第1話 召喚者、現ル
―――その時、世界に光が満ちた。
空の彼方がきらりと光ったかと思うと、またたく間に視界を奪う。
ある者は隕石かと目を凝らし、またある者は他国の攻撃かと身構え、そしてまたある者は世界の終わりかと祈りを捧げる。
その光は永遠に続くかと思われたが、現れた時と同じように突然に収縮して消え去った。
人々はその光を茫然として見つめ、その光が消えてもしばらくの間空を見上げ続けた。
そして、ふと我に返って何事も無かったかのように再び動き始める。
世界に音が戻って来る。
誰も今起こったことを口には出さない。
だが、人々の胸の中はざわめいていた。
時が、満ちたのだと―――。
*****
キラキラッ。
振り返った途端に相手の髪に太陽の日が当たり、その眩さに美優は目をすがめた。
「大丈夫ですか~?」
すると目の前には月の神様のような神々しい美しさの男がいて、その男が驚いた顔でこちらの顔を覗きこんでいた。
話しかけて来た男は、おそらく20代中盤くらいの年齢。銀色の絹糸のような肩までのまっすぐな髪、そして切れ長の紫水晶の瞳。ともすれば女性と見まごうばかりの、完全無欠の美貌。スラリとした肢体には刺繍たっぷりの、膝丈のフロックコートのような濃紫の上着、細身のパンツと膝丈ブーツ。前を開けた上着から、同系色のベストが覗いている。
何でこんな所に外人?しかも、何でこんな流暢に日本語しゃべってるの?しかも、どっかのお貴族様みたいなキテレツな恰好。……これ、映画かなんかの撮影?
そう思って美優は周囲を確認したが、カメラらしき物は確認出来なかった。
それとも、私、夢でも見てる?今まで全く興味が無いと思ってたけど、実は私ってイケメンな外人が好きだったのかも?
夢だと思い込もうと努力したけれど、リアルタイムに感じる打撲の痛みがこれは夢ではないと教えてくれる。
地べたに座り込んでポカンと相手を見上げていた美優だったが、自分の体勢に気付いて慌てて立ち上がった。
危ない、もう少しでパンツ見られる所だった……っていうか、空から落ちてくる時絶対見られたよね、ってそんなことはどうでも良くて! いや、良くは無いけど!
「わ、もしかして成功しちゃいました~?」
「……は?」
たっぷり見つめ合った後で、先に銀髪の男が口を聞いたが、喋った言葉の意味が分らない。
何がだ。何が成功したんだ。主語を付けなさい!
「その髪と瞳の色。間違いないですね~」
私のことを舐めまわすように見た銀髪が満足げに何度も頷く。
「だから、何が。あんた誰よ」
失礼な態度をとる怪しげな外人に、私の警戒レベルは頂点に達しているため、私はなるべく低い声で威圧しながら問いかけた。心の中ではすでにファイティングポーズ。
「申し遅れました、私、シャルル・クラヴィリィと申します。どうぞ、シャルルとお呼びください~」
「いや、だから、名前じゃなくてさ…」
もっと他に何か言うこと無いの?
空から人が降って来たんだよ?もっと仰天してもおかしくないでしょ。
あまりの会話の成り立たなさに、美優は思わず脱力して肩を落とした。墜落時の強風のせいで後ろへ流れていた短い髪が頬に落ちる。足もとに目を落とすと、円形の図形のような模様と英語ではない不思議な文字が描かれていた。…何だろう、これ。
「…聞きたいことは山ほどあるんだけど、まず、ここどこ?」
「はい。ここはダンフィオール国のレネーアの森にある祈りの塔です~」
ナニソレ。そんな所、聞いたことないんだけど。
私が知らないだけかもしれないと思い、違う質問をぶつけてみる。
「どうして私がここにいるのか、分かる?」
「それは、私がお呼びしたからです~」
「はぁ?」
呼ばれた記憶は無いし、そもそも私はどうして学園にいた自分がいつの間にかここにいるのか聞きたかったんだけど。
頭の中がはてなマークでいっぱいになっているとシャルルと名乗った男が口元に手をやり、くすりと笑った。
「混乱されるのも無理ないですね。では、今度はこちらから質問してもよろしいですか~?」
「う、うん」
「ではまず、貴女のお名前は?」
そこで私は自分がまだ名乗っていないことに気付いた。見るからに怪しい男だが、名前ぐらいは教えても良いだろう、と判断する。
「……霧里美優」
「キリサトミユウ様。何とお呼びすれば?」
「……美優でいい」
「ミユウ様、ですね。かわいいお名前ですね~」
「あ、ありがと……う……?」
のんびりした空気に毒気を抜かれて、美優はついお礼を言ってしまった。
「それで、ご出身はどちらですか?」
「東京だけど……あ、国ってこと?見ての通り、生まれも育ちも日本」
美優は一度も染色したことのない真っ黒な髪と瞳を指で示す。
髪が短いのはくせっ毛だからというのと、男顔だからロングが似合わない、と言う悲しい理由がある。
「なるほどなるほど」
シャルルは腕組みしながら目を閉じて何度も頷いた。そして何と言ったらいいのか、とでも言うような思案顔を浮かべ、頬をポリポリと掻く。
「あの、非常に申し上げにくいのですが……」
「何?」
「ミユウ様、あなた……今、異世界に来ておられるのですよ」
「…………はあっ!?」
あまりの突拍子もない相手の言葉に、美優はたっぷり沈黙したあとで思わず大音量で叫んでしまった。どこかの山にでも反響したのか、自分の声がやまびこになって何度もこだまする。
何言ってんの、この人。頭沸いてんじゃないの?最近、変なのが増えて来てるもんね…春だし。
「驚きますよね~。私もです~。まさか本当に来ちゃうなんて」
「本当に来ちゃうなんて?」
「そう、私がミユウ様をお呼びしたんです~。この魔法陣を使って」
シャルルは足もとにある図形を指さす。
あ、これ魔法陣だったのか。そういえば映画でこんな図形を見たことがある。あれは確か、黒魔術で魔物を使い魔にするために呼び出すゴシックホラーだった。使い魔の魔力が強すぎたから制御できなくなって結局魔法使いの方が食べられちゃったっけ。
え、コレがその、アレなんですか!?
「いえね、この前城の書庫の整理をしていたら、古代の魔導書が見つかりましてね。そこに異なる世界の者を召喚する魔法陣の記載がありまして。興味があったんで、やってみたんですよ~」
興味があったんで、やってみました、だあ??軽い、軽すぎるよ、この人!
そう言われて目をやると、シャルルは左手にいかにも年代物のボッロボロな本を持っている。
「見たことも無い陣だったんで、不安だったんですよね~。しかもインクが薄くなっている部分があって。ま、そこは適当に描いたんですけどね。良かったです、体の一部だけ召喚、なんてことにならなくて。はっはっは」
コイツ、爽やかな笑顔で今何て言った!?恐ろしいよ、その笑顔っ!
「わーすごいな~。まさか本当に成功するとは」
混乱している美優をよそに、その男は嬉しそうに魔法陣の周りをぐるぐると回る。
「ほんとに我々と同じ人間ですか?血は赤いですか?」
「……」
「う~ん、見た目だけじゃ分らないな。ちょっと脱いでもらえます?」
シャルルが私の真新しい制服のスカートに手を伸ばした、その瞬間。
「なんでだっ!!」
イケメンの顔を殴っちゃいけないんじゃないか、という心の迷いは一切無かった。
痴漢は撲滅!社会のゴミ!
美優がありったけの力を注ぎこんで突き上げた拳は、見事、シャルルの頬に炸裂した。