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第2話 そんなこんなで異世界トリップ

待って。落ちつけ、自分。とりあえず何があったかを思い出してみよう。



 そう、今日は今年の春から入学することになった鈴蘭学園高等部の入学式、のはずだった。

例年よりも大分早く開花した満開の桜の木々を眺めながら悠々と登校した、のだが。

 普段から間の抜けていることは自認しているけれど、まさか時間を1時間も間違えるなんて。どうりでお母さんが、張り切ってるわね、なんて言うわけだよ……。


 1時間早く起きた私は、それに気付かずにそのまま学園へ登校し、辺りに誰も居ないのを見て、やっと自分が時間を間違えていた事に気付いた。

 一度家に戻るのは面倒だし、このまま学園内を偵察しちゃえ。これから毎日のように通う場所だもんね―――そんな冒険心を出して、コッソリと瀟洒な佇まいの校舎内を偵察(ウロウロ)していたら、上の階から、かすかに歌声のような声が聞こえて来たんだ。


誰が歌ってるんだろう……。先生、かな?


 その声に惹かれるように、私は階段を昇ってその正体を探し始めた。そしたら、その歌声は最上階の一番奥の音楽室から聞こえて来ているのが分かった。徐々にはっきりと聞こえてくるその歌は、讃美歌のような、美しい女性のソプラノ。明るい曲調のメロディーなのに、どこか悲しげにも聞こえる。


 邪魔をしないように、音楽室の扉のガラスをそうっと覗きこんだ。だけど、くもりガラスのせいか、室内の様子はよく見えない。

 もっと近づいてみよう、そう思ってさらに一歩踏み込んだ時だった。木で出来た床がぎし、と音を立て、そして歌声が止んだ。


やばい、気付かれちゃった。怒られるかも!?


「ご、ごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃなかったんです! 私、新入生で―――え?」


 何か起きた時は取りあえず謝る―――そんな骨の髄まで染みついた日本人気質で、すぐさま謝罪しながら意を決して音楽室の扉を横に開けた、ら…。


「誰もいない……?」


 そこには、誰の姿も見えなかった。まるで誰も居なかったかのような空気の冷えた教室。黒板とピアノとたくさんの机。そして壁にはバッハやモーツァルトなど有名な音楽家達の肖像画が額縁に入れられて飾られている。


 どこへ行ったんだろう?


 そう思いながら室内に一歩足を踏み入れた途端、さっきまであったはずの床が消えた。


「どぅおわわあぁぁあぁぁぁっっ!」


 いつの間にか私は落ちていた。

そりゃあもう見事に、真っ逆さまに。

いや、落ちたというのは正確じゃない。正しくは、落下した、だ。それも、ものすごく速いスピードで。トレードマークの短い髪が風にびゅうびゅうと煽られる。


何でっ? 私はただ、音楽室のドアを開けただけなのにっ!

 そしてそのまま私の体は落下し始めた。

真っ暗闇で、両腕で必死にもがいても何も掴める物の感触は無い。もうすでに音楽室のある四階から一階までの分はゆうに落下しただろうと思ってもまだ地には着かない。最も、このスピートで地に落ちたら自分の命もそこで終わりだろうけど。


 これが自分から飛び降りたんなら、「行っけえぇぇぇぇー!」なんて叫びながら物語の主人公気取っちゃう場面だけど、訳も分からず落とされた私としては、到底そういう気分にはなれない。

無機質な空間は風の影響もあってか、すこし肌寒い。


ちょっと、どこまで落ちるのこれ! って、え? 眩しい……!


 突然、前方に目を突き刺すような光が現れ、それを遮ろうと咄嗟に腕で顔を隠す。

だけど何の(すべ)も持たない私は、その光の中へと飛び込むしかなかった。


 やばい、これ絶対死ぬパターンだよね―――!?おとーさんおかーさん、先立つ不孝をお許しください!こんなことなら、今日の夜に食べようと取って置いた限定アイス、さっさと食べておけばよかったなぁ……!


