第二話「魂の集う城」・2
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「イテテテ…大丈夫ッスか?」
残雪が菫の容体を聴く。
「…うん何とか」
菫が服に着いている砂埃を払い落としながら言った。
「ここはどうやら一階の一室のようッスね…」
残雪が辺りを見回し菫に言った。
「そうみたいね……他の皆はどこにいるのかしら?」
菫が他のメンバーの心配をした。
その時、上から謎の液体が滴り落ちてきた。
「うわっ! 何ッスか?」
驚きのあまり残雪が飛び上がり液体から離れる。すると、その液体が地面に付着した瞬間一気にその周りが溶けた。
「くっ、これは毒だわ!」
菫がアンモニアの刺激臭でそう判断した。
「でも、どうしてそんなものが!?」
「分からない……でも、これには触れないようにした方がよさそう…」
菫が鼻を服の袖で覆いながら言った。すると、ふと残雪が不振に思い上を見上げた。そこには丸く太った大きな体格を持つスピリット軍団の一人と思われる人物が天井に張り付いていた。
「くっくっく……よく見つけたな!」
そう言ってドスンと地面に降り立ったその男は、腰に手を当てて喋り始めた。
「俺の名前は第三部隊副隊長『ルイ=ヴィルダルドン』様だ! お前ら十二属性戦士を倒すようにボスに言われたんでここで待ち伏せていたんだが、ようやく来やがったか…」
ルイはケタケタと笑いながら、人間の腕の途中から生えた怪物の腕を毒の液体の溜まった沼にボスッと突っ込んだ。どうやら、あの腕のお陰で彼は毒に触れることが出来るらしい。すると、怪物の腕がまるでその毒の液体を吸引しているかのように蠢き、それからルイは上着を脱ぎ捨てた。すると、そのぜい肉のついた腹に怪物の口がついていた。その口はグチャグチャと何かを噛み締めているかのように動き、そしてその大きな口を開いた。
刹那――腹の口から思いっきり毒の球が発射された。その球状の形をしたその毒は残雪と菫の二人を襲った。慌てて二人は躱したがその背後にあった障害物は跡形もなく消えてなくなった。先ほど天井から落ちてきた液体の数倍は酸性が強いようだ。
「ちょッ!? あんた、不意打ちとはセコいッスよ!?」
そう言って残雪は武器を取り出し攻撃した。攻撃は見事に命中し、相手の怪物の腕を凍らせた――かのように見えたが、ルイはその氷を一瞬にして破壊した。
「な、何…!?」
そのあまりにもの一瞬の出来事に残雪は驚きを隠せず冷や汗を流した。それを見た菫は慌てて柱の陰に隠れ武器に自分で作った不死身能力を打ち消す薬を注入した。武器が光り準備が完了すると、彼女は物陰から攻撃のチャンスを窺った。その間、残雪は何も作戦を伝えられていないまま、ずっとルイの攻撃を躱したり相手に攻撃したりを繰り返していた。
「ふふふ、無駄なことを。時間稼ぎをしたりしたところで小細工など通用しないぜ?」
そう言って今度は腹に空いた口を大きく開け、伸縮可能な怪物の腕を毒の沼に突っ込んでまたしても毒液を吸引した。そして、腹の口に溜まったところで次々とマシンガンの毒液バージョンを打ち出してきた。
「あわわわわわわわ!!?」
残雪は慌ててその場で連射する毒の弾を全て避け切った。
「危なかったッス~…」
吹き出る汗を腕で拭い、ひと呼吸する残雪……。その様子を見ていた菫は、義弟が無事なことにホッと安堵してそろそろ彼が体力的にも限界だと思ってタイミングを見計らい攻撃を仕掛けた。
「ムッ!?」
「これでどう?」
一発目の針がルイの腕に刺さり、そこから変化が生じるだろうと菫は変化を待った。が、一向に効果が現れない。
一発目はあまり効果がなかったようだったので、菫はもう二発ルイの腹に毒針を連続打ちした。
ブスブスッ!!
