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第18話 奪い、奪われる

 ―――心臓が止まるかと思った。


 鼻で息をするのも忘れ、あまりの息苦しさに何とかぷはっと口を開くと、それを待っていたかのようにエドヴァルドの熱い舌が侵入してくる。

 食べられてしまうんじゃないかと錯覚した。それぐらいに激しいキスだった。

 舌を絡め取られ、口腔内を蹂躙され、何も考えられなくなる。最初は戸惑いながら、そして次第に何かに突き動かされるように夢中でエドヴァルドに応えた。腰から下が砕けてしまいそうになって、美優は思わず木にもたれかかりながら目の前にあるエドヴァルドの服の布地を掴む。自分のものではない、心臓の鼓動を感じる。


「!!」


 ちょっとエド、どこ触ってんの…!

熱いくちづけを交わしながら、エドヴァルドの手が美優のドレスの裾をまさぐる。そして捲り上げられた部分が夜の冷気に当てられひんやりとするのを感じた。

 声を出そうとしては唇で言葉を奪われ、抵抗しようとすればさらに深くなる繋がり。その間もエドヴァルドの手は性急に美優の太ももを撫でまわす。


 そんな場所、誰にも触られたことないのに。

まさかこのまま、ここで?そんなの、嫌だ…!

私の〝初めて〟をこんな所で奪われてたまるかー!!


 エドヴァルドの唇が首筋に移動し、そこからぞくりと嫌悪ではない何かが全身を駆け巡る。砕けそうになる腰に力を入れて本格的に抵抗を試みようとした矢先、エドヴァルドは素早く美優から身を起こすと、暗闇に向かって何かを投げた。

シュッと闇を切り裂く音がして、それは遠くの木の幹に深く突き刺さる。


「な、何!?」


「…逃げられたか」


 くやしそうに眉をしかめるエドヴァルドを見上げて、再び遠くの木に目を凝らすと、そこに刺さっていたのは美優の短剣だった。お守り代わりで、太ももに巻いたベルトに挿していたものだ。

 いつの間に抜かれたのだろう、素早すぎて気付かなかった。しかし標的はすでに逃げたらしく、くそ、とエドヴァルドは王子らしからぬ悪態をついた。警備兵を呼んで不審者を捜すように指示すると、自分は木に刺さった短剣を回収し、呆然とする美優に柄の部分を握らせる。


「あの攻撃を避けるとは…刺客か?いや、でも何故…」


「もしかしてさっきのって…短剣を取るために?」


 ブツブツと呟くエドヴァルドに、美優はまさかと思いながらもそう問いかけた。


「そうだ。俺は武器を持っていない」


 エドヴァルドは当然とばかりに頷いた。今日は舞踏会なのでいつも腰にさげている剣は置いて来たようだ。

…マジで?敵の注意を逸らすためだけにあんな事を?…別に舌は入れる必要無くない?百歩譲って、太もも触ったことは短剣を探してたってことで許してあげてもいいけどさぁ…!

ちょっとエド、何無表情で口元拭ってんの!いくら何でも傷付くよ?ふんだ、私も拭ってやるもんね!と相手に見せつけるように拳で口元をごしごし擦ってやった。


「謝ってよ」


「何をだ?」


「何をって…! キ、キスした事に決まってるじゃん!」


「キス? 何だ、そんなことか。相手の油断を招くには手っ取り早いと判断したまでだ」


 そんなことか、だと!?人のファーストキスを奪っておきながらこいつは!

あまりの言い草にムッとすると、エドヴァルドはやれやれとでも言うように嘆息した。


「お前が居ると事件ばかり起こる」


「え、私のせいなの、これ?まさかこれが災厄とでも言うの?」


 以前、エドヴァルドが美優に失礼な態度を取って悪かったと詫びた時、その理由を『お前がこの世界に居ると災厄が起こる可能性があるから』と言っていたのを思い出したのだ。


「いや、もし災厄が起こるならば、すでに起こっていなければおかしいだろう」


「…分かってるなら、良かった」


 美優は自分への疑いが晴れたことに怒りはまだ収まらないものの安堵した。悪い出来事をすべて自分のせいにされるのはたまったもんじゃない。


「―――しかし、まだ謎は残っている」


「謎?どんな?」


「シャルルのことだ。お前を召喚した経緯は疑ってはいない。だが、魔力を持たない者に何故召喚が出来たのか…」


「そんなの、私にも分かんないよ」


「別にお前に答えは求めていない。ただ、もしかしたら他に何らかの要因があるのでは、と…。うん?何だ、この匂いは?」


 エドヴァルドがふいに美優の胸元に顔を寄せてくる。

ちょ、近いって、と先程もっと密着していた事を棚に上げて、エドヴァルドの体を遠くへと押しやる。

 エドヴァルドが言っているのは、きっとポプリのことだろう。バルコニーに現れた謎のナンパ男が渡してきたものだ。くちづけの間は意識を遠くに居る刺客(?)に飛ばしていたため、匂いは気にならなかったのかもしれない。緊張がほぐれるかとドレスの胸元に忍ばせてあったのを自分でも忘れていた。

…決して胸の大きさをかさ増ししようとしたわけではないからね?


