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第10話 フェロモンは垂れ流すためにある

「ルーク、剣術を教えてくれないかな?」


 美優は畑の手入れをしながらルークに話しかけた。今日は執務で抜け出せない兄王子(エドヴァルド)の代わりにルークが手伝いに来ていた。


「どうしたんだよ、急に」


「だってさ、この前市場でひと悶着あったでしょ?」


「あー。ミユウがエドヴァルドにこってり絞られたヤツな」


「うっ!まぁ、そうだけど…」


 そう。先日市場へ行った日の帰り道。美優は城に帰るまでの間、馬車の中でずっとお説教されていたのだ。言葉少なに、だけど無言の圧力をひしひしと感じさせるそのお説教は、かなり厳しい物があった。

どれだけ人に迷惑をかければ気が済むんだ。

今回は相手がヘタレだったから良いものの、弱いくせに無茶をするな。

そういった事を永遠と聞かされた美優が導き出した結論。それは、


「要はさ、私が実力をつければ問題ないってことだよね?」


「そう来たか」


 ルークはあちゃぁ、とでも言いたげな表情を浮かべた。


「じゃあ、具体的にどんなのがやりてぇんだ?」


「えーと、短剣かな。服に隠せるくらいの」


 竹刀なら慣れているが、その長さの剣となると重量もハンパ無い。美優にはそれを振り回す自信が無かった。でも、短剣なら力よりも素早さが物を言う。そして、互いの実力に差が在った場合は不意打ちを狙うしかない。例えば、丸腰に見せかけて油断を誘うような。


「暗器か…それは面白ぇな」


 ルークはニヤリと笑って了承の意を表した。


「まあ、最初は体力づくりからだけどな。ミユウに合いそうな短剣を探しておくよ」


「やたっ!」


「そうと決まれば早いとこ野菜を運んじまおーぜ。そんで走り込みからな」


「はいっ!師匠!」


 美優は嬉しさで籠を二つ抱えて転びそうになり、ルークが慌てて受け止めた。





「ミユウ、脇が甘ぇっ!」


「はいっ!」


 ルークに言われた通りに足に力を込め、守備態勢を整えつつ短剣を繰り出す。ルークが華麗に操っている剣も刃を潰している練習用の刀だったが、それを受けると痺れそうになるくらいの衝撃が腕に伝わってくる。


「もっと踏み込め!」


「はいっ! …あぁっ!」


 あと少しでルークの体に剣が触れる、という所で美優の短剣がはじかれて空を舞う。


「よし、今日はここまで!」


「はい、ありがとうございました!」


 短剣を拾い、美優はルークに礼をした。


「姫さん、タオルをどーぞっ!」

「あぁっ! 俺が渡そうと思ってたのにぃ」

「何だぁ? 姫さん、これっくらいでバテてんのか?気合が足りんぞ、気合が!」


 騎士団の男どもが我先にと美優にタオルを差しだす。

美優が訓練と称してこの近衛騎士団の訓練所に通うようになって早三日。騎士団という洗練されたイメージとは真逆のむくつけき男の集団に最初はビックリしたものの、今ではすっかり馴染んできた気がする。

 騎士団には貴族の子弟が多いものだが、近衛騎士団は身分に囚われず完全な実力主義で選ばれる精鋭陣らしい。貴賎問わず選んだ結果、こういった上品とは程遠い連中が集まったのだとか。

