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第30話 聖女が天に捧げる祈り

「ユフィティーナ!」


「あぁ、お兄様!」


 美優の後から追いかけてきたジェラルドの姿を見て、ユフィは涙を浮かべた。

ジェラルドが腕を広げるとその胸の中に一目散に飛びこむ。

うわー、麗しい美形兄妹の抱擁だわ…。


「怪我は大丈夫ですか?」


「ああ、大したことないよ」


互いの無事を確かめあって微笑む二人は、かなり絵になる。ちょっとした目の保養だ。


 っていうか、私を呼んだ云々の話はどこに行ったんですかね?

おーい。

…ダメだ、二人とも自分達の世界に入り込んでいる。しょうがないか、約10年振りの邂逅だもんね。


 フェイゼンも遠くで兄妹を見守っている。本当に味方…なのかな。あ、全くと言っていいほど無い表情だけど、口の端っこがほんの僅かに上がってる?もしかして満足げな表情ってやつ?


「またそんなはしたない恰好をして」


 追いついてきたエドヴァルドが眉を顰めて上着を脱ぎ、掛けてくれる。肩がむき出しでやや寒かったので、かなり助かった。

全く、この王子は口うるさいんだか優しいんだか。お前はお父さんか!?


「遅くなって済まない。…辛かっただろう」


 自分を責めるような口調でエドヴァルドの視線が美優の首のあたりを彷徨う。その視線を追いかけて自分の胸元を見た美優は、そこに紅い印が色濃く残っているのを見て、慌てた。


 いけない、すっかり忘れてるけど、エド達は私が乱暴されたと思ってるんだった!

これでも一応乙女の端くれ、そんな汚名は早々に払拭しなければ!!


「あ、えーと、これは違くて…」


 美優が事情を説明しようとすると、


「ダルシウス達、いつ目覚めるか分かんねぇから、一応ふん(じば)って来たぞ」


 ルークまで降りて来て、エドヴァルドの上着を羽織った美優を見ていたずらっ子のような表情を浮かべた。


「もしかして、邪魔したか?」


「えっ?」「何を言っている、ルーク」


 二人同時に反論すると、息ぴったりだなー、と益々笑みを深められた。そしてさらに追撃する。


「エドヴァルド、美優が攫われたって聞いた瞬間、すごい勢いで城を飛び出したんだぜ?」


「ルーク!」


 エドヴァルドがルークの言葉を急いで遮る。あれ、エドの顔が少し赤い?


「そうなんだ…エド、ありがとう」


 私は感謝の気持ちをたっぷりと込めて深々と頭を下げた。

いつも責任感たっぷりのエドのことだ、自分が城を離れることは無責任なんじゃないかとか、それでも私を助けなければとか、責任と義務の板挟みになっただろうことは容易に想像できる。


「ルークもありがとね」


「いいっていいって、礼なんか!」


 ルークが鼻の下を擦る。エドはせっかくお礼を言ったのにそっぽを向いている。



「エドヴァルド王子~!」


 その時、階下が騒がしくなり、兵を引きつれたシャルルがやって来た。


「遅いぞ、シャルル。もうすべて終わっている」


「えぇ!本当ですか?せっかく(わたくし)が救世主として颯爽と登場しようと思ったのに~」


「それが、俺達も活躍出来なかったんだよなぁ。敵も雑魚ばっかでよ。思わず構えがなってねぇ!って訓練してやろうかと思ったぐれーだ」


「敵を強くしてどうすんの」


 余計な事しちゃダメじゃん! と突っ込む。

ダルシウス達が弱々で助かったというのに。

こいつら、集まるといつもこんな感じだな。もう慣れたけど。


「それで、ダルシウスは?」


「上の階で泡吹きながら転がってるよ」


 ルークが人差し指で階上を指し示すと、シャルルの指示で兵たちが階段を昇っていく。重そうな鎧だなぁ。御苦労さまです。


 すると、美優はその中の一人と目が合ったような気がして首を傾げた。

 あれ、今見た事ある人が居たような…。どこで見たんだっけ? 前に城ですれ違ったことでもあるのかな?ま、いっか。



「フェイゼン。やはり漆黒の魔導士(メタス)はあなただったのですね」


「ご存じでしたか」


「薄々気付いていました。姿かたちが変わっても、心は変わりませんから」


 さっき私がメタスの悪口を言っていた時、ユフィは何かを言いかけていた。

もしかして、メタスは悪者じゃないって言いたかった?でもでも、そのメタスは私をダルシウスの前に突き出したんだけどね?反撃のチャンスを貰ったと言えば聞こえはいいけど、危うく殺されかけたよ?


 白い布を手首に巻きつけて縛られたままだってダルシウスに誤解させたってとこだけはほんのちょっぴり感謝するけど、それだけでは許さんよ?

そこんとこどうなの、メタスさん。あ、目を逸らしやがった。こいつ、皇子皇女以外はどうでもいいと思ってるな、きっと。




「ミユウさん」


 と、ここでようやくユフィが話しかけて来た。良かった、思い出してくれたみたい。


「ユフィ。あ、ユフィティーナ様?」


 うっかりユフィと呼んでいたけど、元皇女だから愛称で呼ぶのは失礼かな。


「ユフィでいいです」


「あ、ほんと?」


 良かった、この世界の人の名前ってば長・・・(以下略)


「ところでさっき言ってたのってどういう意味?ユフィが私をこの世界に呼んだ…って言ったよね?」


「「「「何!?」」」」


 エドヴァルド、ルーク、ジェラルド、シャルルの声が見事に揃った。ってゆーかお前ら聞いて無かったんかい!結構な大声だったぞ?


