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第3話 刃物を人に向けてはいけません

「とりあえず、ここで話していても埒が明かないので、一旦城に戻りましょうか~」


「……城?」


 銀髪残念男(シャルル)の聞き捨てならないキーワードに、私の耳が素早く反応する。そういえば、空から見た街の端の方に、やたらとデカい建物があった気がする。あれが、城?


「はい。ダンフィオール城にご案内いたします。私は城で王子の側近、つまり秘書兼執事兼、相談役の任務を授かっています~」


「!!」


 今、オウジって言いました?言いましたよね?

まさか、オウジって王様の子供と書いてオウジと読む、あの王子ですかね!?

メルヘン!なんてメルヘンなの!王子って金髪碧眼でカボチャパンツと白タイツのアレですよね?もう、ここまで驚きの連続だと、今後何を言われても驚かないよ?


「シャルル、そんないいポジションなんだ」


「えへ~」


 照れるな照れるな。

この男、口さえ開かなければ美形なのに…もったいなさすぎる。


「じゃあ、さっそく城に向かいましょう。もうすぐ日が暮れますよ~」


 私がこっちの世界に来たのは早朝だったけど、こちらの世界ではもう夕方のようで、空が徐々にオレンジ色に変わろうとしている。これが時差ってやつ?異世界と日本で時差があるのかどうかも分かんないけど。


「……私はここに残る」


 今ここを離れるわけにはいかない。もしかしたら、また何かの拍子で元の世界に帰れるかもしれないのに。逆に、今この場所を離れると戻れない気がしてならない。


「夜は気温が下がるので、ここで一晩過ごすのは自殺行為ですよ。それに、夜になるとこの辺は獣が出ますよ~」


「……」


「ミユウ様がどうしてもとおっしゃるなら元の世界に帰れる方法を探しますから、今日のところは城に滞在してください」


「……分かった」


 美優はしぶしぶ頷き、二人で塔の内部にある螺旋階段のような階段をぐるぐると下りた。

この塔は神聖な場所とされていて、王様が王位継承の儀を執り行う前日や、戦いに赴く前にここで心身ともに清らかにする場所らしい。最も、戦争をやっていたのはもう大分昔の話で、今はとても平和な国なのだとか。


 ……そんな神聖な場所に勝手に入っていいの?シャルル…もう敢えて何も聞かないけど。


 塔内部の壁は外のものよりもさらに明るい蜂蜜色で、シャルルの説明によると近郊の採掘場で採れる石灰岩らしい。ここダンフィオール国の城下町でも旧市街にはこの石灰岩を使った家が数多くあるそうだ。




 塔の入口から外へ出ると、近くの木に毛並みの良い白馬が繋がれている。

超絶美形男に白馬!似合いすぎて怖い。(黙っていれば!)



「ねぇ、シャルル。私を呼んだ時、歌とか歌った?」


「いえ? 何も」


 では、あの讃美歌のような歌はなんだったのだろうか。

あの声は確かに、女性の声だった。若く、細い、まるで泣いているような、何かを希う声。

シャルルの声は男性にしては柔らかくて高いけれど、間違えようがない。

その時、誰かに呼ばれたような気がして、美優は塔を振りかえった。

だが、そこには人気(ひとけ)のなくなった塔の姿があるばかりだった。

……気のせいかな?



「ミユウ様? 行きますよ~」


「あぁ……うん」


 先に馬上の人となったシャルルに呼ばれ、美優は彼の手を借りて何とか馬に乗っかった。

初めて間近で見る馬はすんごい迫力だった。一目で鍛えられている良い馬だということが分かる。

スカートなので横座りになるとバランスを取るのが難しくて、不本意ながらもシャルルに凭れかかる格好になってしまった。


「しっかり掴まっていてくださいね」


 そう言うや否や、物凄いスピードで馬が走りだす。


「うわ、速い……!」


「話すと舌を噛みますよ~」


 あまりの速さに、美優はただただシャルルの胸にしがみつくしかなかった。








「見てください、ミユウ様」


 森を抜けると、シャルルは馬の手綱を引いてスピードを緩めた。

振り落とされないように必死で目を瞑っていた美優は、恐る恐る目を開いて、シャルルの指し示す方向を見遣る。


「うわ……ぁ」


 そこは小高い丘になっていた。そこから俯瞰すると、さきほど空の上から見た街が見渡せる。近くで見ると思ったよりも大きな都市だった。そしてその中でもひと際目立つ、おそらくあれが城だろうと思われる壮大な建築物。

