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第17話 初めてのくちづけ

「ぜひ今度我が領地に…」

「いやいやそれよりも、我が家の庭園をぜひご覧に…」

「ミユウ様はどんな宝石がお好きで…」


 休む間もなく次から次に話しかけられ、目が回るようだ。お誘いとプレゼント攻撃を何とか愛想笑いでかわす。ナントカという美味しい料理を食べに来ないかと誘われた時にかなり心が動いたことは、エドヴァルドには内緒にしておこう、と美優は思った。


「そんなに急かすものではありませんよ、皆様。ご覧ください、巫女姫様が困っていらっしゃるではありませんか」


 その時、背後から落ち着いた壮年の男性の声がする。振り返ると、赤い短髪に髭を生やした美中年が立っていた。もしかして、困っているのを見て助けてくれた?美優が感謝の気持ちを含ませて見つめると、


「巫女姫様はこの世界のことを何もご存じないのだから」


 という言葉と共に薄く微笑んだ。

 かちーん。今、この男は私のことを馬鹿にしたね?そのくらい私でも分かりますよ。初対面なのになんて失礼なおっさんなんだ。美中年でも許さんよ?

 美優は男から視線を目の前に群がる貴族達に戻してこれ以上ないくらいの余所行きの笑顔を浮かべた。


「さきほどのお話ですけど、あなたの領地はエルドナでしたね。三方を山に囲まれた自然の豊かな土地だとか。こちらでは珍しいものがたくさん見られるのでしょうね。そういえば、最近小鹿がお生まれになったのだと聞きました。ぜひ拝見したいですね」


「おぉ、我が領地のことをご存じなのですね!」


「そして、あなたの庭園は珍しい品種の花々がそれはもう見事に咲き誇っているのだとか。朝の澄んだ空気や、夜露に濡れる花はそれはもうすばらしい眺めなのでしょうね」


「さすが巫女姫様、分かってらっしゃる!」


 ふふーんだ。どうだ、参ったか!こちとら伊達に勉強漬けの日々を送ってたわけじゃないんだよ。貴族名鑑をどんだけ暗記させられたと思ってるんだ。美優は失礼な男に勝ち誇った視線を向けた。すると男は可笑しくて仕方ないとでも言うようにクックッと堪えた笑いを洩らす。


「いや、貴女を試すような真似をして申し訳ない。皆様、今日の集まりの名目をお忘れですか?舞踏会なのですから、お話だけではなく踊られてはいかかがです? …ルーク」


 男はエドヴァルドの近くに控えていたルークを呼びとめ、美優の相手をするように命じると思い出したかのように肩を震わせながら人混みに紛れて行った。それを潮時に、人々が名残惜しそうな様子を見せながらも美優の傍を離れて行く。

 何だったんだろう、あの男。恰好からすると結構お偉いさんのような気もするけれど、完全に悪役の企み顔。最後に横目でこちらを見てきた時なんて、相手が笑顔だったというのに寒気がして思わず腕を擦ってしまったほどだ。


「悪ィ、ミユウ。あいつが失礼な態度を取って」


 寄って来たルークが片手でごめんのポーズを取る。


「何でルークが謝るの?ってか、あの人誰?」


「この国の宰相。んで、俺の親父(オヤジ)


「えっ?ええぇぇっ!?」


 ルークの爆弾発言に思わず声を上げてしまい、美優は自分の口を塞いだ。確かに、髪や瞳の色など似通った部分はあったが、ルークとあの男はその身に纏う雰囲気が全くと言っていいほど違った。片や太陽のような底抜けの明るさ、片や油断ならぬ気配を持っていた。言われなければ、一生二人が親子だとは気付かなかっただろう。


「代わりに謝る。あいつ、人をネチネチいたぶるのが趣味でさ。性悪宰相ってあだ名が付いてっからなー」


 それは大層趣味が悪い。先程の意地悪もその一環だったらしい。挨拶代わりの軽いジャブだったとルークは言うが、それでは彼が本気を出した意地悪はどのくらいなのだろう、と考えそうになって慌てて自分の想像を打ち消した。やめておこう、知らぬが仏だ。


