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第29話 それぞれが歩んできた道

 そう言って臣下の態度を取った漆黒の魔導士(メタス)を見て、美優は目を丸くした。

メタスに、ではなく、メタスが頭を下げた先に佇む人物を見て。


 ――え、ジェラルド?エドの方じゃなくて!?


 ジェラルドも訳が分からない、という困惑の表情を浮かべている。


「ようやく全てをお話しできる。―――ジェラルド様」


 ジェラルド!この人、今ジェラルドって言った!

何でジェラルドの本名(・・)知ってるの?

 まぁ私も知ってるからメタスが知ってる可能性も捨てきれないけど、ジェラルドは何故それを、とでも言うような顔をして絶句しているところを見ると彼にも寝耳に水の出来事なんだろう。

 ルークはジェラルドって何?って不思議そうに首を傾げているし、エドヴァルドも・・・あ、エドヴァルドは眉を寄せて何かを深く考えている様子。何かを必死で思い出そうとしているような。


「ジェラール…ジェラルド…ユフィ……」


 兄妹の名を何度か呟き、そして何かに思い当たったようにはっとして顔を上げた。


「まさか、ジェラルド・ルイニヴィア・ウェルフォルドか!?」


「ウェルフォルド?」


 以前聞いた名前はジェラルド・ルイニヴィアまでだったはずだ、意識が遠のきながらのことだったからちょっと自信が無いけど、多分。新たに足された部分に美優が反応すると、エドヴァルドはまだ信じられない、という驚きを顔に浮かべたまま頷いた。ジェラルドはまるで痛みを堪えるかのように唇を噛み俯いている。それは肯定を意味していた。


「…ウェルフォルド帝国。広い領地に多くの小国と民族を従え、大陸一と謳われた国家だった」


「だった?」


「―――10年ほど前に滅亡するまでは」


「滅亡!?」


 穏やかじゃない単語に、思わず大声が出る。


「皇帝以下一族郎党全てが暗殺され、ウェルフォルド帝国そのものが瓦解したのだ」


 暗殺って…マジ?しかも王家全員?それって…戦争じゃん!


「戦争はもうずっとしてないって言ってたよね?」


 美優が責めるように尋ねると、エドヴァルドがまるで自分が暗殺したかのような悲痛な顔をした。


「戦争とは武力を行使する外交のこと。ウェルフォルド帝国で起こったものは…内乱だ」


「内乱…」


「本当にお前はウェルフォルド帝国の皇子なのか?ジェラール…いや、ジェラルド」


 そう問い掛けながらも、エドヴァルドは確信に満ちた目をしていた。そうか、だから発音が、と呻く。


「お前、いや、貴殿の語った身の上話はすべて作り物だったのか?」


 ジェラルドはエドヴァルドの問いに答えず、メタスを睨みつけた。


「…何故、お前がそれを知っている?」


 口調が変わる。昨夜美優の首を締めた時と同じように。それは威圧感のある声。


「私をお忘れですか」


「お前など、知らない」


「そうですか」


 メタスは残念そうに言うと何事かを小声で呟き、漆黒のローブのフードを取り払った。


「…っ! お前は…! 白の魔導士フェイゼン…!」


 その瞬間、ジェラルドが驚きの声を上げる。それもそのはず、褐色の肌を持つはずのメタスの姿が一瞬で白人の壮年の男に変化していた。白の髪に焦茶の瞳。漆黒の魔導士という名とは真逆の容姿に、美優達全員が度肝を抜かれた。


「思い出していただけましたか」


 体つきもひ弱そうなものから戦士のようながっちりしたものになり、声まで変わっている。ジェラルドは観念したように溜息をつき、エドヴァルドに向き直ると先ほどの質問に答えた。


「お前でいいよ。最早僕は皇子でも何でもない、ただの男だ。あの話は嘘じゃない。小母と言ったのが乳母だっただけで、後は全て帝国を亡命してから僕達兄妹に起きた真実ばかりだよ。そして…フェイゼンは乳母アデラの夫だった」



