第三話「風の刃に隠されし過去」・1
「そ、葬羅…。ぐっ!」
爪牙は何とか腹から武器を取り除いた。
「ふははは、どうだ苦しいであろう? その苦しみが我の苦しみ…謂わばスピリット軍団の苦しみだ!」
その言葉を聞いて爪牙は腹を押さえながら訊いた。
「一体どういうことだ?」
爪牙の質問にスカルは一瞬黙ったが何を思ってか重苦しい雰囲気で話し出した。
「あれは随分前の事……主ら十二属性戦士の先代五代目十二属性戦士の時代…。あの時、国は凄まじく戦力に満ち溢れ殺し合いが続いていた。我々スピリット軍団はその頃まだ小さな小規模の軍隊だった。そんなある日の事――いつものように戦いが続く中我々小規模の軍団に悲惨な事件が起こった。謎のスパイが我々を襲ってきたのだ。それに驚いた我々はなかなか戦いに集中することが出来ず、数々の仲間が死んでいった。そして、そのスパイの発信源があの有名な平和な国『夢鏡国』からの刺客だということが後になって分かった。それに恨みを持った我々は夢鏡国を襲った。そこで闘った相手……それが十二属性戦士だったのだ。我々は疲労により疲弊しながらも、何とか相手と相討ちになるところまで攻め落とすことが出来た。だが、我々のボスを何者かが殺しおったのだ。恐らく十二属性戦士の誰かであることは間違いない――我々はそう思う他なかった。そして我々は頭を失った蛇同様あえなく降参し、全員首を切り落とされた。あっというまの出来事だった。こうしてこの世に恨みを持つ闇の者として生きてきた我々は死んで死霊となって冥霊族に迎えられた。やがて我々はスピリット軍団を完成させた。だが、完成と同時に我々は既に死んでいる。もう再びこの世に姿を現すことは叶わない。誰もがそう思った。しかし、それは違った。大いなる力が我々の魂を地獄の底から救ってくださったのだ。それこそスピリット軍団の幹部に値する『闇魔法結社』という組織だ!」
その長い話にウトウトして眠りかけていた爪牙がある言葉を耳にした瞬間覚醒する。心当たりのある部分があったのだ。『闇魔法結社』という組織の名前――その組織名が夢鏡城でハンセム博士が言ってた言葉に含まれていたのをふと思い出したのだ。
――そういえば博士が……《大昔に滅んだ小七カ国の各国の王を筆頭とした七人と、それをまとめあげる一人のリーダーがいて、そのリーダーによって『セブンズクラウン』という組織が誕生した。やがてその組織はリーダーを失ったことで壊滅状態になり、それを秘密結社クロノスに引き取られた。それからそのクロノスの中で頭角を現した七人は科学的な面から魔術に研究するようになり“闇魔法結社”という組織へと変化した》的なことを言ってやがったな…。
と爪牙が頭の中で考えていると、その間にもスモーキング=スカルの話はどんどん先へ進んでいた。
「――……そして、我々が再びこの世に蘇った時には案の定ボスは生きていなかった…。風の噂によれば、ボスはあの後別の場所で火葬されたそうだ。我々は物凄く悲しくなった…。せっかくこの世に蘇ることが出来たというのに、一生死なない不死身の体を手に入れたのに、まさか肝心なボスがいないとは…。そんなことを思うと、誰一人として蘇ったことを喜ぶ者はいなかった。しかし、それはすぐになくなった。なぜなら、その後すぐさま新しいボスと三兄弟が現れたからだ。それがスピリット一家。その父親が、二代目スピリット軍団のボス『オルバスト=ラドス=スピリット』だった。そして、昔五代目十二属性戦士と戦っていた際には部隊の隊士であった三人。現在そのスピリット軍団のリーダーを務めているのが三兄弟の長男である『ミロカルト=デイリー=スピリット』。主らもやがては戦うことになるだろうが、三人の中で次に産まれた双子の兄で次男である第一部隊隊長『エイル=コルム=スピリット』。そして双子の弟で三男である第一部隊副隊長『ヴェント=カリム=スピリット』。この三人が現れたことによってスピリット軍団はどんどん変わっていった。こうして、様々な意思を持つスピリット軍団が誕生したというわけだ…」
