第25話 囚われの聖女
「急ぐぞ!」
ジェラールの話を聞き終えると、エドヴァルドは馬に走るスピードを上げさせた。愛馬の息が更に荒々しくなるのが分かる。
「ちょっと冷静になれよ、エドヴァルド」
ルークが必死で追いつき横並びになると、エドヴァルドを窘めた。
「お前、ちょっと走り過ぎ」
「…美優は異世界からの客人だ。何かあっては申し訳が立たない」
誰に。
自分で言って自分に問いただす。
冷静さを欠いている事は気付いていた。
美優が攫われたとエヴァが部屋に飛び込んできた時、頭が真っ白になった。気が付いたら後を頼むとレオナルドに向かって叫び、返事も聞かずに城を飛び出していた。
それから今まで、馬で国中を駆け回っている。とうに陽は昇り切り、城では騒ぎが起きているだろう。一刻も早く帰らねばならないというのに。
あの胸元に残る生々しい痕跡が目に入った時、体中の血液が逆流するかと思った。
あの場にいた手下共の誰かが?
それともダルシウスがあれを?娘と同じ年頃の女に手を出すとは…。それも、頬を殴って無理矢理。
早く助け出さないと、更に状況は悪くなるだろう。
最悪の結果を予想しそうになり、エドヴァルドは軽く頭を振った。
「シャルル!」
「はい~?」
「お前は城へ戻れ。戻って兵を集めろ」
そして、傷の手当てを。
それだけでシャルルは全てを理解し、馬のスピードを緩めることなく道を逸れた。シャルルが城の方向へ向かうのを素早く確認し、ルークへと向き直る。
「…すまない」
「気にすんな。絶対に助けようぜ」
「ああ」
ようやく冷静になったエドヴァルドが深く頷くと、一行は目的地に向かってさらに速度を上げた。
*****
「なっ…!」
さっきまで、ダルシウスの薄暗いお屋敷に居たはずなのに、ここ、どこよ?
美優は目を限界まで大きく見開き、口を閉めることも忘れて辺りを見回した。
魔法陣から放たれる青白い光が徐々に薄れ、ようやく目が慣れる。
そこはレンガのような石で出来た円形の部屋だった。机も何も無く、広い空間の中央に魔法陣だけが在る。・・・いや、壁際に等間隔に4つ、淡い光を放つ透明な球体が台座の上に鎮座している。
アレ、何だろう。っていうか、この黄色い壁何か見覚えがあるような無いような。
「ここ、どこ?」
答えが与えられる事は無いと分かっていながら、思わず疑問が口を衝いて出た。
「…レネーアの森、祈りの塔」
左上から降って来た低い声に、はっとして見上げると、漆黒のローブを羽織った男が美優を見降ろしていた。目はフードの陰に隠れて見えないが、隙間から覗く肌は褐色だった。
祈りの塔? 何かどっかで聞いたことあるな。それにこの蜂蜜色の壁…。
「あぁっ!」
美優は声を上げた。両手が自由に動けばポンっと手を叩いていたに違いない。
レネーアの森の祈りの塔。
美優がこの世界に召喚された場所だ。どうりで見覚えがあるなと思ったんだよね。…忘れてたわけじゃないよ?と誰にともなく言い訳をしてみる。
「漆黒の魔導士、余計な口を聞くな」
ダルシウスが一喝すると、メタスという名らしい魔導士が口を噤む。
「それにしても、親子揃って忌々しい…!」
親子とは、宰相とルークのことだろうか。それとも、国王とエドヴァルドか。
もうこれ以上殴られては適わないと、美優は罵詈雑言を浴びせたい衝動を必死で押さえた。すでに殴られている頬は熱を持ち、腫れて来ている。きっとみっともない痣になるだろう。
「その女を部屋に閉じ込めておけ」
ダルシウスは吐き捨てるように言うと、二人を部屋から追い払った。螺旋階段を昇りながら、
「お願い、ここから逃がしてくれないかな。あなただって、ダルシウスが悪い事してるのは分かってるんでしょう?」
と必死に説得を試みたが、メタスはむっつりと黙り込んだまま視線すら動かさず美優を連行する。
階段の途中にはいくつかのドアがあり、その全てが固く閉ざされていた。どのくらい昇っただろう、メタスがぴたりと足を止めたのは、二つ扉がが並んでいるうちの右側だった。
腰に下げた鍵束から一つを選ぶと扉を開け、中に入る様に促す。
「あなたは何でダルシウスの命令に従ってるの?契約?それとも、報酬?お金なら、ダルシウスよりも払うから!あ、私はお金持ってないけど、エドが持ってる!」
必殺、他人の金をアテにしちゃうんです、の技!