 メタス、いや、フェイゼンはしばらく目を固く閉じ、そして再び開いた。

フェイゼンは言葉少なに語り始めた。それはウェルフォルドという栄華を極めた大国の、終わりの物語。





 ウェルフォルドはダンフィオール国とテルヴォール山脈を隔てた西の国のそのまた向こうに位置する、自然豊かな国だった。その昔、多くの小国と民族が争いを繰り返していたのを一つの国にまとめたのがウェルフォルド帝国の始まりだと言われている。

 初代皇帝には魔術ではない不思議な力があった。それは魔力や呪文など魔導士が必要とする物を一切用いず、その絶大な力ゆえに“奇跡”と呼ばれ、ルトラス神の生まれ変わりだと民に信じ奉られていたそうだ。以来、その力は脈々と子孫に受け継がれ、ウェルフォルド帝国はその権威を欲しいままにし、成長を続けた。しかし。


 先の魔女狩りで住処を追われた魔力を持つ者達が、保護を求めてウェルフォルド帝国へ流れてきた。そして魔力を持つ者が持たない者を虐げる風潮が流れる。持てる者と持たざる者。当然、うまく行くはずが無かった。相容れぬ両者の争いは多くの時を経て次第に激しさを増していく。

 力を持つが故に国を得た皇帝らは、力を持つが故に畏怖の対象に変わって行った。


 そして、―――反乱が起きた。

王族の暗殺、そして王座奪還。秘密裏に実行されたそれは多くの犠牲の上に成立した。



 フェイゼンとその妻アデラには二人の子供が居た。男の子と女の子が一人ずつ、長男の方がジェラルドと同時期に生まれたために乳母として雇われ、乳母の役目を終えてからも教育係として城に残り、身分の差を越えて両兄妹はとても仲が良かった。

 

 フェイゼンは反乱が起きた日、異端魔導士の討伐から帰って来たばかりだったらしい。一つ手前の街で反乱の事を聞き、魔導士だという事が露見すれば命は無いと考え、先程までと同じように〝変化〟の術を使って別人になりすまし城へと赴いた。鼻に付く血と数々の亡骸に気が遠くなりそうになるのを何とか押さえ、フェイゼンは妻と子供の元へと急いだ。そして、フェイゼンが見たものは、皇子のベッドの中で息絶えた自分の子供達の変わり果てた姿だった。


 子供達はフェイゼンの給金では到底手の届かない豪奢な服を着ており、上質な寝具の上から剣で串刺しになっていた。


 ――何故。何故私の子供達がこんな場所で殺されなければならない?


 目の前が真っ暗になりながらもフェイゼンは妻の姿を探した。妻は魔力を持たない。よって必ず生きているはずだ。しかし、妻はおろか皇子と皇女の姿も見当たらなかった。子供達の亡骸の前に舞い戻り、フェイゼンは声を出さずに泣いた。

 そして見つけた。子供達の小さい拳の内側に、何か小さい物が握られているのを。それは妻が子供達の末長い幸せを祈って手作りしたお守りだった。


 そこでようやく気付いたのだ。自分の子供達は皇子達の身代わりになったのだ、と。


 瞳の色は違うものの、髪の色は妻譲りの金色をしていた子供達。幼さを理由に公の場にあまり姿を現さなかった皇子達が別人とすり替えられているのに気付ける者はよほどの近親者でないと難しかっただろう。事実、その亡骸は皇子と皇女として葬られた。