「ルークって…もしかして貴族?」


 てっきり平民かと思ってた。だって、言葉遣いも乱暴だし、騎士団は貴賎を問わず門戸を開かれていると言うし、てっきりそうだとばかり。


「まぁ、一応な。大公ってやつ?」


「大公っ!すごっ!」


「俺は3男坊だから、たいしたことねーって。親父に自分の食い扶持は自分で稼げって騎士団に放り込まれて、んで、近衛騎士になった、と」


 ルークは何でも無い事のように軽く言った。大公とは公爵よりもさらに上の位で、公爵の中でも力を持つ人や、王族の血縁、そして王位継承を放棄した元王子などが与えられる位だとシャルルの授業で習った。


「そんな事より、踊ろーぜ!」


「エドの護衛はいいの?」


「邪魔だから行って来いって言われたから大丈夫。何たって近衛騎士団の団長様だぜ?」


「でも、こんな大勢が見てる中で踊るのは…」


「そんなん、気にすんな、こーゆーのは楽しんだ者勝ちなんだからよ!」


「わわっ!」


 言うが早いか、ルークに両手を取られてダンスホールの真ん中へと躍り出る。最初は戸惑ったものの、ルークの楽しそうな笑顔に釣られて、美優も跳ぶように踊りだす。ルークもダンスが得意ではないようで、そのステップは軽快ながらも、かなり適当だ。

 二人は音楽に乗りきれなかったり、人にぶつかりそうになったりしたが、それでも終始笑いが絶えなかった。お譲様ごっこよりも剣術特訓の方がよっぽど性に合っている残念女子なので、体を動かすにつれて張りつめていた緊張が一気に緩んで行く。


 こちらに注目していた周囲の人々は困惑した様子を見せていたが、次第に明るい表情で再びダンスを再開しはじめた。楽しい空気は伝播する。特に社交界デビューを果たしたばかりの若者たちは緊張のあまり動きが硬かったのだが、美優達の楽しげな雰囲気にあてられていい意味でリラックス出来たようだ。

長身のルークのリードで目が回りそうになるくらい回転させられて、悲鳴を上げ腹の底から笑っていると、ルークがどこか不満げな顔をした。


「あ、やべ、エドヴァルドが呼んでるわ。じゃな、ミユウ」


「え、もう?」


「悪ィ、選手交代。おーい、レオナルド!チェンジだチェンジ!」


 ルークは遠くで同じく貴族に取り囲まれていたレオナルドを呼び寄せた。


「何だ、大声で呼ぶな、ルーク。それに、何故僕がコイツを踊らなければならないんだ!」


「そんなこと言わずに。ミユウの護衛、頼むな。ほら見ろよ、若ェ男達の物欲しそうな顔」


 物欲しそうな顔? 何を欲しがっているの? と、美優もレオナルドと同じように周りの人達を見渡すけれど、別段変った様子は無い。だが、レオナルドは何かを感づいたようで、「…分かった」とやや不満げに頷いた。ルークが立ち去ると、


「ほら、早く手を出せ。この野良猫が!」


「野良猫?」


「お前のことだ!」


 いつもの〝用無し〟はどうしたのだろうか。美優が小首を傾げると、レオナルドは焦ったように美優の手をむんずと掴むとステップを踏み始めた。一歩出遅れた美優の足がレオナルドの甲を踏みしめてしまい、レオナルドは痛みに顔を歪めた。


「この下手くそ!」


「あ、言ったね?」


 あの血の滲むような特訓を経た私の技をとくと見さらせ!

