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第21話 反逆者、謀ル

後半エドヴァルド視点になります。

 シャルルの馬に乗せてもらった時とは大違いだわ…。


 美優は激しく揺さぶられながら、そんな風に思った。

何しろ猿轡された上に目隠しまでされている。視界を奪われた分、三半規管が異常をきたし、思わず吐瀉(ゲロ)ってしまいそうだ。

こいつにぶっかけてやろうかな…と自分をまるで荷物のように扱う黒ずくめの男の気配を伺う。

敵はおそらく3人。ジェラルド程ではないが、それぞれが中々の遣い手だと感じる。

これからどこへ連れて行かれるんだろう。


 もう、勘弁してよ。異世界に呼ばれただけでも大事(おおごと)なのに、そのうえ誘拐なんてさ。

この男は〝我が主がお前を呼んでいる〟というような意味のことを言っていた。ということはこれから行くのはこいつらのボスってことだよね。

 品性には問題がありそうだけど、こいつら統制の取れた動きをしているし、その辺のゴロツキじゃないみたい。もしかしたらボスって結構な権力者?


 そいつも碌なもんじゃ無い。人を使って誘拐・監禁・強姦させようってんだから。

どんなヤツなんだろう、もしかしたら、舞踏会に居た人だろうか?

 実は、美優に群がって来た者は全体の半数くらいで、残りの者は遠巻きにこっちを見ていた。その輪の中に入りたそうな顔をして。あるいは、表情を険しくしたままで。その時出会った人の顔をじっくりと思い浮かべる。

 そして・・・最後に宰相の顔が浮かんだ。

あのルークそっくりの顔で、人を見下したかのような冷たい目をしていた。

でも、何であの人が。訳は? 理由は? …分からない。巫女姫=不吉、というデマを妄信してるのかな。そんな力無いって言ってるのに。



 考えても埒が明かず、美優はジェラルドに思いを馳せた。

ジェラルド…ジェラールって呼ばれてた。どっちが本当の名前なんだろう。怪我大丈夫かな…。


 不思議な事に、首まで締められたというのに、ジェラルドを責める気持ちがあまり沸いてこない。

彼の言葉と手は、いつも優しかったから。まるで…彼が見せた幻の中の妹に触れるみたいだった。

 結局何もされなかったわけだし。それに…もしかしたらジェラルドは、最初から何もするつもりが無かったんじゃないのかな、と思う。本当に最後までする気があるんなら、あの金の目で動けなくした方が早いもんね。


 そういえば、あの目と幻は何だったんだろう。もしかして、あれが〝魔法〟ってやつ?魔女狩りで衰退しまくって天然記念物並みの貴重な存在って言われる魔導士がこんな身近にいるものなのかな?




 どのくらい走っただろうか、いきなり走るスピードが緩められ、ついに止まった。降りろという言葉も無しに引きずり降ろされ、米俵のように肩に抱え上げられる。キィ、という音はお屋敷の門を開く音だろうか、その後いくつものドアを通り抜け、ようやく辿りついたのか、床に転がされる。


「いたたっ!もうちょっと丁寧に扱ってよね!」


 美優は悪態をついた。まったく、何度尻もちつかせれば気が済むんだ、この世界は!


「元気な娘だな」


 急に第三者の声が聞こえて来て、びくりと体が跳ねる。

どうやら、ボスのお出ましらしい。黒ずくめの男達が離れた位置に控えたのが気配で分かる。

宰相の声に…似てる気がする。


「ようこそ、巫女姫様」


 明らかに侮蔑の含まれた声と共に、目隠しが外された。





「あなたが…!?」


 目隠しをむしり取るように外され、周囲の明るさに目を眇める。目の前には、玉座のように立派な椅子に座る一人の男の姿。宰相ではない。それは思ってもみなかった人物だった。


「ごきげんよう、巫女姫様?」


「エルセン公爵…」


 白髪交じりの栗色の髪と赤い瞳と貫禄のあるでっぷりとした体つき。

ダルシウス・エルセン公爵といったか、アメリア・エルセン公爵令嬢の父親だった。

あの時感じた、娘思いの優しい父親の片鱗は微塵も残っていなかった。


「初めに一つ確認したい。巫女姫様は、もうすでに巫女姫の資格(・・)を失われておられるのですかな?」


 ジェラールが言っていた通りのことを聞かれる。誰かに何かを問われたら、『私はもう巫女では無くなった』と言え、と。ここでいいえと答えたら何をされるか分からない、という不安が勝った。言葉の意味は分からないままで頷く。


「さすがジェラール、仕事が早い」


 ダルシウスは満足げに頷く。その言葉で、ジェラルドの行動がこの男の指示だと確信した。


「…どういうこと?」


「おやおや、巫女姫様は何もご存じで無い?それでは僭越ながら教えて差し上げましょう。我がダンフィオール国の正妃になるには、家柄や品性の他に大事な条件があるのです。それが何か分かりますかな?」


「…」


 口調は丁寧だが明らかに何も知らぬ小娘よと侮っているのが態度で分かる。こちらが答えを導き出せないのを見てとり、ダルシウスはニタリと笑った。


「生娘であること、これが最優先事項です。だから私はあの者にあなた様を破瓜するように命じたのです」


 正妃になるのを妨害するために、ジェラルドに私を襲わせたって言ってるの?

