を覗くと、そこは思った通り、台所(キッチン)だった。


 壁に大小さまざまな鍋や調理器具が掛かっており、テーブルには山盛りの食材が並んでいる。広々とした空間にはたくさんの人がせかせかと動き回っているのが目に入る。


「何やってんだい、それはキャベツじゃなくてレタスじゃないか!私はキャベツを切れと言ったはずだよ。どこに目ェ付けてるんだい!」


 こっそりと覗くと年配の女性の怒声が聞こえて来て、その声の大きさに驚いて首を竦めた。そして、自分に言われたのではないことが分かると、また亀のようにじわじわと首を伸ばして室内を覗きこんだ。恰幅の良い中年の女性が若い女性を叱り飛ばしているのが見えた。

 

 王城なのに、結構激しい人もいるんだなぁ。皆上品な人ばかりかと思ったけど。


 よく説教の内容を聞いてみると、言っている内容は間違ってはいない。しかし、かなり気性が荒いようで、言い方がキツすぎるのだ。


「全くもう、頼むから余計な仕事を増やさないでおくれよ。ただでさえ猫の手でも借りたいくらいに忙しいってぇのに!」


その言葉を聞いて、美優はピンッとあるアイディアが浮かんだ。小学生が授業参観で親に良いところを見せようとするように、耳の真横でまっすぐに手を上げて、台所へと飛び込んだ。


「はいはいはーい!私、手伝いまーす!」







 さきほど怒っていた女性はヨハンナといって、ここの料理長だった。自国ばかりではなく他国へも料理修業に赴き、多種多様な料理の知識と芸術的な盛り付けの腕が見込まれて、ここで働き初めて久しいらしい。しかし、その職人気質のせいで職場では他人にも厳しく接するため若い子がすぐに辞めてしまう、というのは一緒に蛍光黄色じゃがいもの皮むきをしてくれているエヴァの談だ。


「若い子ってそんな、お年寄りみたいに。…そういえば、エヴァっていくつなの?」


「まぁ。うふふふふ」


 美優の問いに、エヴァは答えになっていない頬笑みを返してきた。


 恐いっ!笑顔なのに、空気が重いのは何故っ!?

エヴァ、同い年くらいだと思っていたけど、もしかしてすんごい年上なのかも…?

恐い。怖くて聞けない!


 美優は、エヴァに年齢の話題はタブー、と心に刻んだ。





「何やってんだい!それじゃ身が無くなっちまうじゃないか!」


「ご…ごめんなさい」


 容赦ないヨハンナの怒号が飛んでくる。ナイフの扱いが難しく、美優の剥いたジャガイモは元のサイズの半分以下になってしまっている。

手伝わせてほしい、と申し出ると、お客様にはそんな事させられません、と先程と同じ人物とは思えない丁寧な口調で断られたが、そこを何とかと粘るとヨハンナはしぶしぶ了承してくれた。

 しかし、ジャガイモの皮むきを始めた途端、元の口調が荒いヨハンナに戻ってしまった。料理の事になると性格が豹変するんです、というのはさきほどヨハンナに怒られていた若い女性の談。


 こりゃ、つまみ食いとかする雰囲気じゃないなー。


「あぁ、もう皮むきはいいよ。これを混ぜて小麦粉を加えたらそこの型に流し込んでオーブンに入れとくれ。混ぜるくらいは出来るだろう?」


「はいっ!」


 美優はじゃがいもをエヴァに任せると、ヨハンナが指さしたボウルの中身を泡だて器でかき混ぜ始めた。ボウルには卵とバターが入っている。デザート用のスポンジのようだ。

 それを混ぜた後、小麦粉を零さないように注意して加え、再び混ぜ始める。が、上手く混ざらずに美優は力任せにぐるぐるとかき混ぜた。


「いつまでも混ぜてたら固くなっちまうよ。さっさとオーブンに入れな!」


「はいっ!」


 まだ混ざりきって無い気もするけど、まぁ、ちょっとくらいなら大丈夫だよね!

美優は生地を型に流し込むと、すでに熱くなっているオーブンの中に入れた。真ん中に置くように場所を調節していると「ふぁ…ぶしゅんっ!」とくしゃみが出て、混ざりきって無い小麦粉がオーブンの中で舞った。


 やば。唾入ったかな?


 美優は証拠隠滅とばかりにオーブンの蓋を慌てて閉めた。


「ヨハンナさん、入れました!」


「そうかい、じゃあ次は…」


 ヨハンナが次の指示を美優に与えようとした、その時。



『バーンッッ!!』



 オーブンが火を噴いた。


「あ、あれ…?」


 美優は汗をかきつつ周りを見渡す。

皆は俺達は知らないぞ、という必殺・他人の振り。

エヴァは、これはかばいきれませんわ、というお手上げのポーズ。


 そして皆の視線がヨハンナに集まる。ヨハンナはその巨体をぶるぶると震わせ、出口を指さして叫んだ。


「出ていっとくれ!それが一番の手伝いだよ!」




 ……ですよねー。






オーブンが発火したのは粉塵爆発というやつです。火花がなければ滅多に爆発はしませんが、美優のズボラさ、不器用さが伝わるかな、と。

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