第13話 オレ様王子の意外な・・・
「どういうこと…!?」
美優は、険しい顔の兄王子に聞き直した。
聞こえなかったわけでは無い。理解出来なかったのだ。
王子はこう言った。
―――神殿からの返事が届いた。…該当者無し、だそうだ―――
該当者無しってどういうこと?
美優は結論を出しそうになる自分の心を必死で押し留めた。
「だったら、他にも大魔法使いとか森の奥に住む希代の魔女とか、居るんでしょ?そういう人に頼めば…」
「――神殿の高位の魔導士が『探知』の力で探ったところ、異世界への召還が出来る者は存在しないという結果が出たそうだ。…そして、いくら魔力が高くても、魔法陣を知らなければ意味が無い。知は力、力は知だ」
「魔導書も、見つかりませんでした…」
「そんな…」
エドヴァルドとシャルルの言葉に、最後の希望を断たれてその場にへたり込みそうになる。何とか押し留めていた心が力を失って、美優は結論へと行き着いてしまった。それを茫然とした顔で呟く。
「それじゃあ、私、元の世界に戻れないの…?」
その問いに答えられる者は一人も居なかった。
エドヴァルドが、レオナルドが、シャルルが、ルークが、エヴァが、その場に居る全員が複雑な表情を浮かべていた。
嘘、でしょ?
皆でからかってるだけだよね。
シャルル、何でそんなに謝ってるの?エヴァも、何でそんなに泣いてるの?そんな顔しないで。そうじゃないと、本当のことになってしまう。
他の3人も。いつもみたいに「働け」だの「この用無し」だの言ってよ。夏の太陽みたいに「ミユウ、剣の特訓しよーぜ!」って笑ってよ。
皆の顔を見て、ようやくこれが嘘でも冗談でも無い事が分かる。…分かって、しまった。
待って、心が追いつかない。だって、…帰れるって思ってたんだ。わたしがここに来たのは何かの手違いだもの、誰かに頼めばいつだって帰れて…そして逆に、またいつでもこっちに遊びに来れるんじゃないかって…期待してた。こっちの世界が、楽しすぎたから。
楽観的過ぎた自分の甘さに、冷水を浴びせられたみたいだ。
どのくらいの時間が経ったんだろう、ようやく顔を上げると皆の悲痛な顔が目に入った。
何やってんの、私。これじゃダメだ、皆にこんな顔をさせたいわけじゃない。私がこんなんじゃ、シャルルはきっと自分を責める。ううん、もう責めてる。さっき、何で?って詰る目で彼を見てしまったから。それは一瞬のことだったけど、彼はきっと見逃さなかった。普段のふざけた態度とは裏腹に、彼はやはり聡かった。いっそ愚鈍でいてくれたらどんなに良かったか。
…何とかしなきゃ。
美優は無理やり笑顔を作った。それは傍目に見ても痛々しいものだった。
「そっかー。あ、大丈夫大丈夫。ちょっと驚いただけだから心配しないで。いやぁ、こっちの世界にずっと居てもいいなー、なんて思ってたとこだったんだよね~」
「…」
美優が言った言葉に反応する者は誰もいなかった。寒々しいほどの重い空気が部屋に満ちる。
「な、何か暑くない? この部屋。ちょっと外の空気吸って来るね!」
皆の沈黙に耐えきれなくて、美優は笑顔のまま部屋を飛び出した。一秒でも早く、ここから立ち去りたかった。
*****
部屋を飛び出した美優は城の前庭にある東屋にいた。ドーム型の白い屋根とベンチで構成されたそこは四方の風景を楽しむことができ、同時に日常から隔離されたかのように感じることも出来る。
最近見つけたお気に入りの場所だった。
「こんな時でも、涙は見せないのだな、お前は」
美優が月明かりに照らされた庭木を見るともなしに眺めていると、砂利を踏む音が聞こえた。振り返るとエドヴァルド王子がそこに立っていた。
「なかなか戻ってこないとエヴァが心配している」
目で問うていたのだろう、王子は美優が質問する前に口を開いた。ベンチの隣の席を目で見て、美優が頷くと少しだけ距離を空けて座った。月明かりと虫の声しかしない、静かな夜だ。
「泣かないよ。泣いたらシャルルが気にする。だから、泣かない」
「―――強いのだな」
「違う。負けず嫌いなだけ。それに、私のために誰かが悲しむのは嫌だから」
しばらくの間二人の間に沈黙が訪れる。ずっと苦手だと思っていた人の隣に居るのに、何故か落ち着くと美優は思った。
「まさか帰れないとはねー。はは。こんなことならお父さんとお母さんにもっと親孝行しとけばよかったなー、なんてね」
明るく笑ったつもりが、乾いた声しか出なかった。失敗した。
「来い」
「…どこに?」
突然腰を上げたエドヴァルドを見上げた美優の手を取り、エドヴァルドは館へと引き返す。階段をぐんぐんと昇り、屋上へと進む。
「うわ、なにこれ…!」
美優は眼下に広がる光に目を瞠った。城内をぐるりと取り囲む植え込みの葉がまるでクリスマス時期に点灯されるイルミネーションのように白く光り輝いている。夜は外に出ないし、部屋からは見えない角度になっているのか、こんなのがあるなんて知らなかった。