長いスピリット軍団の誕生話が終わり、爪牙はズキズキと痛む傷を抑えながらずっと何かを考えていた。そして彼はついに動き出した。
「お前が何を思ってるかは知らねぇが、俺達だってな……大切な仲間を助けなきゃいけねぇんだッ!!」
爪牙は叫び声と共に相手に向かって突っ込んで行った。すると、その行動を予測していたが如くスカルはニヤリと笑い何処からともなく大きな壺を取り出した。
「スカル=ボックス!」
そう言って出てきたその壺は、やけにずっしりとした風貌を持ち、名前の通り壺には骨の装飾が施されていた。スカルは目を光らせ手を頭上に掲げた。
「くらえ!」
彼は何かを手に出現させ、それを勢いよく水の中にどんどん入れていった。やがて、ただの水が変色していき、ついには真っ黒になってしまった。
最後の仕上げにとスカルはここぞとばかりに黒い球体を取り出した。それはカルバスを殺した時に出現し、肉体から何やらすべてを吸い取っていったアレだったのだ。
「甦れ! 骸幻術『蘇生せし屍人』!!」
その声と共に壺がガタガタと揺れて亀裂が入り、割れると同時に邪悪なオーラに包まれたカルバスがどす黒い炎を口から吐き出しながらその姿を現した。
「くそ、てめぇ~! 死者を弄ぶんじゃねぇエエエエェェェエエッ!!」
爪牙は過去のあることを思い出し、怒りに身を任せて力いっぱいにハンマーを振り下ろした。
「くらえ! 『巨大な大地の震え』!!」
凄まじい攻撃がカルバスの体を地面に叩きつけバラバラに粉砕させた。さらに、その威力は収まることを知らず、地面に大量の亀裂が入ってハンマーを打ち付けた部分のみがヘコんでいた。
舞い上がる砂埃が収まるとスカルの術が解けてカルバスの体は再び骸と化していた。
と、その時、先程の爪牙の攻撃の衝撃波を受けたせいか、スカルの仮面が割れ彼は慌てて顔を抑えた。仮面の破片が目にでも入ったのだろうか?
「うっ、うぅ…! おのれ……覚えておれッ! 必ず…、必ず十二属性戦士とこのスピリット軍団を滅ぼしてくれようぞッ!!」
スカルのその最後の一言に爪牙は引っかかりながらも、その場から姿を消した敵を追いかけることは出来なかった。側に居た葬羅をひとりきりにさせる訳にはいかなかったのだ。すると、葬羅にかかっていた幻術が解け意識を取り戻した。
「はっ!? 私は今まで何を――あっ! 爪牙さん、どうしたんですかその傷!?」
「……てめぇにやられたんだよ!!」
「えぇ~っ、すみません! ごめんなさい!! 今すぐ治療しますから!!」
葬羅は申し訳なさそうに何度もペコリペコリ謝罪して慌てて爪牙の傷を治療した。
「……すまねぇな」
「いいえ、とんでもありません! 私が悪いんですからっ!!」
自分が全面的に悪いのに何故か爪牙に謝られ、葬羅は慌てて自分より一つ上の彼の傷を治そうとに両手に魔力を集中させ、猛スピードでその傷を完治させた。
「すげぇ……もう治った!」
その完治スピードには爪牙も驚愕せざるを得なかった。どうやら、葬羅もきちんと修行を積んできたということはこの回復スピードで理解出来る。
「ふぅ…よかったです!!」
「あっ、それと…これ、おめぇのパワーストーンだ!」
