第12話 恋の始まりは微熱とともに
「ミユウ、熱でもあるんじゃねぇ?顔が赤けーし、動きもいつもより緩慢だぜ」
ルークが練兵場に現れた美優の顔を見た途端に言った。
「そう言われてみれば朝からちょっとダルいなぁ」
「どれ、見せてみな」
そう言うとルークはあろうことか美優の額に自らの額を当ててきた。
「あーっ!副隊長、ずっるい!俺もしたーい!」「職権乱用だ!」
後ろから隊員の非難めいた声が聞こえてくる。
「あの、ルーク…」
「どうした? …ん? 顔、ますます赤くなってねーか?」
「いや、これは距離が近いせいっていうか…」
いきなりのおでここっつん攻撃に驚いた美優だったが動揺のあまり言葉が尻すぼみになる。いつもだったら『何するんじゃいっ!』でパンチの一つでも繰り出す所だが、今はそんな気力が出ない。やはり熱があるのだろうか、せいぜい一歩身を引くのが限界だ。しかし、ルークは身を引いた美優の頬をガッチリと両手で固定してきた。
「動くなって。熱が計れねー。うん?やっぱ熱があるみてぇだな」
「だ、大丈夫!大丈夫だから!」
「いや、今日はもう休め。部屋まで送ってやるよ」
ルークはそう言うと、何と美優を抱きかかえた。
市場へ出掛けた時に続いて2度目の〝お姫様だっこ〟だ。途端に全隊員から次々と黄色い悲鳴や口笛が投げ掛けられる。
ちょっとちょっと、何なんだよこの二枚目は!何かって―とすぐ人のこと抱えあげてっ!
お願いだからせめておんぶとか、何だったら荷物のように肩に掛けて運んでくれないでしょーか!?
「ルーク、自分で歩けるから!」
「いいって、気にすんなよ。どうせミユウのことだ、部屋に帰るまでに転んだり階段を踏み外したりしそーじゃん。俺が運んだほうが手っ取り早いって」
いやいやいや、遠慮して言ってるわけじゃなくて、全力でお断りしたいのですが!
美優の困惑をよそに、ルークはのっしのっしと足早に歩き始めた。
一瞬で終わった前回のものとは違い、今回は長距離。ややはだけた逞しい胸の厚みを感じたり、太陽とほんのり汗の匂いがする男の匂いを嗅ぎ取ってしまったり、しかもその汗の匂いが嫌いじゃない、と思ってしまったり、更にそんな自分を変態かと思ったりと、あまりの感情のめまぐるしさに美優はさらに熱を上げた。
普段お兄ちゃんみたいに思ってたけど、ルークって大人の男性なんだなぁ、って何言ってんだ私!
これは熱のせいだ!ドキドキするのも、熱のせい!
さっきから何だ何だと好奇心に満ちた目で見てくる周りの視線もきっと私の気のせいだ!、と自分に暗示をかける。
「辛いか?」
「えっ?いや、大丈夫だよっ?」
ルークの心配そうな声に汗の匂いを嗅いでしまった後ろめたさから裏返った声で返す。
そしてルークを見上げた途端、あまりの顔の近さにまた驚く。
ルークの感触と周囲の視線から逃れるために、美優はさも重傷そうに振舞うことにした。彼の胸に顔を預けることは到底出来そうに無いので、真下へと顔を俯かせて目を閉じた。
ルークはそんな美優の気持ちには全く気付いてないようで、周囲の視線を物ともせずに颯爽と美優の部屋へと向かった。さすが近衛騎士団の副団長、決して軽くは無い美優を抱えて運んでも顔色一つ変えなかった。
部屋に着くとルークはエヴァを呼び、「医者を呼んでくる」と言って自らは部屋を出た。エヴァが美優にゆったりとした服に着替えさせていると、ルークが呼んでくれた老医師が部屋に入ってきた。
診察が終わると、ルークと医者を手配してくれたらしいシャルルが寝室に入って来る。
「ツェーザルのおっさん、ミユウの容体は?」
「ふむ。やはり熱があるようじゃな。おそらく慣れない生活で疲れが溜まったのでじゃろうな。安静にして栄養を取れば2、3日で治るじゃろうて」
「そうか。おっさんがそう言うなら安心だな!」
ルークはやっと頬を緩ませた。
「ツェーザル様は王家専属の医師でございます。英知も経験も豊富でいらっしゃいます。ツェーザル様が大丈夫と言うからにはもう安心ですよ」
シャルルもほっと一安心したようだ。
ツェーザル医師は薬草を煎じたものを毎食後飲むように言って退室した。
「たいしたことがなくて良かった」
「シャルル、王家専属のお医者様に診てもらったりして、大丈夫なの?」
「エドヴァルド王子がそうするようにと。お礼なら王子に言ってください~」
「そうする。ありがとう」
「また後で様子を見に来るから、それまでゆっくり休めよ!」
「添い寝役が欲しければいつでも呼んでくださいね~」
「うん、絶対に要らない」
美優がシャルルを冷たく引き離すと、それでこそミユウ様、と訳の分からない喜び方をされた。その後、ルークはエヴァに手厚い看護を頼み、シャルルとともに退室していった。