 騎士とは思えない、あどけなさを残した少年から、筋肉隆々のおっさんまで、ありとあらゆる人種を集めました、といった感じである。濃い。とにかく濃い。

 そいつらが全員、自分のことを姫さんと呼ぶ居心地の悪さといったら。まだ姐さんと呼ばれないだけマシだと思うしかなかった。


「なかなか様になって来たな、ミユウ」


「いや~まだまだ。全然上達しなくてくやしいよ」


「その気持ちが大事なんだぜ。ま、頑張んな」


 ルークが美優の頭をポンっと叩いた時だった。


「…何をしている?」


 後ろから尋常じゃない冷気を漂わせて現れたのは、他でもないエドヴァルドだった。周りで同様に訓練をする騎士団メンバーもいつのまにか直立で敬礼している。


「エ、エド…」


「あ~見つかっちゃったか!」


「ルーク、説明しろ」


「私が頼んだの!この前のあれ、すごく反省したんだ。実力も無いのに無謀なことしちゃったなって。だから、ルークに剣術を教えてもらってたの」


「あれは鍛えろって意味で言ったんじゃないんだが」


「だって、弱いのは嫌だもの。私も一緒に戦いたい。力が欲しいの。皆を、守りたいから」


 美優の真剣な言葉を聞いて、エドヴァルドの表情が変わる。今まで見えなかったものが見えた、そんな風な驚きの表情を浮かべていた。


「…ふん、まぁいいだろう」


「エド…!」


「良かったな、ミユウ!」


 エドヴァルドの許可が出たことに、ルークと手のひらを合わせて喜ぶ美優。



「ところで、何でここにいるの?」


「…知らなかったのか?」


「…? 何を?」


「この騎士団の団長は、俺だ」


「え…えぇぇぇーっ?」


 美優の素っ頓狂な叫び声が、青空のもとにこだました。


「王子なのに何で騎士団に?」


「王を守るためだ。王子と言えども俺も臣下だからな」


「ちょっと待って。ルーク、近衛騎士団は完全実力主義だって言ってたよね? ってことはもしかして…?」


「そう、エドヴァルドは俺よりも強えーぜ?」


「だって、あの時…」


 美優はエドヴァルドとの最初の出会いを思い出していた。あの時、エドヴァルドは他国の間者だと勘違いして美優に切りかかって来た。間一髪で助かったものの、逆にいえば美優が避け切れるぐらいの実力しかないと思っていた。


「そんなの、手加減されたに決まってんじゃん。さすがにエドヴァルドも女に本気で切りかかるようなことはしないって」


「マジかー」


 美優が自分のことを侮っていたことが分かったのだろう、エドヴァルドは腰に差した剣に手を当てて薄く笑った。完全に悪役の顔だ。美優は嫌な予感がして、一歩下がる。


「お前がどれだけ進歩したのか見極めてやる。剣を取れ」


「そ、そんなぁ~…」


 美優の特訓は、当分終わりそうになかった。




*****


「え、お茶会?」


 紅茶を飲みつつ、お菓子を頬張っていた美優はエヴァの言葉にぎょっとした。畑仕事と剣の特訓をこなしているせいか、毎日これでもかと食べても食べてもまだお腹がすく。


「はい。ミユウ様がこちらの世界に来ていることは、もう国中が知っているのですわ。新聞にも載ってしまいましたし。それで、貴族のご令嬢たちがぜひともミユウ様に会いたいとのことですの」