額の汗を拭って大事に至らなかったことに心底安心している葬羅を見て、爪牙は葬羅に先ほど拾ったパワーストーンの半分を手渡した。
「わぁ! わざわざ手に入れてくださったんですね! ありがとうございます!!」
パワーストーンを大事そうに胸の前で握りしめて満面の笑みでお礼を言われ、爪牙は少し嬉しくなって頬をかいた。
そして、照れ隠しの様にそそくさと準備を整えるとその場に立ち上がり言った。
「よしッ! さっさと先に進もうぜ!!」
先陣を切って熱帯雨林の一室を抜ける爪牙の後をにこやかな笑みを浮かべて葬羅がついていった。
こうして、葬羅は半分のパワーストーンを手に入れたのだった……。
――▽▲▽――
その頃照火と楓はフィニアンを倒して上の階段を目指して進んでいた。しかし、戦いの最中に楓が気絶してしまったため、今現在楓は照火に背負われている状態である。
と、その時、ふと楓が目を覚ました。
「う……うぅ、ここは?」
寝起きでまだ寝ぼけている彼女は眠り眼をさすりながら今の自分の状況を確認する。すると、楓の声に照火が答えた。
「スピリット軍団の基地の二階だ……それで今、小さな塔から怪しい魔力を感じたからそこに向かってる…」
その言葉を聞いて楓はおぶられながら照火の言う魔力を感知した。その魔力を読み取り何かに気づいたのか楓はハッとなって眼を見開く。そして、今自分が背負われていることを改めて確認して少し恥ずかしくなった彼女は、少し頬を赤らめながら照火に頼んだ。
「ねぇ……おろしてくれない?」
「ん? あっ、ああ……」
言われるがままに楓をおろした照火は一旦塔のハシゴの手前で止まり上を見上げた。
「先に上って…」
何故か少しムスッとした表情で言われ、照火はなぜ自分が先に上に上がらないといけないのだろうかと不思議に訝しげに思いつつ、渋々ハシゴを一番上まで登って行った。それを見届けた後、楓もその後に続く。そして、彼女はハシゴをあがりながらふと心の中で思った。
――この魔力の波長……そして、この嫌な空気……間違いないっ!
楓は何かを確信し、眉をキッと上げて真剣な目つきになった。
――▽▲▽――
その頃、菫と残雪は一階で戦いの休憩を取っていた。
と、その時、突然地響きが聞こえてきた。何事かと周りを見ると、毒の沼がブクブクと泡を立てながら溢れ出した。
「一体どうなってるんスか?」
残雪が慌てふためきつつも奥の扉に駆けだした。菫も毒の沼を睨み付け後に着いて行った。
「どうやらこれは毒の沼が溢れてるんじゃなくてこの一階自体が下に沈んでるみたい……」
「沈降ってことッスか?」
「おそらく…」
菫が扉を厳重に閉め、開かないようにして階段を上がりながら言った。
「でも、どうして急に?」
「分からない……でも、これは自然的なものじゃなく意図的にやってることだと私は思ってる。じゃないと、あまりにも不自然すぎるわ…」
階段を駆け上がりながら菫が義弟である残雪に言った。そして、何とか二階に到着して二人は無事、毒の沼に飲み込まれずに済んだ。しかし、せっかく回復した体力も今ので使い果たし再び二人はその場に座り込んだ。
――▽▲▽――
再び照火達…。二人は、ハシゴを登り切り、少し広い塔の頂上の部屋にいた。すると、聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「待っていたぞ風属性戦士…」
その声は夢鏡城にいたスピリット軍団の第一部隊隊長『エイル=コルム=スピリット』だった。
「どうしてここに?」
魔力の正体はこいつだったのかと思いながら照火が訊いた。すると、もったいぶる事なくエイルは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「な~に、ここで待っていれば恐らく風属性戦士が来るだろうと思ってな…」