「少し熱が出ただけなのに皆大げさだよね。うげ、何この薬。まずー!」
ツェーザル医師がくれた薬は今まで味わったことのない味がした。はっきりいって激マズだ。美優はそれを水で喉の奥に流し込んだ。・・・後味がさらに最悪だった。
「それだけ美優さまを皆が心配しているということですわ~。美優さまがこちらの世界にいらしてからまだ日は浅いですけれども、まるでずっと前から居らっしゃったような、どこか懐かしいような、そんな気持ちにさせられているんですわ。おそらく、皆さまも」
エヴァが美優のおでこのタオルを取換えながら微笑む。
「…なんか嬉しいな。ありがとう」
エヴァ、大好きだな。元の世界に戻るとエヴァと離れ離れになってしまう。それがとても残念でならない。
「いえ。早く良くなるといいですわね」
薬の効果が表れたのだろうか、瞼が重くなってくる。
少し眠ると言うと、エヴァはまた後ほど様子を見に参りますわ、と言って退室していった。
夕方。たっぷりと睡眠を取った美優は、エヴァと執務の合間に様子を見に来てくれたシャルルと遅いアフタヌーンティーを楽しんでいた。といっても、美優はまだ食欲が湧かないので果物を絞ったジュースを飲んでいただけだが。すると、ドアがいきなりバタンと開いて弟王子が居間に入って来た。
「おい!邪魔するぞ!」
「レオナルド王子、レディの部屋に入るときはノックしましょうね~」
シャルルがやんわりたしなめると、レオナルドはふん、と鼻で笑った。
「どこにレディがいるってんだ?」
レオナルドは美優のことが余程気に入らないようで、会うたびにやれ女らしくないだの、やれもっとおしとやかになれないのかだの、文句ばかり言ってくる。嫌なら来なければいいのに、と美優は思うのだが、何かに付けて絡みにやってくるのだった。
「王子、何しに来たの?」
警戒した美優が聞くと、レオナルドは目に見えて慌て始めた。
「えっ僕が何をしに来たか…だと!?」
「あーミユウ様、それ一番聞いちゃいけないことでしょう~」
「ミユウ様は思ったことを正直に言う素敵な方ですわ」
後ろのほうでシャルルとエヴァがひそひそと囁き合う。
「えーと、そっそうだ!通りがかったら、お前が熱を出したと聞いたから、自己管理のできないマヌケを笑いに来てやったんだ!」
「あーあ、レオナルド様、それ逆効果ですよ~。素直に心配でお見舞いに来たって言えば高得点なのにー。ミユウ様の部屋ってレオナルド様の通り道じゃないしぃ」
「『そっそうだ!』って言っちゃってますしねぇ。ある意味レオナルド様も正直なお方ですわ」
またもシャルルとエヴァが後方で囁き合う。小さな声なので美優には届いていない。
「笑ってないじゃん…」
美優がツッコミを入れると、ガサリ、という音がして弟王子の手から小さな花束が落ちた。あっと叫んで弟王子がすぐに拾って後ろ手に隠したが、もう遅い。
「もしかして、お見舞いに来てくれたの?」
「ばっ!そんな訳無いじゃないか!僕は…そう、ただ、お前が変なことしないか見張りに来ただけだ!まだ完全に信用したわけじゃないからな!この花は…そこで偶然拾ったんだ。欲しいのならやってもいいが。どうせ拾ったものだからな!」
先ほどとは違う理由を赤面しながらまくしたてるレオナルドを見て、美優は思わず微笑んだ。もう、本当に素直じゃないんだから。おねーさんは全て分かってるよ、弟よ。
「熱もそんなにたいしたことないから、暇をもてあましていたんだよね。ありがとう、レオナルド王子」
「ふん、暇でうらやましいことだな」
「それで?レオナルド王子は今日は何をしてたの?巡回?それともエドと一緒?」
美優は弟王子の言葉をさらりと流して尋ねた。弟王子の仕事は主に兄の補佐。将来兄が王位を継承した時に有能な臣下に下れるようにとのことらしい。それ以外は近衛騎士団と共に市街地を巡り、保安維持に努めているようだった。
「…」
「ん?どうかした?」
「お前、兄上のことを愛称で呼んでいるのか?」
「うん。エドがそう呼んでいいって言ったから」
弟王子は何か考えるように押し黙った。また美優がエドヴァルド王子の側妃の座を狙っている、なんて変な妄想をしているのだろうか。
「…レオ」
「え、何?」
「俺のこともレオと呼べ!」
「え、いいの?」
「お前には特別に許可してやる」
レオナルド王子はそう言うとソッポを向いた。
「言った!言いましたよ!レオナルド王子。頑張りましたね~」
「甘酸っぱい青春ですわ」
「そこ!うるさいぞ!」
「どうしたの?」
「何でもない!僕は忙しいからもう行く!」
「え、レオ、さっき来たばっかりなのにもう行っちゃうの?」
「…! 今、レオって言ったか!?」
「だってレオがそう呼べって言ったじゃない。呼んだらダメだった?」