「ミユウ様は私が召喚したんですよ~? (いにしえ)の魔法陣を使って」


 シャルルが自分の手柄を横取りするなとでも言うかのようにドヤ顔を披露する。

いやいや、何自慢げなのよ?あんた。


「それは約1カ月程前のことではありませんか?そして場所はここ、ですよね?」


「何故それを?」


「やっぱり…」


 ユフィは哀しげな会得顔で頷いた。


「私に魔術では無い力が備わっているのはご存じですか?」


 その言葉に全員が頷く。さっきフェイゼンが言っていたし、私はユフィから癒しの力があることを直接聞いていた。


「正確にいえば、私の能力は〝癒し〟ではなく、〝祈り〟の力なのです。その力を用いて誰かの本来の力を引き出す〝手助け〟をすることが出来ます」


 ユフィが怪我を治したいと祈れば、患者の回復力を向上させて傷が治る。また、助けたいと祈れば溺れている子供の泳ぎが上手になり子供が助かる。

ユフィは自分はただ手助けをするだけだと謙遜するけど、そんなことない。

まさに奇跡の〝聖女〟だ。私みたいな〝なんちゃって巫女姫〟とはエライ差だね。


「この塔に閉じ込められて何年もの月日が経ちました。兄を盾にされてダルシウスのいいなりに…。毎日が後悔の連続でした。そしていつの日か、私はダルシウスの、引いてはこの世界の不幸を祈りそうになり、私は自分が怖くなりました」


 胸の前で手を組み、ユフィは沈痛な面持ちで懺悔を捧げる。


「だから私は祈ってしまいました。誰か私を助けて、と」


 美優は、はっとしてユフィに尋ねた。


「もしかして、ユフィが祈る時って歌を歌う?」


「はい」


「…私、その歌を聞いた!そしたら、この世界に来てた」


 高校の入学式の日、美優は女性の讃美歌のような歌を聞いた。その声の主を求めて校内を探し回るうちに、穴に落ち、いつの間にかこの世界に訪れていた。そして、シャルルと一緒に塔を出た時も何か聞こえた気がしたんだ。

 あの哀しそうな歌は、ユフィが歌ってたんだね。自分の境遇への憂いと負の感情に負けそうになる気持ちを必死で押し留めながら。


「すると、ユフィ様が祈ることによって、私が描いた魔法陣に力を与え、ミユウ様をこの世界に召喚出来た、とそういう事ですか~」


 シャルルは心持ち落胆したような様子だ。自分の手柄を横取りされた気分なのだろう。




 その時、ゴゴーッという凄まじい音がしたと思うと、すぐにグラグラと建物が揺れた。風が起きたのか壁に掛かっていた蝋燭の火が一瞬で消えた。突如訪れた暗闇に、対応しきれず目が(くら)む。


「な、何!?」


「雷がここに落ちたようです!早く塔から非難して下さい!」


 驚きで周囲を見回すと、兵の一人が叫んだ。「塔の上部が崩れました!」との報告も遠くから聞こえてくる。


「俺達も早く非難しようぜ!」


「ダメです!ミユウさん!」


 ルークの誘導で階下へ下ろうとした美優を、ユフィが必死な声で引きとめる。


「このままだと、ミユウさんが元の世界に戻れなくなってしまいます!」


「えぇ!?」


「元の世界に帰るには、来た時と同じ魔法陣でなくては、帰れません!」


 そう言えばシャルルがそんなことを言っていた様な、いない様な。

ユフィは涙を浮かべながら私に謝り続けている。ジェラルドがそっとユフィの方を抱いた。


「本当にごめんなさい。何度謝っても謝りきれません。私が祈ってしまったばっかりに…。必ずミユウさんを元の世界に帰して差し上げます…!」



元の世界に、戻れる?

もう二度と会えないと思っていた家族や友達の顔が浮かぶ。また、皆に会えるの?


「でも…」


 私は皆の真剣な顔を順に見つめた。そしてこの世界に来てからの事を思い出していた。

 シャルルに冗談で召喚されたこと。間者だと勘違いされてエドヴァルドに殺されかけた事。畑の世話をしたり、ルークと剣の特訓をした事。皆で町の市に出掛けたこと。ここには居ないけれど、素直じゃないレオナルドの事も。仲良くなったエヴァやヨハンナ達。たくさんの思い出がまるで宝石の様に頭を過る。


 ―――元の世界に戻れないと言われて、この世界で生きていくと、決めた矢先だった。


「この機会を逃すともう元の世界には戻れないかもしれません」


「…!」


「これ以上ここに居ると、ミユウさんの魂がこちらの世界に固定されてしまいます。そうなってからでは、同じ条件を満たしていても、元の世界には戻れないかもしれません」


「そんな…」


 茫然自失になった美優にエドヴァルドが歩み寄り、その両肩を掴んで顔を覗きこんだ。


「お前はどうしたい?」


 エドヴァルドが静かに尋ねる。お前の生き方は、お前が決めろ。

私?私が決めていいの…?

なら。それなら。


「私…帰りたい。元の世界に、帰りたい…!」


 ポツリと本音が口を出る。その言葉で、郷愁の念が呼び起こされる。

もう一度皆に会えるなんて思いもしなかった。もう二度と会えないと思ってた。

帰りたい、元の世界に…!



 その瞬間、エドヴァルドが美優の腕を強く引いた。何かを振り切るように、強く。



「行くぞ!早くしないと魔法陣が建物ごと崩れる!」


「うん…!」


「急げ!」


 私たちは屋上へ向かって走り出した。




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