そう言って、エイルは腕から鎖で繋がった大きなトゲつきのヨーヨーらしき武器を取り出した。
そのヨーヨーの様な武器は案外重いのか、地面とぶつかるとゴツンと鈍い音がした。
「これは、どんな物も切り裂くことのできる特殊な超合金で出来ている。さぁ、これを躱す事は出来るかな? 風属性戦士…」
エイルは巨大ヨーヨーを器用に使いこなしながら回し風属性戦士――楓を挑発する。それを見た照火は武器を構え攻撃した。
「うらぁああああッ!!!」
「俺が用があるのは貴様ではないッ!!」
エイルは攻撃を仕掛けてくる照火の攻撃をあっさり受け止め、鎧の篭手をつけた手で照火の頭を鷲掴みにすると、大きく振り上げて瞬時に地面に叩きつけた。
「ぐはッ!!」
照火は体に流れる凄まじい衝撃波を感じた。こみ上げてくる物をその場に吐き出し突っ伏す。そこへダメ押しの様にエイルはヨーヨーで攻撃した。
「ぐぁああァアアァぁああアぁッ!!!?」
ギュインギュインと嫌な金属音が立てられながらヨーヨーが照火の体に回転しながらのしかかり、彼は体を後ろに反らしながら叫んだ。ヨーヨーについているトゲが体を抉り、照火は一瞬にして瀕死状態に陥った。そしてあまりにもの連続攻撃により照火は失神してしまった。
「照火っ!」
これがスピリット軍団の第一部隊隊長の実力なのかと内心で震えながらも楓は仲間の名前を叫び、駆け寄ろうとする。しかし、その行く手をエイルが阻んだ。
「待て、風属性戦士! いや、旋斬楓ッ!!」
エイルの言葉に楓は驚いた。名乗ったこともない自分の名前を、しかも苗字まで知られていたからだ。そのことに焦りながら楓は相手に訊いた。
「どうして私の名前を知ってるの?」
その質問に、無言でエイルは攻撃を仕掛けた。
「なっ…急に何するの!!」
ギリギリでそれを躱す楓だったが、彼女が先ほどまで居たその場所は地面が抉られていた。もしも自分があの場に居たら……そう思うだけで身震いがする。楓は不意打ちとも言えなくもない攻撃に相手へ向かって文句を言った。しかし、エイルはただ一言こう言うだけだった。
「俺はお前を試しているのだ! ライバルにふさわしいかどうかをな……。あいつのように……」
その“あいつ”という言葉に楓はずっと引っかかっていた。
――あの男は一体誰の事を話しているの?
そんなことを考えながらついに楓は武器を取り出し敵の攻撃を防ぎだした。
「そうだ! その調子だ!! 俺にお前の本当の力を見せてみろッ! 風属性戦士としての本性を俺に見せつけるのだ!」
まるで強制するかのようにエイルはヨーヨーで何度も楓に攻撃し続けた。その単調の様でそうでない攻撃パターンには楓も苦戦を強いられる。おまけに、相手が動いたとしてもそれとヨーヨーの攻撃方向が連動しているわけではないので尚タチが悪い。
「くっ! このままじゃ埒が明かない…」
敵の攻撃をだんだんと避けきれなくなりだしたその時、急にエイルが口を開いた。
「どうした、いつものようにその薙刀を二つに分けて二刀流で攻撃したらどうだ?」
その言葉にまたもや楓は驚かされた。相手が知るわけがないことを何故か相手は既に知っているからだ。
「どうして、どうして私の事をそこまで知っているの?」
楓の質問にようやくエイルが答えた。
「それは、お前の母親と関係がある…ッ」
そう言ってエイルは両手を強く握りしめ本気パワーを出し始めた。
――くっ、こいつ……まだこんなに力が残っていたなんて。力じゃ、こいつに勝つことはできない!
