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第16話 社交界でびゅう

 ダンフィオール国の王宮は3つの館から成る。

手前から、社交界の中枢を担う赤薔薇、政治を司る青薔薇、王族の住まう白薔薇と呼ばれており、赤薔薇の館の前には夥しい数の馬車が並んでいた。

 今日は舞踏会、国中の主だった夜会服姿の貴族達が様々な思惑を持って招待状を手に詰めかけている。


「ミユウ様。心の準備はよろしいですか?」


 傍に控えているエヴァが少々心配げに見上げてくる。


「よろしいわけ、無いよね…」


 美優は大広間へと続くドアの前で肩を落とした。美味しい食事に釣られて舞踏会への出席を了承したものの、気が重い。今すぐ部屋に取って返したいくらいだ。

 それもそのはず、金の装飾を施された白い重厚なドアの向こうからは宮廷音楽の曲と共に、何十人、いや、何百人という人々の歓談の声が漏れてくる。


 この中にどうやって入れっていうの?最初っから会場の端っこに居れば目立たなかったのにさぁ…!


 美優が着替えを終えて待機させられている間に、招待客はすでに会場に入っていた。ようやく呼ばれたと思ったら、合図があるまで待っているように、と来たもんだ。


「では、お呼びしましょう。ミユウ・キリサト様!」


 誰かが張り上げた声と共にドアが勢いよく開かれ、ドアの向こうでたじろぐ女性を見て、人々は息を飲んだ。騒がしかった会場が、水を打ったように静まり返る。




 ―――そこには、今まで見たことのない、神秘的な美少女が立っていた。

黒曜石のような黒髪と濡れた瞳。

 女性としては有り得ないほど短く切られた髪は、前髪を斜めに撫でつけ、後ろ髪は緩くウエーブがついており、サイドの編み込まれた部分には可憐な白い生花が挿されている。そしてその白い肌を鮮やかに彩るような深紅のドレス。背中で編上げられ、腰から下はオーガンジーが幾重にも重なったドレスは、細い肢体をさらに強調している。肩を露わにし、シンプルなダイヤモンドのアクセサリーを付けたほっそりとした首は、溌剌としていた雰囲気にも関わらず得も言われぬ妖艶めかしさを醸し出していた。




「え…と…」


 大勢の好奇の目に晒され、立ちすくんだ美優は、すぐ傍に見知った顔が近づいてくるのを見て、ホッとした表情を浮かべた。


「エド!」


「美優、こっちに来い」


 言葉と共に差し出された手。その上に恐る恐る自分の手を重ねると、エドヴァルド王子に誘導(エスコート)されて大広間の最奥、国王陛下(アルノルド)の御前まで連れて行かれた。そこでエドは手を離し、王様の傍に控える。陛下は玉座から立ちあがり、朗々とした声を上げた。


「皆の者はもう知っておろう。異世界からの来訪者、名はミユウ・キリサトだ。ミユウ、皆に挨拶を」


 まじすか!この状況で何を言えと!うわ、エドが無言で圧力掛けてきてるし!とりあえず転校生が言うようなセリフ、言ってみる?


「あ、あの…異世界から来ました、霧里美優といいます。まだ来たばかりで右も左も分かりませんが、早くこちらの世界に慣れようと思いますので、よ、よろしくお願いします」


 多少噛みながらも、一気にそう捲し立てると、美優はドレスの裾を持ち上げてとっておきのお辞儀をした。挨拶・ダンスの前後・退場など、何度もすることになるから、と、ダンスの練習と共に何度も練習させられたものだ。


「さあ、皆の者。夜は短い。盛大に盛り上がってくれ」


 国王陛下の言葉を合図に、音楽団の演奏が始まと、静まり返った会場が再び賑やかさを取り戻す。


 お…終わった! やりとげたよ! ぐっじょぶ、自分!


 美優が自分を称賛していると、いつものメンバーが周りに集まって来る。


「ミユウ、すっげぇ似合ってんな!」


「ルークこそ! 何かすっごくかっこいいね」


 いつもラフなシャツ姿のルークは今日はバッチリと黒い騎士の正装で固めている。そうするといつもの気のいい兄ちゃんのルークが大人の男性に見えるから不思議だ。


「とても似合ってますよ、ミユウ様! もともとお美しいですけど、さらに!やはり女性は衣装で変わりますね~! ところで、その胸どうしたんですか~? 何か詰め物でも?」


 失礼発言をしながら近づいてくるのは銀髪残念男のシャルルだ。こちらも濃紫の正装を難なく着こなし、神々しいまでの完璧な美貌を誇っている。…口さえ開かなければ。


「失礼な。本物だっつーの」


 普段は「え?スポブラすらしなくても良くない?」な美優だが、今日はなんとか谷間らしきものが出来ている。エヴァに恐ろしいほどの力で寄せて上げられたおかげだ。背中できつめに編上げられたドレスのおかげで、一応肉が解散することなくキープ出来ている。