 そんな事を後悔しながら、光の中へと吸い込まれる瞬間、目を閉じた。





「……?」


 ところが、覚悟していた衝撃はいつまで経っても訪れず、いつの間にか眩しいほどの光も消えていて、落下も止まっているようだった。

 恐る恐る腕を緩めて薄目を開けて周囲を確認しようとした、ら。


「うそおぉぉぉぉぉぉっっっ!?」


 私は再び叫び声を上げてしまった。

―――そこは、空の上だった。

山が、海が、そしてどこまでも広がる大地が目に入る。

眼下には、周囲を塀のようなもので囲まれた大きな都市、そしてそこから伸びる街道。その道沿いには点々と街とも村ともつかない集落があった。



 現在の東京では決して見ることが出来ない、ありのままの自然がたくさん残された姿。

その景色はとても壮大で美しかったけれど、目下パニックに陥っている私にはそれを楽しむ余裕は全くといって無い。


「何なのこれ……。ここ、どこなの!?」


 そう口に出した時だった。止まったかと思われた体が、またもやものすごいスピードで落下を始めた。


「ぎゃぁぁ―――っ!助かったかと思ったのにぃっ!」


 下方には大きく広がる森があり、そのちょうど中央辺りに黄色がかったクリーム色のレンガで出来たような塔が建っている。このまま落ちるとその塔に激突してしまいそうだ。

 せめて海に落ちられたら、と思ったけれど、ここからではそこに落ちた所で助からないだろう。高度からの水面への墜落は、コンクリートにぶつかるのと同じくらいの衝撃を受ける、と何かのテレビで見たことがあった。


 早く、気絶すんのよ、美優!そしたらちょっとはマシに死ねるかもっ!


 しかし、意識ははっきりと覚醒したままで、到底気絶することは叶いそうにない。

ぐんぐんと近づく塔には人影が見える。

 顔までは見えないが、そのシルエットから男性と見て取れた。このスピードでぶつかったら、その人も巻き添えになってしまう可能性がある。寝覚めが悪くなるので、それだけは避けたい。…二度と目覚めなかったとしても。


「ギャー!どいてどいて―――っ!!」


 その人に聞こえるように、私はありったけの声で叫んだ。

すると、落下のスピードが急に緩やかなものに変わった。

なんとか足で着陸できないかと体を曲げると、あと少し、というところで、緩衝の役目を担っていた何らかの力がふっと消え、ドサッという鈍い音と共に、塔のてっぺんに尻もちをついた。


「い、痛たたたたっ!」


 腰とお尻がめちゃくちゃ痛い。こりゃ青アザになるな……。


「た、助かっ……た……」


 お尻をさすりながら命の大切さに思いを馳せていると、見計らったように後ろから遠慮がちな影がさした。


 そうだ、人が居たんだった!


 お尻からすぐに手を離してがばっと振り返ると、この男が居た……ってわけだ。




「まぁまぁ、そんなに怒らないで~」


 殴られた頬を涙目で押さえつつ、シャルルは私を(なだ)めた。遠慮なく思いっきりいったから、きっと明日には変色して見る影もないほど膨れ上がっていることだろう。腕力には自信がある。


「いきなりスカート捲られそうになったら大抵の女は怒るよ」


「あっはっは~。ほんの冗談だったんですよ~」


「……とても冗談には見えなかったけど?」



 怒気を含ませると、シャルルはやだなぁ~そんな恐い顔しちゃって、と汗をかきつつ引きつった作り笑いを浮かべた。


「ま、そんなことはどうでもいいから、早いとこ元の世界に戻してよ」


「無理です~」


「……は?」


 自分の耳を疑う。こいつ、今、何て言った?


「だから、無理なんです~」


「何で? この魔法陣に乗れば戻れるんでしょ?」


「それだけじゃ駄目です。呪文を唱えないと」


「だったら、ちゃっちゃと唱えてよ。その呪文とやらを!」


「載ってないんですよ~召喚の呪文しか」


「そんなわけ、あるかッ!」



 美優はシャルルの腕を引っ張って魔導書を覗き見る。が、魔法陣の図以外は何語なのか分からない文字がずらずらと並び、さっぱり解読できない。

早々に解読を諦めた私は、再度魔法陣の上に乗り、天を仰ぐ。……が、何も起こらない。


「ね?」


 ね? じゃねーよ。私の中にふつふつと怒りが込み上げる。


「とりあえず、呪文をもう一回唱えるとか、終わりから逆に言ってみるとかしてみてよ!」


「無駄だと思いますけど~」


「いいから、言えー!」



 もう、我儘だなぁ、ミユウ様ってば。そう言いながらもシャルルはブツブツと何やら呪文らしき物を唱える。少し間が合って、もう一度トライする。


「やはり、無理みたいです~」


「魔法使いのくせに、そんなことも出来ないの?」


「え?私、魔導士じゃありませんけど?」



 シャルルは不思議そうな顔で私の言葉を全否定した。何、そのキョトン顔。どっちかというとこっちが、え? なんですけどー。


「この世界は魔法使いじゃない人が異世界から人を呼ぶことが出来るの!?」


「普通は出来ません。だから、まさか本当にミユウ様が来るとは思わなかったんで、還す方法なんて全く考えて無くて……」



 つまり、シャルルは魔法が使えないくせに古代の魔法陣を使って召喚の真似事をやってみたら、本当に私が召喚されちゃったってこと?

そんで、もう二度と元の世界に戻れないって、そういうこと?


「そ……そんなぁ~~~~!」



 ようやく事態を把握した私の悲痛な叫び声は、遠くの街まで聞こえたとかいないとか。





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