心の中でそう確信していた時、ふと頭に何かがよぎった。
《楓……あなたは風。風のように自由気ままに自然を生きていく…》
それは誰かの声だった。しかし、楓はその声をどこかで聞いたことがあるように感じた。
しかしそれが聞こえた所で打開策へは展じない。
「一体どうすれば…」
彼女が相手の魔力を身に感じながら考えていると、ふといいアイデアを思い付いた。
――そうか…! 力じゃダメでも魔法で攻撃すれば……。
楓は防戦一方の方法を一旦止めて相手とある程度の間合いを取った。
「ふんっ、何をするつもりか知らないが、所詮は無駄な足掻きだッ!!」
エイルがふんと鼻で笑い攻撃を継続する。しかし、敵の嫌味地味たセリフに逆に口元に笑みを浮かべた楓は少し首を傾げながら言った。
「それはどうかしら? くらえ、『風竜の塵刃』!!」
魔力を究極に練りこんだその攻撃は、周りの空気を自分の風に巻き込ませ、どんどん巨大化し竜の様な形になるとそのままエイルの体を飲み込み、その中で幾つもの塵状の刃を幾重にもさせた代物で相手をズタズタに切り刻んだ。
「ぐぅ……ッ、こ……これは、あいつの技!?」
エイルは不意を突かれ楓の攻撃をモロに受けてしまった。
「ぐわぁああアァあああああァアああッ!!!」
体中を無数の風の刃に切り刻まれ、エイルは右腕をもぎ取られてその場に仰向けに叩きつけられた。その場から少し離れた所にもぎ取られた右腕も落下して変な方向に曲がった状態で静止する。
「ぐあッ!!」
体中を痛みが激痛となって駆け巡る。
「くそ…、さすがはあいつの娘と言ったところか……」
エイルの言葉をようやく理解した楓は口を開いた。
「…まさか、あなたがさっきから言ってた“あいつ”って、私のお母さんのこと?」
楓の言葉にエイルは天井に目を向けたまま、ピクッと眉毛を動かした。そして、彼は吐血しながら言った。
「…そ、その通りだ。よく分かったな、楓。実はな……お前の母親、五代目十二属性戦士『旋斬 凪』とは幼い頃からの古いライバルでな…。ロムレス学園の初等部の頃も毎日一位、二位を争う仲だったんだ…。そして、そんな奴とも卒業して別れ、再び会ったのが同じ学園の中等部だった。結局その後もあいつと離れることはなく高等部も同じクラスだった。あいつは、相変わらず俺とのいいライバルだったが、そんなやつにも一つだけ弱点があった。それが“高所恐怖症”…。俺は、やつと闘う度にその弱点を突き、戦闘場所を高い山などにした。すると、戦う度にあいつは弱音を吐いて泣き言を言った。俺は弱点を持ちながら俺と互角の成績というのが許せなかった。そこで俺はやつを教育してやった。しかし、やつはその修行についていけず、ある日俺の前から姿を消した。だが、四度目にしてまたしても俺はやつと会った。こうなってくると、俺は何かやつと縁でもあるのかと思う他なかった。おそらく、これが所謂腐れ縁というやつなのだろうな…。……俺は敵軍、やつは五代目十二属性戦士と、お互いに敵同士での出逢いだった。だが、それはライバル同士であることと何ら変わらない……そう、俺は思っていた。そして、俺は今まで同様やつの弱点を突いてやった。その時、俺は思わず感動してしまった。やつは、しばらく会わぬ間に弱点を克服していたんだ。だが、それでもあいつは俺には勝てなかった。俺は弱点を克服して真の同じ土俵に立ったやつに対してあまりにもの喜びでいっぱいになり、高鳴る胸の鼓動を抑えきれず、興奮に身を任せ戦っていた。そして、気が付けば周りは火の海…。ふと下を向くと、その場には血まみれで横たわっている凪の姿があった。そう、俺は覚醒状態の際に思わずやつを切っていたのだ。俺は冷静になり、慌てて彼女の元に駆け寄った。ハナから殺す気などなかったからな。だが、やつはこう言った」
《やっぱり、あんたはすごいね…。ようやく……弱点を克服した…って言うのに、負けちゃうん…だもん。…さ、すがは…私の…ライバル…だね。……ありがとう、エ……イ…ル………》