 城と言うと大阪城やシンデレラ城をイメージするけれど、この国のお城はどちらかというと豪華絢爛なお屋敷に近かった。瓦葺の天守閣も無ければ、乱立する鋭角な三角の屋根もない。

 白い長方形の建物がどーんとでっかく3つ並び、それぞれが繋がって横長ではあるが、漢字の「田」の文字のようになっている。

城の周りは高い塀に囲まれ、更にその周りには水堀が張り巡らされている。


「もともとここは軍事要塞として使われていたんですが、戦争が終結して以来、改築を繰り返して王宮として利用されています。ですが今でも国民から城と呼ばれていまして、その美しさから白薔薇城という別名もあります~」


 まだ頭のどこかで信じられなかった、ここが異世界だという事実がようやく頭に浸透する。

だってこんな場所、きっと日本の、ううん、地球のどこにも無い。ここは…私の居た世界じゃないんだ。

 夕日に染まる街並みを眺めていると、胸の奥がきゅっと鳴った。

それが何なのかは……分からなかったけれど。





 騒ぎにならないようにと、街に入って城の裏手の方に周ると城門には跳ね橋が下りていた。両側には甲冑を身に付けた直立不動の門番の姿。

 シャルルは何も言わずに門を通り過ぎると美優を馬から下ろし、自らも華麗に飛び降りた後で、その馬を厩舎に連れて行くように侍従に命じている。

未だに信じられないが、シャルルがこの国で地位を確立しているのは間違いないようだ。

 私の背の何倍もあるような馬鹿でかい門が開かれると、そこは吹き抜けのホールになっていた。外観と同じく温かみのある白を基調にした内装。壁には高価そうな額縁に入った絵画がいくつも飾られ、天井には色鮮やかな天使画がある。絨毯敷きの階段を上って長い廊下をひたすら歩くと、シャルルは衛兵の立つドアの前で足を止め、ノックもしないでドアを開けた。




「王子~。エドヴァルド王子~!」


「シャルル、どこに行っていたんだ。仕事が山積みだぞ」


 広々とした部屋の正面には大きな机がどどんと置かれ、そこには頭も上げずに書類に没頭している男が一人。

周りには書類や書籍を運ぶ数人の補佐らしき者たちの姿があり、男の指示で部屋の中を行ったり来たりしている。壁一面の棚には分厚い本やファイルがたくさん詰め込まれており、執務室兼図書館といった雰囲気だ。シャルルの言葉の通りなら、この男が王子らしい。


「王子。こちら、異世界から来たミユウ様です。そしてミユウ様。こちら、ダンフィオール国の第一王子、エドヴァルド様です~」


「異世界……?」


 シャルルの予想外の言葉に驚いたのか、座っている男がようやく頭を上げた。

そしてその顔を見た瞬間、美優は驚きで目を大きく見開いた。


 まるで陽の光を集めたかのような金茶の髪、ほどよく陽に焼けた健康的な肌、翡翠(ヒスイ)色の瞳はまるで光の射す森林のようだ。

その顔はまるで精巧に作られた人形のように整い、凛々しい眉とくっきりした目元には意志の強さと他を寄せ付けない威厳のようなものが伺える。

シャルルが月だとすればまさに太陽を彷彿とさせる男だった。

今はその眉間に深くしわが寄り、訝しげな表情を浮かべている。



 その深緑の相貌が私を冷たく一瞥し、その視線はすぐにシャルルの方へと移される。

シャルルが補佐達に合図をして部屋を下がらせた。


「今何と言った、シャルル」


 王子はようやく立ち上がると、こちらを警戒しながらシャルルに対峙する。

少々年上に見えるその男の衣装は、白い襟高の腰の下までの上着(ジャケット)と同じ色の細身のズボンと黒いブーツ。あまり華美なものを好まないのか、その服装は装飾が少なくシンプルとも言えたが、それゆえ誤魔化しが効かず、生地が極上の物だというのが見て取れる。


 あ…カボチャパンツじゃないんだ…何かガッカリ。


「ですからぁ、こちらのミユウ様は異世界から来たんですってば~」


 そう言ってシャルルは所在無げに立っていた美優をずずいっと前に押し出した。


「何だ、その者は。……男か?」


「殴る。あいつ、殴る」


 無表情で拳を握りしめた美優を、その拳の味を身を持って味わったシャルルが必死で止める。

一言言わせてもらえば、別に私は暴力を振るうのを良しとしているわけじゃない。

ただ、この世界で出会った男二人が失礼すぎるのだ。

確かに幼いころから男に間違われてきたけど、スカート穿いているだろうが!