目の前に佇む男の言う事が理解出来ない。


「私は正妃になんてならない。なるつもりもない!」


「あなた様はそのおつもりでも、周りはそう思っていません。舞踏会であなた様はエドヴァルド様のエスコートを受け、レオナルド様とダンスを踊られた。それは両殿下の妃候補として陛下に許されたいうことを意味します」


「そんな…。じゃあ、あなたは邪魔な私を排除しようと?もしかして、それで自分の娘を正妃にするために?」


「左様です」


「…アメリアは、アメリアはこの事を知っているの?」


「まさか。娘はドレスや宝石など美しい物が大好きな、ただのかわいい女です」


 この言葉にも蔑みの色が含まれていた。舞踏会で見せた激愛の顔は偽りの顔だったのだ。この男は娘の事なんてただの出世の道具としか見ていないのか。

 自分の父親を信頼の眼差しで見つめていたアメリアを想って、爪が食い込むほどに拳を握りしめた。


「でもここで全てバラしてしまったら意味無いよね?私が陛下に言ったら、あなたは有罪になるのに」


「ご安心を、あなた様には消えていただきます(・・・・・・・・・)


 ダルシウスの言葉に、美優は愕然とした。自分を殺すと明確に宣言したのだ。


「勿論、最初は私もあの者にあなた様を襲わせるだけでいいと思っていたんですよ?だが、あなたは殿下達の心を奪ってしまわれた。許しがたい事です」


 ダルシウスの言葉遣いは丁寧だが、その内容が物騒極まりない。

そんなことしてない。そう告げてもダルシウスは美優の意見を聞き入れなかった。


「皆、あなたがその珍しさから盗賊にでも攫われたんだと諦めてくれるでしょう。あぁ、あなたが失踪(・・)した後の事はどうぞご安心を。傷心の殿下達を我が娘が慰めて差し上げる、という寸法です」


「…そんなくだらない理由で、あなたは他人を(あや)めるの?」


「もちろん、人を殺める事は私の本意ではない。だが、あなたは異世界人です。異世界人など、我々と同じ人間ではないですからな」


「―――っ!」


 自分の体がぶるりと震えた。ダルシウスに怯えたのではなく、他人を同じ人間ではない、と言い切れるこの男の思考が恐ろしかった。


「鬼!悪魔!このひとでなし!そんなの、神様が許すわけない!」


「うるさい!お前ごときが神を語るな。この国に災いをもたらす悪魔めが!」


 鈍い音がして強い衝撃が美優を襲う。切れた唇から血の味がして、自分が殴られた事を知る。次第に襲ってくる痛みに目頭が熱くなるのを、必死で押さえつけた。

ペッ、と血液交じりの唾を床に吐き捨て、美優はダルシウスを睨みつける。


 目で人が射殺せたらいいのに、そう思った。それくらい、この男を嫌悪した。




*****




 まさか、という思いと、やはり、という思い。

ジェラールと名乗った美麗な警備兵の誘導に従って辿りついた場所。

朝だと言うのに暗雲が立ち込め、さながら幽霊屋敷のようなおどろおどろしい雰囲気のある、くすんだ様子の屋敷。


―――ダルシウス・エルセン公爵の別邸だった。


 エルセン公爵家は代々大臣職を拝命している由緒のある家柄。だが、現当主のダルシウスは政治にあまり向いておらず、筆頭大臣の座を奪われた。今では家名に縋って大臣職の末席にお情けで籍を置いている身だ。

 ダルシウスは自分の力不足を棚に上げ、自分をその地位に追いやった宰相や他の大臣ら、ひいては国王陛下にまで恨みを抱いているようだった。

己の地位を危ぶんだダルシウスは、何とか自分の娘を立后させようと必死になった。

賄賂もどきの贈り物の数々を寄こし、事あるごとに娘と引き合せようとしていた。エドヴァルドが少しも取り合わないのを見て、最近はレオナルドに擦り寄っているようだった。



「本当にここにミユウが居るんだろうな?」


「間違い無いよ」


 ルークの訝しげな問いかけに、ジェラールは何の気負いもなく答えた。


「ただし、僕が手伝えるのは、ここまで」


「…お前はどうして、加担している?」


 そして、どうしてあの男を裏切ってこちらに情報を流すのか。エドヴァルドはジェラールの表情の変化を一片たりとも見逃さないように凝視して問う。


「こちらにも事情があってね。ただ一つ言えることは僕にも守りたいものがあるということ。君たちと同じようにね・・・これ以上は言えない」


「…分かった、信じよう」


 その表情に嘘が一つも含まれていないのを確かめ、エドヴァルドは頷いた。ジェラールは何か言いたげな表情を浮かべ、すぐさまそれを隠し、一陣の風を起こして姿を消した。目にも止まらぬ動きだった。あの者の正体は一体何だ。いや、今は美優の救出が先だ。


「シャルル」


「はい。方法は2つあります。まずは正面突破。または、背面突破」


 名前を呼ぶとすぐに道を示す。普段の不真面目な態度とは真逆の、有能な側近の顔がそこにはあった。


「どう違うってェんだよ?」


「名乗り出て突破するか、名乗り出らずに突破するか、です」


「どっちにしろ強行突破ってことか。面白れぇ。――だってよ。エドヴァルド、どうする?」


 エドヴァルドはシャルルの提案を頭の中で素早く検討する。

名乗り出れば、こんな不自然な訪問だとしても、ダルシウスは自分たちをもてなさなければならない。そしてのらりくらりとした対応で時間を稼ぐだろう。その間に焦ったあの男の指示で美優に危害が及ぶ可能性が高まる。


 エドヴァルドは迷わず後者を選択する。残る二人も考えは同じだった。

そして全員が緊張感を身に纏いながらも、自らの気配を完全に消し去った。



「―――行くぞ」





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