「ぐわぁあああ――とでも言うと思ったか?」
一瞬効いたかとも思われたが、あくまでもそれは敵の演技――猿芝居で、彼にはその攻撃は全くと言っていいほど効いていなかった。
「そ、そんな…はずは。だって、この薬は既に一度実験して成功してるのよ?」
「チッチッチ、甘いなお嬢ちゃん…。俺様の腹はどんな物も跳ね返す無敵のストマックなのだ! そう簡単に殺られはしないぜ?」
そう言ってルイは毒液の沼に飛び込んだ。どうやら沼は結構な水深があるらしく、彼の丁度ウエスト辺りまでが沼に浸かっていた。さらに勢いよく毒の沼に飛び込んだためにその飛沫が残雪の上着に付着した。
「うわぁ!!」
「残雪! 急いでその上着を脱いで!!」
毒の性質をある程度知り尽くしている菫に言われ、残雪は言われた通り急いで上着を脱ぎ捨てた。同時に上着はみるみるうちに溶けていき一分も経たぬ内に消えてなくなってしまった。
「危なかったッス…」
腰を抜かして肩で息をする残雪を見て、第三部隊副隊長であるルイ=ヴィルダルドンは嘲るように笑った。
「ぐはははは!! どうだ? もう俺様には勝てないと分かっただろ? いい加減諦めろよ!」
ルイは腰に手を当て高笑いをする。ぜい肉のついた腹が小刻みに揺れ、毒の沼に波を作り出す。
「くっ! お気に入りだった上着の恨みぃぃぃぃいいッ!!」
そう言って残雪は武器に氷属性の魔力を纏わせ彼に攻撃した。
しかし、ルイは相変わらず自慢のボヨヨン腹で跳ね返してくる。その行動を歯がゆい気分で黙って見ていた菫はいい事を思い付いた。
「そうか!」
菫はポンと軽く手を叩き、残雪を手招きして作戦を説明した。作戦の大まかな流れを説明して、残雪に理解させる。作戦伝達を終えて一応確認を取ると彼はコクリと頷いた。
その場にスクッと立ち上がり敵を睨みつけた。ルイは余裕の表情で腹踊りをしながらこちらを挑発している。いつでも来いという感じだ。
菫はもう一度攻撃態勢に入った。それを見たルイは、ニヤリと悪質な笑みを浮かべながらこう言った。
「また同じことをやろうってのか? 無駄だぜ…?」
ルイが天井に腕を貼り付け、ボヨヨン腹で跳ね返そうと身構えた。すると、残雪がまたしても武器に氷属性の魔力を纏わせ攻撃してきた。
「しつけぇな! 無駄だっつってんだよォォォォオオ!!!!」
ルイがその攻撃を腹で跳ね返した。
だが、これこそが二人の作戦だったのだ。敵の腹が残雪武器に触れたことを確認した残雪がボソリといたずら的な笑みを浮かべて言った。
「ふっ…かかったッスね?」
その言葉を耳にしたルイは、一瞬何を言っているのか理解できなかった。
と、その時、自分の腹に違和感を感じた。
やけに腹が冷たい。
不審に思い視線を下げてみると、自慢の腹がカチンコチンに凍りついていた。
「な…何ぃいィィィイイイッ!!?」
その現象を見て残雪が偉そうに説明した。
「さっき投げつけた武器にあらかじめ大量の氷の魔力を練りこんでいたんス…。それには対象物に少しでも触れるとそれを氷漬けにする様に設定しておいたッスよ! 見事作戦は大成功ってことッス! しかも、あんたの弱点は解ってるッスからね! その腹……跳ね返す時も常にその腹で跳ね返すだけで何でも溶かすことの出来る腹の口では攻撃しなかった。つまり、あんたの弱点はその腹の口内ッス!! さしずめ相性的に氷属性は天敵なんじゃないッスか?」
雷人的口調で説明を終えた残雪は今度はお返しとばかりにルイを馬鹿にする。そしてトドメとばかりに菫に合図を出した。すると、それを見た菫が武器を構えて標準を的――ルイ=ヴィルダルドンに定めた。
「くらえぇぇぇええっ!」
腹から力を込めて叫んだ彼女は不死身能力を打ち消す力のある薬を大量に入れた爆弾を投げつけた。爆弾は見事開いたまま凍りついてしまっているルイの腹の口にズボンと入って行き、数秒後に爆発した。
ボオォォオオオォォォオオオオォォォン!!!