「えぇ~」


「気が向きませんか?」


「だってアレでしょ、どうせ貴族のご令嬢って皆気位が高くて上品なんでしょ?私、庶民だもの。場違いすぎるよ」


「いいえ、ミユウ様は巫女姫様ですもの。王族に近い(くらい)をお持ちでいらっしゃるんですよ」


「えぇー?」


「ですから、ご令嬢たちも決して失礼なことは言われないと思いますわ。…多分」


「今、多分って言った~!」


「実はですね、ミユウ様がエドヴァルド王子、またはレオナルド王子どちらかの妃になるのではないかという噂もありまして…それで…」


「ご令嬢たちが噂の真相を確かめに来るってこと!?」


「そうなりますわね…」


「ひー! それ怖すぎるんだけど!」


 たくさんのご令嬢に囲まれてイビられる自分の姿を想像して、美優はげんなりした。


「ですが、お断りすると余計に騒ぎが大きくなるかと思いますわ」


「…分かった、やるよ。出来るだけ穏便に暮らしたいからね…」


「ミユウ様、ファイトですわ…!」


 エヴァに声援を送られ、美優はテーブルに倒れ込んだ。






「どのような方なのかしら、巫女姫様って」


「それが、噂によると髪も瞳も真っ黒なんですって」


「やだー、怖いわね」


「しかも、異世界からいらっしゃったんでしょ。きっと怪物みたいな方よ」


 来賓用のティールームに集まった貴族のご令嬢は、エヴァや他のメイドがすぐ傍でお茶の用意をしているにも関わらず、美優の悪口を言っていた。基本、メイドのことは空気のようだと思っているのだ。エヴァは今すぐにでも反論したい気持ちをぐっと抑えた。すると、入口のドアがバタンと音を立て、凛々しい殿方が姿を現した。


「ようこそいらっしゃいました、お譲さま方」


 ティールームに颯爽と登場した殿方は、驚く面々に朗らかな笑みを投げかけた。


「あ、あなたは…?」


 ご令嬢方は、殿方を凝視したまま固まっている。その男は一番近くに居た栗色の髪と赤い瞳の少女の手を取り、熱い視線を送った。


「私が異世界より参りました、美優と申します。…あなたがエルセン公爵家のアメリア様ですね。何て美しい瞳なんでしょう。あまりの輝きに吸い込まれてしまいそうです」


「まぁ…」


 アメリア嬢は頬を染めて美優を見上げた。仕上げに手の甲にキスを落とすと、はぅっと叫んでソファに崩れ落ちる。美優はその隣のご令嬢に向き直る。


「そしてあなたがダルカン伯爵家のマデラ様。その絹のような金の髪、本当に天使のようですね。触れたくて仕方がないのですが、よろしいでしょうか」


「あら…」


 真っ赤な顔で頷くマデラ嬢の髪をそっと掬いあげ、美優はそこに口付けた。そして見上げて甘い頬笑みを浮かべると、マデラ嬢も奇声を上げて倒れ込む。


「そしてあなたがマクスウェール侯爵家のキャスリー様。何ということでしょう。私はあなたのようなかわいらしい唇の方に出会ったことがありません。思わず口づけしてしまいそうです」


「何てこと…」


 キャスリー嬢は美優が顔を近づけただけでパッタリと気絶してしまった。

必殺、アンドレア王子の口説き攻撃。アンドレア王子とは、美優が中学の頃、文化祭の劇で演じた王子の名前だ。これが常に姫に対して甘い言葉を吐き続ける男で、こんな男のどこがいいんだろうかと真剣に悩んだことがあるが、効果は絶大なようだ。先程まで美優を快く思っていなかったご令嬢方が、今では美優の虜になっていた。今日ほど自分が男顔でよかった思ったことは無い。


「そうなんです、訳が分からないままこちらの世界に来てしまって、途方に暮れているんです。何故か王子殿下達との結婚話の噂まで出てしまって…根も葉もない噂なんですよ」


「まぁ、御苦労なさってますのね」

「私共がそんな噂消して差し上げますわ」

「私達はあなたの味方よ、ミユウ様!」


 美優がしおらしく身の上を語ると、ご令嬢は口々に慰めながら我先にと手を握って来た。かなり積極的な方たちらしい。

 その後、ご令嬢方は美優を取り合うような形でお茶会を楽しみ、そしてお開きとなった。全員が名残惜しそうにして次は私の家でお茶会を、いえ、私の家で…!と次回のお茶会の開催について必死になりつつ、付添人と一緒に帰っていった。




「ミユウ様、(わたくし)、感服いたしましたわ…」


 まるで劇を見ているようで…とエヴァは感嘆の吐息を漏らした。美優は得意げに鼻を擦る。


「なーに、これくらい朝飯前よ。敵は対立するんじゃなく、取り込めばいーの。これで変な噂も消えるだろうし、一石二鳥じゃない?」


 はっはっはー、と美優はやり遂げたと言う充実感で高笑いした。


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