「そう言ってあいつは俺の腕の中で死んでいった。俺は悲しくなった。せっかく手に入れた唯一のライバルを失ったのだ。俺はそれ以来、何度も新しいライバルを探した…だが、どこにもそんなやつは存在しなかった。どいつも弱くて全く俺には釣り合わなかったのだ。そんな時、俺は風の噂を耳にした。何でも、十二属性戦士に新たな風属性戦士が産まれたらしい。その言葉を聞いて俺はすぐにその子供についての情報をかき集めた。情報によればその娘は風の里――即ち凪の故郷でひっそりと暮らしているというではないか。おまけに、その子供が凪の子供だということを知った。俺は嬉しかった……。再びこの世に復活を果たし、ヴェントと共に……第一部隊に所属してお前のパワーストーンを手にした時思った…。“必ず、いつか俺の元にやってくるその時、……俺に相応しいライバルかどうかを見定めてやる”とな…。結果は大成功だった…。見事……お前は俺の試練に耐え………その力を…見せつけた」
エイルの昔話を聞いて楓は少し悲しそうな表情を浮かべて尋ねた。
「じゃあ、あの時も……。私が風属性戦士なのか訊いた時も――」
と、楓が質問をしようとすると、その言葉を遮って先にエイルが答えた。
「ああ、そうさ……。お前が、凪の…子供かどうか…確認したのさ…。まぁ、…一目見て……お前と瓜二つなその姿を見て、まさしくあいつの子供だと理解したさ…。ふっ、胸はあいつの方があったがな……」
「だから、胸は関係ないでしょ!!」
楓は冗談半分に言う二度目の彼の言葉に少し文句を言いながらも、なぜか嬉しそうな表情を浮かべていた。その理由は彼女にもはっきりとは分からないが、一つ分かるのは自分の母親のことが少しだけでも知れたことだろう。今まで記憶を失くして素性が明らかになっていなかった母親――凪。彼女がどんな人物だったのか、それがエイルの言葉で理解出来た。
エイルは楓が浮かべるその笑みと凪の笑みを重ねたのか、少し含んだ様な笑いを零した。
「ふふっ……ごほっごほっ!!」
「ちょっ…―」
「待て……何も、言うな…もう…長くないな…」
敵ではあるが、激しく咳き込むエイルを心配そうに気にかける楓に、彼は自分の消え掛かりそうな命の残り時間をボソッと呟く。
「えっ…」
楓はエイルのボソッと呟く言葉を上手く聞き取ることが出来ず、訝しげな表情を浮かべる。すると、エイルが楓の方に顔を向けて口の端から血を垂れ流しながら優しげな笑みを零し言った。
「頼みごとを頼まれてくれないか? 新たなライバル…」
「頼みごと?」
一体何を頼むつもりなのだろうと少し興味が沸いた楓は、少し身を乗り出しながら相手に訊いた。だが、次に彼の口から出た言葉には思わず楓も驚愕することになる。
「俺を――殺してくれ」
「ど、どうしてそんなことを私に頼むの!? それに、もうすぐあなたは死んでしまうんじゃ……?」
なるべく自身の手で母親の知り合い――関係者を手にかけたくないと思ったのだろう。楓はあまりその頼みに乗り気ではなかった。しかし、楓のその態度にエイルはこう言った。
「俺は力尽きて死ぬなんて情けないことは嫌なんだ。せめて、ライバルであるお前に殺して欲しい……頼むッ! 俺をお前の手で死んだことにしてくれ! でないと、俺のプライドが許せない!! ……頼むッ! お願いだ、俺の…ゴホゴホッ、プライドを――ガハッ! ……傷つけないでくれ!!」
エイルは口から何度も吐血しながら、必死に楓の服の袖を既に血まみれの左手で掴んで言った。楓の袖が血で汚れるが、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。
「ほ、本当に……私なんかでいいの?」
謙遜というよりは少し遠慮がちに眉を垂れさせながら問う楓に、辛そうな表情を浮かべながらエイルは答えた。
というわけで、楓の母親――凪の幼き頃からのライバルだということが発覚したワケですが、まさか自分の母親のことを知っている人物が敵であったとは楓も少し驚きだったでしょうね。おまけに、「プライドを傷つけられたくないから殺して欲しい」というのも少し変な話です。味方を変えたらMのように見えなくもないですが、決してMではありません。いたってNです(注:ナルシストの略ではありません)
死ぬ間際のエイルの頼みに楓はどうするのか……。