 美優はレオナルドの腕に手を添え直すと、音楽に合わせて踊り始めた。指の先まで神経を張りめぐらせて優美さを強調する。その動きにレオナルドは目を瞠り、負けじとばかりに対抗心を燃やしてきた。お互い睨みあいながら格闘技のようにダンスを続ける。

 こうやって体をくっつけると、レオナルドが美優よりやや背が高く、華奢に見えていた体に意外と筋肉が付いていることが分かる。同い年とはいえ、男の子なんだなぁ、と気分はまるで弟の成長を喜ぶ母親だ。耳に掛けられた金茶の髪が彼の動きに合わせてさらさらと揺れる。

中々やるな、野良猫。ふん、あんたもね!

二人は好戦的に互いを睨み合い、堪え切れなくなって破顔する。


「そういえば、王妃様は? まだ一度も会ってないんだけど」


「母上は、僕を産んですぐに亡くなっている」


「そうなんだ…ごめん」


「いや、問題無い」


 そう言うレオナルドの目がわずかに伏せられた。美優はダンスの合間に玉座を振りかえった。…王妃様はもうこの世に居ないのに、まだ椅子は残しているんだね。国王ならたくさん居てもおかしくなさそうなのに、側妃らしき女性の姿も見えない。陛下は王妃様のことを今でも愛しているのかな、とふと思った。

 そして曲が終わり、美優とレオナルドは手を離した。お互い競うように踊っていたので、息が上がっている。


「あー疲れた。ちょっと休憩」


「おい、あまり遠くに行くな」


「大丈夫、大丈夫」


 レオナルドの制止の声に笑って応えて、美優はテラスの方へと足を向けた。シャンデリアの灯りが零れ落ちるそこは、夜の冷気が火照った体に気持ちいい。新月なのか、月は見えない。


「あ、すみません」


 隣の人と肩がぶつかってしまった。酔い覚ましに外の空気を吸いに来た人は意外と多い。

美優は邪魔にならないように、庭へと続く階段を下りた。植え込みの間に置かれたベンチに座って、ふう、と息を吐く。ここまでは大広間の灯りは届かない。遠くに見える明るさとざわめきが別世界のように感じられた。


「こんな所で何をしている?」


 咎めるような声の主は、思った通り、エドヴァルドだった。暗闇の中に、彼の白い衣装が浮かび上がる。


「何って、別に。休憩してるだけだけど」


 その時、植え込みの向こうから忍び笑う男女の声が聞こえてくる。奥様、という切なげな声とか、そこはダメよ、という艶めかしい声とか。何だろう?と美優が暗闇に目を凝らすと、あちらこちらの場所で男女が親密に密着しているのにやっと気付いた。

 え、もしかして、ここ、そーゆーところなわけ!?

わー、そんなつもりじゃなかったのに!と、美優は慌てて立ち上がる。


「いや、違うの!決して覗きをしようと思ったわけじゃなくて…!」


「そこを動くな」


「え、何…?」


 言い訳しようとした美優に、エドヴァルドはにじり寄って来た。その射竦めるような眼差しに、美優は知らず知らずのうちに一歩ずつ後退し、背中が木に当たって退路を断たれる。

 ダンスをする時と同じくらい距離が縮まったところで、ようやくエドヴァルドが足を止める。


 エド、も、もしかして私とあーゆーことしようとしてる?

まさか周りのそーゆー雰囲気にあてられてムラムラしちゃったの・・・!?


「わわ私、そろそろ大広間に戻ろうかな」


「逃げるな」


 横から逃げ出そうとするのを、エドヴァルドの腕に遮られる。エドヴァルドはそのまま腕を木に添えて、反対の手で美優の顎を掴んだ。

 その整った顔と真剣な表情から目が逸らせない。キスの予感に、全身の血が沸騰するように逆流し、心臓が早鐘を打っている。


「エ、エド!?お願い、正気に戻って…!」


 美優の願いも空しく、エドヴァルドの顔が徐々に近づいてくる。



 そして―――心の準備をする間も与えずに、エドヴァルドの唇が美優の唇と重なった。




舞踏会編、まだまだ続きます!

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