「蛍光塗料だ。これを種の段階で含有させることによって昼間蓄積した光を夜に放出させる。防犯目的で作ったものだが、一見の価値はあるだろう」
エド…それ、品種改良っていうか遺伝子操作レベルなんですけど。一体この王子はどこを目指しているんだろう?美優はそう思いつつも光から目を逸らせなかった。
一見の価値どころか…すごく綺麗。
一つ一つの光は小さいが、それが集まることによってとても幻想的な雰囲気を醸し出している。まるで儚い蛍の命の輝きを見ているようだ。その灯りを見ていると、自分の頑なな気持ちが次第に解けて行くのを感じた。だからだろうか、美優は普段他人には見せない弱みを、ついエドヴァルドに晒してしまった。
「…私、これからどうすればいいのかな」
「今まで通り城に居れば良い。それに神殿はぜひお前を引き取りたいと言っている。お前が望むなら…」
美優は相手の言葉の途中で頭を振ってその言葉を否定した。
「そうじゃない。そうじゃなくて」
「?」
「どこに行ったって、私は何も出来ないんだなぁと思ってさ。元の世界でもそうだった。何となく学校へ行って、何となく毎日を過ごして。親に何不自由なく育ててもらって、それを当たり前だと思ってた。…ここに来て驚いたんだよね。市場に行った時、ほんの小さな子供が大人に交じって働いてるのを見た時、衝撃だった。皆、生きるために毎日頑張ってる。それなのに、私には何も無い」
「…」
「ほら、最初にレオに会った時、何しにこの世界に来たんだって、お前なんか用無しだって言われたでしょ? …ほんとにそうだなって思ってさ」
まさしく美優は〝用無し〟だ。〝用済み〟よりタチが悪い。用済みならば一度は役に立ったということ。だが、用無しには文字通りその存在に何の意味も価値も無い。
「ごめんね、エド。愚痴ばっかりで」
「…お前は、それを見つけに来たんじゃないのか?」
美優の独白を黙って聞いていたエドヴァルドはどこか遠くを見ながら呟いた。
「え…?」
「誰だって道に迷う時がある。…俺だって常に己に問いかける。これでいいのかと。でも、いつまでも迷うわけにはいかない。俺が迷えば、他の者も迷う。だから、選ぶ。自分が最善だと信じた道を。選んだ後はもう二度と過去を振り返らずに真っ直ぐに進む。元居た世界ではそんな事考えもしなかったんだろう?それだけでもお前は前に進んでいる。その悩む時間を貰えたと思えばいい」
王子でも、迷うの?こんなに自信満々で、何の悩みもなさそうなのに。
…ううん、悩まない人なんていないよね。きっと、皆の期待に応えるべく強くあろうと常に自分に言い聞かせてきたんだよね。
本当に強いのは、王子の方だ。私でも、頑張れば強くなれる?王子のように。
「そうなのかな。それでいいのかな」
「良い。許す」
エドヴァルドの口癖に、美優は小さく噴きだした。我慢していた涙線が緩むのが分かる。
「悩め、ミユウ。そして、進め」
「ありがとう、エド…」
何気に初めて名前を呼ばれた気がする。
我慢していた涙が溢れ出すのを、エドヴァルドは眼下の光を見つめたまま見ない振りをしてくれた。そして、美優の涙が止まるまでずっと隣に居てくれた。
*****
「そういえばお前の国には漢字という文字の種類があると言っていたが、ミユウとはどういう文字なんだ?」
美優の気持ちが落ち着いたのを見計らって、エドヴァルドが尋ねる。以前、シャルルに日本のことを聞かれた時に何の気なしに話した事を覚えていてくれたらしい。
「美しいに優しいって書くんだよね。両親がそうなって欲しいと思って名付けたんだって。名前負けし
てるってよく言われる」
美優は空中に〝美優〟と漢字で書いてみせた。それがエドヴァルドに見えたかは分からない。
「美しいに優しい…か。良いご両親なのだな。その名で、お前はご両親と繋がっている。…これからも」
エドヴァルドの言葉で、もう二度と会えないだろう両親に思いを馳せ、それと同時にエドヴァルドの優しさも伝わって来て胸が苦しくなる。
それを誤魔化そうと、美優はエドヴァルドに問いを投げかけた。
「エドの名前にも何か意味が込められているの?」
「ああ。〝暁の獅子〟という意味だ。強く、人々の希望になるようにと父上が名付けた」
「暁の獅子…素敵な名前だね」
「お前の名も。今は辛いかもしれないが、お前は一人じゃない。それだけは忘れるな」
「……ありがとう」
いつもオレ様な王子が、そんな優しいこと言うなんて反則だよ。こんな時だっていうのに、ちょっとドキドキしちゃうじゃんか。
「そろそろ戻れるか? …美優」
今までとは少し違う発音で呼ばれた気がして、再び差し出された手を握りながら美優はまた泣きそうになる気持ちを隠すために少し俯いた。