 エドヴァルドは何かを思い出そうと視線を宙に彷徨わせたが、結局うまくいかなかったらしく、諦めたように首を振るとシャルルとルークの名を呼んだ。


「はい~」「おうよ」


 すると何故かすぐ脇の植え込みから現れる男二人。振り返ると二人とも両手に小枝を掴んで、てへっ☆、とどっかの飴キャラみたいな表情を浮かべている。


「…なんでそこに居るのかな…?」


「いや、二人に危険が迫ったらやべぇな、と思って、な?」


「そうですよ~。別に、二人のキスシーンを覗こうだなんて…あ、」


「の・ぞ・い・て・た・ん・だ・な?」


『ご、ごめんなさ~い!!』


 二人の出歯亀(のぞき)を追いかける美優は、ドレスを着ているにもかかわらず、世界新記録を叩き出しそうなほどの早さだったと後に目撃者は語ったとか。



*****



 その後、警備兵や門番に問い合わせたが、不審者の目撃情報は一つも上がってこなかった。城内を改めても侵入者が居たような痕跡は発見されなかった。

招待客を不安にさせないように事件の事は伏せ、だが早々に舞踏会は打ち切られた。


 いいか、お前は部屋から一歩も出るなよ―――その命令と共に、美優もいつも以上の人数の衛兵と共に部屋へと戻った。今の時点では、敵の標的がエドヴァルドなのか美優なのか判断がつかなかったせいだ。


 まぁ、十中八九エドの方だと思うけどね。だってホラ、私って“用無し”だし。

そういえばレオナルド、最近用無しって呼ばなくなったなぁ…なんでだろう?


 

 会場でずっとヨハンナ達の手伝いをしていたエヴァは、事件のあらましを聞かされて真っ青になって震えあがった。…そういえば何だかんだで結局ごちそうは少しも食べれなかった事を思い出して心底悔んだ。無念すぎる。もうすでに食欲はどこかへ消えてしまった。


「怖かったでしょう、ミユウ様。大好きなお風呂に浸かって今日はもうお休みください」


 そう言ってエヴァはお風呂を立てるためにお湯を取りに行った。

 私自身は刺客を見て無いから、何の怖い思いもしてないんだけどね。それよりもエドとのキスの方が衝撃的だったんだよな…そう考えながら無意識に自分の唇に指を乗せ、それから相手の唇の感触を思い出して人知れず赤面してしまう。


 けっこう柔らかかったな…。それに、あんまり嫌じゃなかった。だからこそ、エドの動きに応えてしまったわけだし…って、うわー!私一体何考えてんの!?

 美優は自分の雑念を追い払おうとじたばたと暴れた。そのせいでさらに体が熱くなり、涼を求めてバルコニーへと避難する。



 すると、美優の訪れを待っていたかのように木がその葉を揺らした。


「素敵なドレスを着ているね。いいや、違うな。ドレスを着た君はいつも以上に素敵だよ、僕の子猫」


 その男はいつものように木から飛び降りてきた。木の葉は鳴らしたくせに、着地の音は一切しなかった。またこの男は、仕事をサボって…。と呆れてため息をつく。先程起こった事件といい、この城の警備は大丈夫なんだろうか?


「何しに来たの?」


 早くドレスを脱いで寝っ転がりたい。そんな気分なので幾分ぞんざいに尋ねた。男は金色の前髪をかきあげてその口元をほころばせた。その艶っぽい流し目は、若い女性はおろか、大人の女性も魅了するに違いない、と美優は思った。


「今宵は新月だからね。君を攫いに来たんだ」


 他の誰かの言葉なら失笑してしまうところだが、その言葉には嘘や冗談の響きが微塵も含まれていないことを悟り、美優ははっとして男の天色の瞳を見つめた。

 すると、蒼いはずの左目がみるみる金色に変化していく。



え…! 髪と瞳の色が一緒の人間は、この世界には居ないはずじゃ…?



 見てはいけない、魅入られてしまう。そう本能が告げているのに、目が逸らせない。その場に縫い止められたかのように身動き一つ出来ず、ただただ相手の目を見つめ返した。どこか哀しそうに揺れる瞳を。

妖しく美しく、畏怖の念すら抱かせる相貌。

知らなかった、“美しすぎる”って、“怖い”んだ。

 

 男は美優を壊れ物を扱うかのように抱きしめた。男からは美優が与えられたポプリと同じ花の香りがする。

やめて。

 動けない体で、何とか抗えないかと考えた瞬間、美優の腹部に鈍い痛みが生じる。


「君は僕の名を知りたがっていたね。―――教えてあげる」


 男は崩れ落ちる美優の耳元で囁いた。


「僕の名前は―――――ジェラルド。ジェラルド・ルイニヴィアだよ、子猫ちゃん」


 薄れゆく意識の中で、美優は男にそっと抱き上げられるのを感じた。




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