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第15話 しゃるうぃーだんす?

 薄暗い部屋に置かれた豪奢な革張りの椅子。そこに坐す人品卑しからぬ身なりの男が、目の前で膝を屈し頭を垂れる者たちの報告に過剰とも言える反応を見せた。


「…それは確かな情報なのだろうな?」


「はっ。アルノルド王の側近より確かに。城下でもその噂で持ち切りの様子」


「噂など当てにはならん。アルノルドめ、大人しく玉座に座っておればいいものを。…まぁいいだろう。引き続き、情報を探れ。もしもの時は…分かっておるな?」


「ははっ!」


 男の言外に何かを含ませた物言いに、坐した者たちはより深く頭を垂れて了解の意を表し、そして男が『さっさと行け』とばかりに手を払うと、無言で散り散りに去って行った。

誰も居なくなったのを確認し、男は前方を見据えたまま口を開く。


「…おい」


「はい」


 誰も居ないはずの部屋に、男のものでは無い声が響く。


「今の話を聞いていただろうな?」


「はい」


「では、お前がなすべき事も理解出来ただろうな?」


「ですが」


「口答えは許さない。あの者がどうなってもよいのか?」


「……」


「行け」


「…はい」

 そしてその部屋から男以外の者の気配が消えた。男は腕を組み残忍な笑みを浮かべる。


「誰にも邪魔はさせぬ。誰にも、な…」

 

 男の呟きを聞いた者は誰も居らず、その言葉は薄暗い部屋の空気に溶けて行った。



*****



「いやーもう限界!勘弁してー」


 美優は降参宣言をして机に突っ伏した。一気に知識を詰め込みすぎて爆発寸前だ。

机の上には山積みになった分厚い本。すべてこの国の歴史や言語について書かれている物だ。

 この世界で暮らしていけるようにしっかり面倒見てよね。そうシャルルに言ったら、次の日からスパルタ並みの教育が始まってしまった。歴史の方はまだいい。カタカナだらけの偉人の名前は覚えられなかったが、この国が豊かな土壌と水源を持つ暮らしやすい国だということ、それゆえに太古の昔は他国に狙われ争いが絶えなかったことが朧げながらだが何とか理解出来た。が、逆に語学はさっぱりだった。もともと美優は(どちらかと言えば)理系で、国語や英語は不得意教科の代表だった。幼い頃から見慣れている英語でさえもちんぷんかんぷんだったのだ。初めて見る暗号のようなこの世界の言語が、一朝一夕で理解できるはずもない。


こんなの分かる訳ないじゃん。日本語すら危ういのに!


「おかしいですねぇ。からっぽの頭は知識が吸収されやすいかと思ったんですが~」


「…刺されたいの?」


 美優はジト目で腰に下げた短剣を手に掛けた。ルークに貰って以来、使う機会は無いが寝る時以外は肌身離さずに持ち歩いている。愛犬ならぬ愛剣だ。冗談ですよぉ~とシャルルは汗をかきながらも笑顔で一歩後ずさる。…この変態が。


「そろそろ休憩なさるとよろしいですわ。ちょうどお茶が入りましたから」


 エヴァが良い香りのするティーポットを掲げて微笑む。

助かった、エヴァ、マジ天使!

 美優は窮地を救ってくれて天使に感謝の眼差しを向ける。するとエヴァは分かってますわ、という顔でウインクした。どうしよう、ぎゅっと抱きしめたい。いや、お嫁さんにしたい!


「そうそう、そろそろダンスの練習も始めましょうか~」


「は?だんすぅ~?」


 紅茶を飲みながらシャルルが思ってもみなかった言葉を口にした。

冗談じゃない。何でダンス?


「来週、王宮で舞踏会が開かれるんですよ~」


「パスッ! パスパスパースッ!!」


 シャルルの言葉を聞いた途端、美優は腕で大きく×を作って叫んだ。


「そんな面倒そうなの、絶対嫌っ!」


「そんなぁ。皆さんミユウ様に会いに来られるんですよ?ダンスが踊れないなら、私が教えますから~」


「いや、そういうことじゃなくて。てか踊れるし」


 …実は、ダンスは踊れないことも無い。これも、例の文化祭の時に死ぬほど練習させられた記憶がある。躍ったのは簡単なワルツで、美優も体を動かすのは嫌いじゃなかったため、ステップ自体はすぐに習得出来たのだが。


「ダンスが云々じゃなくて、舞踏会ってモノに出たくないの。どうせお偉いさん達がいっぱい来て、腹の探り合いとかやんわりとした厭味合戦とかするんでしょ」


 以前友人の誕生日会に誘われて行ったことがあった。その友人は議員の娘だか何だかで、娘の誕生日だというのに主役そっちのけで参加者は人脈作りに勤しんでいて気の毒に思ったことがある。子供だと思って、大人達は美優らの前で平気でそういうことをしていたのだ。