だけど、メタスは表情を変えずに扉を開けたままで立ち続け、説得を諦めた美優はすごすごと部屋の中に入る。
部屋に入ると扉が閉められ鍵のかかる音がした。部屋の中はベッドと椅子があるだけ、扉には見張り用の覗き穴と食事の差し入れ口だろうか、足元に四角い隙間があるだけだった。
「くそー、せめてこの縄解いて行けよ!」
苛立ちが募った美優は木で出来た質素な椅子を思いっきり蹴り上げた。
「痛ーいっっ!」
裸足で蹴り上げたために、美優の足に激痛が走る。そういえば靴はどこに落としたんだろう。
「――誰?誰かそこに居るの?」
突然、椅子をぶつけた壁の方から微かに人の声が聞こえてきた。
細くて高い、鈴を転がすような少女の声。
「居ます、居まーす!」
思いっきり手を上げて存在を証明する。
隣の部屋に誰か居る?もしかして助けてくれたりしちゃう?
それとも、私と同じようにダルシウスに閉じ込められてるのかな?
美優は壁に走り寄った。よく見ると壁面の上から下に掛けて亀裂が走っている。少女の声はそこから漏れ聞こえて来ているようだった。
「私は美優。あなたは?」
少女は少し震えた声でこう答えた。
「私は…ユフィ、と申します」
*
「ミユウさんはどうしてこんな所に?」
外は強い雨が降っている。灯りの無い部屋の中は薄暗く、ドアの隙間から洩れてくる灯りだけが頼りだ。壁のひびからは小さくしか声が聞こえないので、美優は壁にピッタリとくっつきながらユフィと話していた。
「あーそれは話が長くなるんだけど…」
うーん、どこからどこまで話せば良いものか。取りあえず、異世界から召喚された~云々は説明しづらいから省くとして。
「えっとぉ、私、お城で働いてたんだけど、ある日何でか分かんないけど突然ジェラル…ジェラールっていう無駄に顔のキレーな男に攫われちゃってー」
一応、他の人にはジェラールって名乗っているようなのでそっちの名を口にする。
我ながら馬鹿っぽくも苦しい身の上話だなと思いながら説明していると、
「ミユウさん、兄を知っているんですか!?」
と驚きを隠せない声が壁の向こうから響いてきた。
「え、ユフィってジェラールの妹なの!?」
美優も驚いた。まさか壁の向こうに居るのがジェラルドの妹だったとは。ということは小屋でジェラルドが美優に見せたあの映像の金髪碧眼美少女はユフィだったのか。あの少女は4、5歳くらいだったから、ユフィは今14、5歳くらい?
驚きを隠せないものの、事情の説明を優先させる。
「そしたらダルシウスの所に連れて来られちゃってさ。そんでエド…この国の第一王子が助けに来てくれたんだけど、メタスっていうフードを被った怪しげな魔導士にここに連れて来られちゃったってワケ」
美優のかなり細部を省略した説明に、ユフィは戸惑いながらも何とか理解した。
第一王子が助けに来るなんて、ミユウさんすごい、と見当はずれな称賛を送って来る。
「ユフィは?どうしてここに?」
その言葉に、ユフィも途切れ途切れに事情を説明し始めた。
「えー!じゃあ、ユフィは10年近くここに居るってこと!?」
「はい。外に出る事もありますが、それも年に数回あるかどうか…」
「マジか!なんつー極悪人なんだ、あのおっさん!」
話を聞くと、ユフィには人の怪我や痛みを和らげる能力があって(すごいな)、それに目を付けたダルシウスに捕えられて、兄の身を盾にして良いように使われているらしい。
(ジェラルドも魔力があるんだもん、妹のユフィにもあって不思議じゃないよね)
そして兄は逆に妹の身の安全を図るためにダルシウスに仕えているのだとか。
なんつー期待を裏切らない下衆っぷりなんだ、ダルシウスめ!
ズリズリズリ。
「? 何の音ですか?」
「あー。気にしないでー。ちょっと縄を擦ってるだけだから」
先程蹴飛ばした椅子をひっくり返し、その脚の部分で手首の縄を擦っているのだ。摩擦熱で少々熱いが、背に腹はかえられない。むしろダルシウスへの怒りで最速で縄が切れそうだ。
ドレス姿で床に座り込み、椅子を両足で囲って固定する姿はちょっと人様には見せられない行儀の悪さだけれども。
「ダルシウスはこれからどうするつもりなのかなー」
「そうですね…。目論見がはずれてしまった今、国外に逃亡するか…全員始末するかではないかと…」
ひいぃぃいっ。
この子かわいい顔して(見てないけど小さい頃の映像は激マブだった。何て言ったってあのジェラルドの妹だし!)怖い事言うなぁ…!
ダルシウスは今後どうするか手下達と会議でも開いてんのかな?
もう諦めなよー、これ以上無理だってー。国家権力に刃向うなんて無謀すぎるよー。
「んじゃあ、私たちは…」
「人質として一緒に国外へ連れて行かれるか…」
始末されるかってことか。ユフィが濁した先を脳内で補填する。
…どっちも嫌じゃー!!