「いや、でもほんと見違えるくらい綺麗じゃねぇか。なぁ、王子?」


 ルークが再び称賛をしてエドヴァルドとその後ろに佇むレオナルドを仰ぎ見る。

 二人の王子は細かい部分は違うが、同じ白い正装姿だ。兄は騎士服に寄せた物、弟は他の貴族と同じような長めの上着を羽織っている。兄弟とも際立った容姿なので、映える。

 兄弟は無言でしげしげと美優を観察したまま一言も言葉を発しようとしない。


「おや?王子たちは照れてらっしゃるんですね~? ミユウ様があまりに美しくて!」


「ば、馬鹿な! なぜ僕が照れなければならないんだ!」


 レオナルドが我に返ったようにムキになって否定する。その頬が見る見る赤く染まる。


「かーいーなぁ、レオナルド」とルークにからかわれ、「うるさいうるさいっ!」と叫びながらその場から遁走した。


「あ~青春だねぇ」「甘酸っぱいというか、もはや酸っぱいですね~」と似たような目をして弟王子の行く末を見守る男二人。




「あのぉ~、そろそろ私の役目も終わったみたいだし、ご飯…」


「まだだ。お前の役目はこれからと言っても過言ではない」


 ご飯食べに行ってもいい?そう尋ねようとした美優の言葉は、最後まで言えずにエドヴァルドに遮られた。


「え~?」


「周りを良く見ろ。お前と縁を結ぼうとする貴族達が(ひし)めいているぞ」


 エドヴァルドの言葉で周りを見渡すと、先程まで遠巻きに美優達を見ていた貴族達が、徐々にその距離を狭めて来ていた。


「いいか、相手の甘言に惑わされるな。菓子を与えられてもついて行くな」


「エド、私のことを何だと…」


「いいから聞け。…短剣は持っているな?」


 身をかがめて声を潜めたエドヴァルドの言葉に、美優は無言で頷いた。事前に言われた通り、ルークに貰った短剣をドレスの下に隠し持っている。


「無いとは思うが、もしもの時はそれで自分の身を守れ。世の中には物好きが居るからな」


「ほんとあんたら全員、失礼にも程があるよね」


 頬を引きつらせると、エドヴァルドは口の端を歪ませてニヤリと笑った。






「ミユウ様っっ!」


 ハートマークが飛んできそうな黄色い声を上げてドレス姿の令嬢が走り寄って来る。栗色の髪と赤い瞳の少女には見覚えがあった。


「あ、えーと、エルセン公爵家のアメリア様?」


「覚えていてくださいましたのね!お会いしたかったわ、ミユウ様ったら何度お誘いしても全然来てくださらないのだもの」


「あーごめんなさい。風邪をひいていて」


 本当は面倒なので適当に断っておいたのだが、それは言わない。心配そうな顔を浮かべるアメリアに、美優はもう治ったから大丈夫、と言って安心させる。


「それにしてもミユウ様、今日は一段とお綺麗ですのね…」


 アメリアは頬を上気させ、うっとりと美優を見つめる。アメリアにとっては美優が男装してようがドレスを着ていようがどちらでも構わないらしい。


「ありがとうございます。アメリア様もとっても綺麗ですよ?」


 お返しとばかりに流し目で褒めると、アメリアはいつかのように、まぁ…と言って恥ずかしそうにクネクネと体を揺らした。


「こら、アメリア。申し訳ございません、巫女姫様。娘が不作法なことを」


「お父様!」


 貴族達の輪の中から抜けてきた中年の男性は、アメリアの父親のようだ。なるほど、髪は白髪交じりだったが、瞳の色や雰囲気がアメリアに似通っている。


「ダルシウス・エルセンと申します。いやはや、巫女姫様がこれほどに美しいお方だったとは。私があと20、若ければといったところですかな。はっはっは」


「えっと、ありがとうございます?」


 笑えない冗談を上手くかわす言葉が思い浮かばず、取りあえずお礼を言ってみる。


「失礼ですが巫女姫様にはもう、すでに決まったお方はいらっしゃるのですかな?」


「いやだ、お父様ったら。突然何て事をおっしゃるの?」


「怒るな、アメリア。お前の相手がなかなか決まらないのでな、参考までに聞かせてもらおうと思ったのだ」


 いや、申し訳ない、と頭を掻いて謝罪するダルシウスは娘命の父親そのもので、見ていて微笑ましかった。


「ダルシウス様、ミユウ様はまだこちらの世界に来たばかりですので…」


 見かねたシャルルが助け船を出してくれ、エルセン親子は去って行った。アメリアは次は絶対お茶会にいらっしゃってね、と最後まで縋るように懇願して行った。息つく間もなく次の相手に捕まってしまう。ふと見ると、エドヴァルド達も他の貴族に囲まれていた。



 ご、ご飯にはいつ辿りつけるの!?ここまでおいしそうな匂いが漂って来ているのに!!




 豪華な食事に備えて朝から食べる量を控えていた美優のお腹が、ぐう、と切なげに鳴いた。




舞踏会編、続きます。

ちなみに美優が着ているのはチューブトップのような肩紐なしのドレスです。

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