 フェイゼンは国を出た。愛する妻と、妻がそれほどまでにして守り抜いた皇子達を探して。

幾日も歩き続け、寂れた町や村を探し歩いて。

そしてようやく山の奥で自分の妻を発見した。―――妻の亡骸を。

 フェイゼンはまたも間に合わなかったのだ。

もう、涙は出なかった。大量の血で張りついた髪を丁寧に(くしけず)り、こめかみに最後のキスを送る。


 フェイゼンは妻の亡骸を見晴らしの良い丘に埋葬した。そして街に下って、ダルシウスに保護された皇子と皇女にようやく辿り着いたのだった。





 そのあまりに壮大な悲劇に、美優は言葉も挟めず、ただ聞く事しか出来なかった。


「…僕を恨んで?」


 殺しに来たのか。全てを話し終わったフェイゼンにジェラルドはそう問うた。


「いえ。妻の代わりに、皇子と皇女を守るために」


「…僕はもう、皇子じゃない」


「問題ありません。私は、妻の意思を引き継ぐまで」


 フェイゼンはさらに頭を深く下げ、臣下の礼をとった。


「では何故、ダルシウス側に付いた?」


「囚われの皇女を守るために」


「そうか。……まだ完全に信用は出来ないけど、妹を守ってくれたことには礼を言うよ。…ありがとう」


「もったいないお言葉」


 長い沈黙の後で、ジェラルドが言った。

 すぐに相手の言葉全てを信用できるほど、ジェラルドの生きてきた道は平坦ではなかった。だが、フェイゼンの言葉に確かな忠誠の響きがあったことも事実だった。


 ジェラルドが、亡国の皇子だったなんて…。信じられない。


「ちょっと待って、ジェラルドがウェルフォルド帝国の皇子なら、ユフィは…」


「そうです。ユフィ様の本当の名はユフィティーナ・ルイニヴィア・ウェルフォルド。ウェルフォルド帝国の第一にして唯一の皇女です」


 ユフィが亡国の皇女…。次々と明らかになる事実に、頭がついていかないよ。


「そうだ、早くユフィを助けに行かなきゃ!きっと心細くて不安になってる!」


 こんな大事な話だもん、ユフィも一緒に聞かなきゃ!


 気絶したままのダルシウスから鍵束を奪うと、美優はユフィの閉じ込められている部屋へと急いだ。

何度か鍵を選び間違え、ようやくガチャリと鍵が回る。


「ユフィ、助けに来たよ!」


「ミユウさん!」


 扉を開くと、目の前に質素なドレスを身に纏う小柄な少女が立っていた。

今は亡きウェルフォルド帝国皇女、ユフィティーナ・ルイニヴィア・ウェルフォルドーーーユフィは兄そっくりな金の髪と蒼い瞳を持つ、美少女だった。真珠のような肌に、薔薇色の頬、腰まである柔らかそうな巻き毛。

兄よりもその体を形作る物全ての色素の薄く儚く脆い印象だ。

 その春の朝空のような水色の瞳が、美優を目にして大きく見開かれた。


「その髪と瞳の色…!もしかして、ミユウさんは異世界から…?」


「あ、うん。そうなんだよね。でも、私は何の能力も持ってないし、予言の巫女なんて大層なもんでもないからね!」


 黒髪黒目に驚かれるのにはもう慣れた。

何か言われる前にとヘラヘラ笑いながら釘を刺すと、ユフィはそんな、と嘆きの声を上げた。その悲痛な叫びに美優の方が驚く。


「どうしたの?」


「あぁ、何と言う事でしょう。ごめんなさい、ミユウさん」


「ユフィ?」


 戸惑い恐れおおのくユフィの肩に美優が手を添えると、ユフィが美優に縋りついた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。私のせいです!」


「落ち着いて、ユフィ。何が自分のせいなの?」


 宥めようとした美優を涙を浮かべた瞳で見つめ、ユフィは叫んだ。



「ミユウさんをこの世界に呼んだのは、私なのです!」





補足:名前の最後に「ド」が付くのは近隣諸国で共通の習わしで、王家の直系男子に名付けられます。そのためエドヴァルドはジェラルドという名から皇子ということを導き出します。(これがジェラルド偽名の真相)


ルイニヴィアはruin(滅亡)、メタスmagus(魔法使い)、フェイゼンfair+brazen(肌が白い、白を切る)の造語です。他の人の由来は・・・忘れました。名前考えるの面d、いや、難しいです。

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