「だ、駄目じゃない!そのままでいい!また時間が出来たら暇つぶしに来てやってもいいぞ!」
「うん。待ってるね」
「!」
笑顔を向けるとさらに顔を赤くしたレオナルドは何も言わず逃げるように美優の部屋を去って行った。
「レオも顔が赤かったけど、熱でもあるんじゃないかな?」
「ミユウ様…あなたがそれを言いますか」
「レオナルド様が哀れですわ。でもそんなちょっぴり天然なところもミユウ様の良いところですわ」
二人は顔を見合わせた後、こりゃ駄目だ、とばかりに盛大にため息をついた。
夕食はまだ熱が下がらなかったため、食堂ではなく部屋で取った。お粥のような消化の良いものだったので美優は全て食べられた。食欲が戻ってきているようなので、ツェーザル医師の言う通りすぐに治りそうだ。
すぐには眠れなくて、美優は上掛けを羽織り本を読んでいた。もちろん異国語で書かれているので読んでいた、というのは正確ではない。正しくは本の挿絵を眺めていた、だ。
そのとき、窓の方からコツコツ音がした。しばらく間を置いて、もう一度同じように音がする。美優は上着を羽織ってバルコニーへと続くガラス扉を開いて顔を覗かせた。
思った通り、そこには先日木から現れた金髪碧眼の麗しい男の姿があった。
「やぁ、また会えたね、僕の子猫」
「また会えたねって、あなたが窓をノックしたんじゃない」
「そういう細かいことは言わないのが男女のルールだよ」
「男女のルールなんて知らないし。また今夜も城の警備をサボっているんでしょ」
「あぁ。そうなっているんだったね。僕のことを誰にも言わないでくれてありがとう」
男はクスリと笑い、また美優の手を持ち上げ甲に口づけようとする。美優はその手を寸前で振り払った。
「やめて。言ったらあなたが罰せられると聞いたから黙っていただけだから」
「優しいんだね、ミユウは」
「そういえば私、あなたの名前を聞いてないんだけど」
「名前なんて恋の始まりには必要ないものだよ」
「始まってない始まってない。あなたは私の名前を知っているのに私は知らないなんて、不公平じゃない」
「そんなに僕の名前が知りたいの?僕に興味が出てきたんだね?」
「名前を知らないと呼び出すことも告げ口することも出来ないからだよ」
「意地っ張りだね」
微妙に会話が成り立っていないことに美優は苛立ちを覚えた。シャルルといいこの男といい、この世界の男は人の話を聞かないのがデフォルトなのだろうか?
「それで?今日は何しに来たの?まさか私に会うためにわざわざ仕事をサボったんじゃないよね?」
埒が明かないので美優はそのまま話を続けることにした。
「そのまさか、だよ。僕の子猫。君が熱を出したって聞いてね。…これを」
そう言って男は懐から小さな包みを取り出した。途端に何とも言えない花の良い香りが鼻先をくすぐる。手元を覗くとポプリのようなレースの小物が現れた。
「これを枕元に置いて寝ると、ぐっすり眠れるよ。安眠効果がある」
「いいの?」
「僕と思って一緒に寝て。じゃあね、僕の子猫」
男はそっと美優の手のひらにポプリを置くと、美優の頬にキスを一つ落として素早く去って行った。
「ま、また…!」
頬を押さえながら相手を責めようとしたが、もうすでに男の姿は無かった。恐ろしく身のこなしの軽い男のようだった。美優は受け取った物を見つめる。
「ま、せっかく貰ったしね…」
美優はもう一度辺りを見回すと、諦めたように部屋の中へと戻って行った。
はい、恋が始まったのはレオナルドの方でした(笑)
嫌い嫌いも好きのうち、ですね。
裏話的小話を一つ。弟王子視点です。↓
―――思えば、初めから気に入らなかった。
粗野な口調、繊細さの欠片もない動作。
突然現れたあいつは、常に周囲の者を巻き込み騒動を引き起こす。迷惑極まりない、異世界からの闖入者。
それなのに、何故だろう。
―――あいつの存在が気になって仕方がないのは。
こんなやつ、知らない。
周りの奴らは常にへりくだった愛想笑い。兄上と比べて全ての面において劣る僕を心の中で笑っているのが手に取るように分かる。
それなのに、お前は、
何故、そんなに屈託なく笑う事が出来るんだ?
あいつの笑顔が僕に向けられると、自分の感情が揺れる。
そして、何故、僕は逸る気持ちであいつの部屋に花を持って向かっているのだろうか。
・・・こんなことは初めてだ。
あいつの正体を突き止めなければ。
そして確かめなければならない。この沸き上がる感情が、何なのかを。
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いかがでしたでしょうか?
次回更新は2日後くらいになると思います。