「何か変な情報が入ってますね~」


「とにかく嫌だからね」


「そうですか。美味しい物がおなかいっぱい食べれるのに残念ですね~」


「え」


「ヨハンナ以下、料理人がこぞって腕を振るいますよ。城下町で名の知れた料理人も何人か参加します。何しろ王宮の舞踏会、参加者数が多すぎますからね~」


「…」


「ミユウ様が一人立ちしたら、一生食べられないだろう最高の料理が並ぶのですが・・・そうですか、参加されませんか。それは残念ですね~」


「…待って、やっぱ参加する!」


 美優は想像で垂れて来たヨダレを拭いながら全力で前言撤回した。男に二言は無いが、女に二言はある!ヨハンナの料理も最高だが、食べれるものなら他の料理人の料理もぜひ食べてみたい。きっと招待客はあまり食事を採らないだろうから、豪華な料理は全て自分の腹に納まるに違いない。ちょっとずつ食べて全種類制覇するぞ!と美優はまだ見もしない豪勢な料理を想い浮かべてニヤニヤした。


「あ、もちろんドレス来てくださいね、ミユウ様」


「えー?この服じゃダメなの?」


 美優は自分の男装姿を見降ろして不満を述べた。ドレスなんて動きにくい物を着たら、効率よく料理を取れないじゃん!お腹を締め付けられてたくさん食べれないし!


「いやー、さすがにそれは。ミユウ様のお披露目の場ですし」


「えぇ~」


 一気にテンションが下がる。料理は食べたいが、ドレスは着たくない。困った、究極の選択だ。


「大丈夫ですわ、ミユウ様」


 その時、傍に控えていたエヴァが自信満々に進み出た。


「こんなこともあろうかと、ミユウ様用にコルセット不要なドレスを注文しておいたのですわ」


「…ということは?」


 美優の期待に満ちた目を受け、エヴァは笑顔で頷くとまるで印籠を取り出した助さん格さんのように(あれ?どっちが印籠持ってるんだっけ?)胸を張って宣言した。


「お腹いっぱいに食べれますわ!」


 ははー!参りました、エヴァ様!美優は感謝の気持ちを込めて平伏した後で、結局我慢できずエヴァをむぎゅーと抱きしめた。




「衣装問題も片付いたことですし、少し踊ってみますか~?」


「どうしても踊らなきゃダメ?」


「何人かとは必ず踊らされるでしょうね~」


「そうだよね。…まいっか」


 美味しい料理に比べれば、踊るなんて些細なことだよね。もしかしたら誰にも誘われないかもしれないし。よし、それに期待しよう。

 シャルルが右手を差しだし、美優はそこに自分の手を乗せた。抱き合うように近づいて、両肩を組む。いつも殴る蹴るの場合にのみ接近するので、こんなに近くに居るのは何だか居心地悪い気がする。

普段は忘れかけているが、無駄に整っている顔が至近距離にあるのも何となく気に入らない。


「…変なトコ触らないでよ?」


「努力します~。ミユウ様は、変なトコ触ってもいいですよ?」



「この刀の最初の錆になる?」


 暗に殺すぞ?の意を込めてにっこりと笑いかける。シャルルの手に緊張が走った。嫌なら言わなきゃいいのに、と思うが、これらの変態発言が無いとシャルルでは無いのかもしれない、とも思う。元の世界に戻れないと分かった時の彼はこの世の終わりかというくらいに落ち込んでいた。それでなくても連日の魔導書探しで目の下にクマを作っていたのを美優は知っている。召喚自体は彼の軽はずみな行動からだったが、皆と出会うことが出来てちょっとだけ感謝しているのだ。…本人には絶対言わないけれど。


「じゃ、行きますよ~」


 1,2,3のリズムを口で言いながらせーの、で動き出す。…はずだったが。


「あ、あれ?」


 シャルルと美優は同時に左足を出した。結果、二人は反対方向へと進んでしまい、組んだ肩が障害になって美優は転びかけた所をシャルルに助けられた。


「やだなぁ、ミユウ様は右足からですよ?」


「そうだっけ? ごめんごめん。もう一回最初からよろしく」


 気を取り直してもう一度。今度は右足から進んだものの、尋常じゃない違和感に苛まれてすぐさまストップを申し出た。

…踊れない?運動神経には自信があるし、1年以上前とはいえ、あんなに特訓したのに。何で…?

心配げに見守るシャルルとエヴァを横目で見ながら、美優ははた、と原因に思い当たった。


「あぁっ! そういえば私…」


「どうしました、ミユウ様?」


 二人が美優の次の言葉を待ち構える中、美優は茫然と呟いた。


「男役でしか踊ったことないんだった…」


 がくーっ。

シャルルとエヴァが二人同時に見事なコケを披露したのは、言うまでも無い。




次回、舞踏会本番です。

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