「王子、そんな失礼なことを言ってはいけません。確かにミユウ様は胸も色気も無くて男みたいですけど、これでも立派な女性ですよ!」


「お前が一番失礼なんじゃぁ!」


 標的を変えた渾身の一撃をすんでのところでかわされて美優はたたらを踏んだ。

こいつ、学習しやがったな。生意気な。


「シャルルに何をする。無礼者め」


 空振りした腕の手首を、王子が掴む。

王子は殺気に満ちたまなざしでこちらを睨み、怒気をはらんだ口調で責める。掴んだ手にぎりりと力を込められ、あまりの痛さに顔が歪んだ。


「痛っ……!」


 何なの、こいつ、偉そうに。あ、王子だから偉いのか?

でも、いたいけな(ここ重要)女子にこの所業は許せない。

 私は相手に一歩踏み込んで肘を緩めさせ、手首を捻って拘束を解いた。誰にでもできる簡単な護身術だ。理由(わけ)あって、私は色んな武術を本格的ではないが習ったことがある。


「お前……」


 それが気に入らなかったのか、相手はより一層声を鋭くし、すぐさま腰に手をやる。

斜めにかけられたベルトには瞳の色と同じく翡翠の石がはめ込まれた剣の鞘が見えた。

やばい、こいつ武器持ってる!銃刀法違反!おまわりさーんっ!


「えっ、ちょっと、何それ、もしかして真剣!?」


 あんなのに触れたら一瞬でお陀仏だ。王子は目にも止まらぬスピードで剣を鞘から抜くと切りかかって来た。咄嗟に右へ跳びずさって剣から逃れる。しかし、避けた所にまた剣の切っ先が現れ、横から凪ぎ払われそうになる。しゃがみ込んだ美優は条件反射で男に足払いをかける。

 成功するかに見えた矢先、するりと相手がそれを躱し、気付くと喉元に剣をあてがわれていた。背中にたらりと汗が流れる。

 王子はしばらく美優の真意を探るように凝視すると、無言のままで剣を鞘に収めた。


し、死ぬかと思った……!


「お前、武術をかじっているな。やはりただの女ではない。しかし、実戦経験は皆無のようだ。そんな者が間者になれるのか?」


「間者?これはただの護身術!」


「大方、他の国から我が国の内情を探りに来たんだろう」


「違うって。さっきシャルルが言ったでしょ、魔法陣で呼んだって」


変態男(シャルル)といい、傲慢王子(エドヴァルド)といい、この世界には話が通じる人は居ないのか!


「では、お前が異世界から来たということを証明できるものはあるんだろうな?」


「証明するって言っても、何も持ってきてないし……あっ携帯! 携帯電話なら!」


 美優が異世界から来たことに対してまだ半信半疑だった王子だったが、制服のポケットに入っていた携帯電話を見せるとさんざんいじくり回し、一つ一つの機能の説明をしつこいほど何度も求め、自国には無い高度な技術を目の当たりにし、やっと信じるようになった。

特に写真や電卓機能には甚く感心したようだ。


「信じられん……こんな高度な技術があるとは……。シャルル、これは忌々(ゆゆ)しき事態だぞ。この高度な技術を持ってこの者の国が我が国に攻め込んできたら、一溜まりもあるまい…」


「ようやく納得しましたか~王子」


「確かに、この者が異なる世界から来たということは認めるしかないだろう。髪と瞳の色も珍しい」


良かった、何とか分かってくれたみたい。

これでもう剣を向けられることもないだろうと、私は胸を撫で下ろした。

それにしても、こちらでは黒髪黒目はよほど珍しいようだ。


「……シャルル。その魔導書を見せてみろ」


「あ、はいはい。どうぞ~」


 二人の戦いを部屋の隅で見ていたシャルルが、慌てて王子の差し出した手の上に古びた魔導書を乗せると、王子はしばらく無言で頁に目を走らせた。シャルルが見落としている、新たな手がかりが無いか美優は期待の目で見つめる。


「……シャルル」


「はい~?」


「ここに、予言の巫女、と書いてあるように見えるが・・・」


「はい。書いてますね~」


「まさか、この者が予言の巫女ということか?」


「あはは~。そういうことになりますね~」


「そんな……まさか」


「待って、話が見えないんだけど」


 

 信じられないものを見るような目で見てくる王子の視線が気になって、美優は話に割って入った。シャルルが王子に代わって答える。


「この国には昔からの言い伝えがあるんです。この世に災厄がはびこる時、異なる世界より巫女が現れてこの世に幸いをもたらす……とね~」



 いやいやいや。私そんな大層なものじゃないですから。

帰る方法が分かり次第、即刻帰らせてもらいます!






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