「ぐわぁはああぁああアアアァあアァッ!!!?」
爆音とルイの断末魔の叫び声と共に、その五体は粉々に砕け散った。肉片と真っ赤な血があちこちに飛び散り雨のように注がれる。それを物陰に隠れて避けきった二人は、傍に落ちていたパワーストーンを拾い上げると先へと進んだ。
こうして菫は見事パワーストーンの半分を手に入れることに成功したのであった……。
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その頃、二階にいる爪牙と葬羅は残雪と菫が落ちた穴の上で必死に二人の名前を呼んでいた。しかし、まったく返答がない。声がガラガラになってしまうのも困るため、二人は潔く諦め自分たち二人だけでも先に進もうということで先の道へ進んで行った。
一番奥の突き当りに差し掛かると二人はそこで立ち止まった。
「この扉の両脇にある除湿機は何なんだ?」
爪牙が二つを見比べながら葬羅に訊いた。
「恐らく、この中は湿気の多い熱帯雨林なんかが植えられているんじゃないでしょうか?」
葬羅の答えに爪牙はふ~んと興味のない感じで答えた。他に入れそうな場所もなく、二人はとりあえず中に入ってみることにした。扉に手を掛け開けようとすると、鍵がかかっているのか扉は開かなかった。
「ん? 開かねぇぞ!?」
爪牙が扉に文句を言った。
「えっ? でも、この扉に鍵穴やセンサー……カードリーダーみたいな物はないですし、だとしたら――」
急にあごに手を当て“ロダンの考える人”のように考え始める葬羅。すると、数分後に彼女はある可能性を導き出した。
「そうか! 分かりました。恐らく、その扉は縄状の物か、または植物に絡められているんじゃないでしょうか? もしそうだとすればその植物には気を付けてください! 体液に強い毒性を持つ『ヒルバルトス』という植物がいるんです! もしかしたらそれの類かもしれません!! ですから扉を勢いよく開ける時は十分に注意を払ってくださいね?」
扉に手を掛け今にも頑固な扉を蹴破ろうとしている爪牙を慌てて制止した葬羅は、説明も兼ねてそう忠告した。彼は少し不貞腐れる様な表情を浮かべたが理解したかのように頷き、扉から一旦離れるよう葬羅に指示してその後自分もある程度の距離をとってから武器のハンマーを取り出した。
「うおおおぉおぉぉぉおおおッ!!」
掛け声を上げてハンマーを振るう爪牙。扉は凄まじい勢いで吹き飛び、同時に葬羅が予測した通り縄状の植物『ヒルバルトス』のツルが千切れて、中から毒性のある体液が飛んできた。それを壁で躱した爪牙は葬羅の方に飛んでいったその液体も側から無理やり剥ぎ取った鉄板で防御した。
「あ、ありがとう……ございます」
「ん」
無愛想な返事を返して、爪牙が先に安全であることを確認し葬羅と一緒に中に入って行った。中に入ると、そこはまさしくアマゾンのジャングルの様な場所で、蒸し暑い熱帯雨林が広がっていた。背丈の大きな木々が生え、草も彼らの膝よりも少し上辺りまであった。
「ここは本当に城の中なのか?」
爪牙をも惑わすようなその見事な熱帯雨林は、様々な設備によって完備されていた。除湿機はもちろんのこと、風通しのよい通風孔も兼ね備えてあった。辺りを見回しながら感心する葬羅を差し置いて爪牙はどんどん先へ進んで行く。敵のスピリット軍がいないかどうか隈なく探し、細心の注意を払いながら先に進む二人。
しばらく歩いていたその時、少し大きめの木から頭蓋骨が回転しながら飛んできた。それにいち早く気づいた爪牙はハンマーを構えそれを野球選手のように打ち返した。
「誰だ! どこにいるッ!!」
大声で叫んだが、熱帯雨林の中で声が木霊し反響して返ってくるだけだった。葬羅も爪牙の傍に駆け寄り怯えながらも武器を構えた。すると、またしても頭蓋骨が飛んできた。どこから飛ばしてきているのかを突き止めた爪牙は、その場所めがけて頭蓋骨をハンマーで打ち返した。
「イテッ!!」
何かが当たる音と、痛みを訴える男の声が聞こえた。ガサガサッ!!という物音を立ててついにその謎の男が姿を現した。
「イッツツツ……まさか打ち返して来ようとはなんとも不躾な輩だ。して、主は何者だ?」
その男は耳たぶに黄金のイヤリングをつけ、そのイヤリングについている鎖が腕の辺りまで垂れていた。さらに男は座禅を組み、ハンドパワーらしきもので宙に浮かんでいた。どうやら、さっきから大きく指と指の間を広げパントマイムのようなポーズをとっているのはそのためらしい。
「俺達は十二属性戦士だ!」
「なるほど……主らがかの十二属性戦士なるものか…。我は、スピリット軍団第四部隊隊長『スモーキング・スカル』と申す…! 以後、お見知りおきを…」
丁寧な挨拶をし、スカルは首をゴキゴキと鳴らした。そして、カッと目を見開くとどこからか仮面を取り出し歪な手の動きを繰り広げた。どうやら、ハンドパワーを新たに展開しているようだ。その奇妙な動きに二人は気味悪さを覚えた。
と、その時、急にスカルの動きが早くなり爪牙の背後を一瞬でとった。
「な、何ッ!?」
彼の反射神経さえも軽々と越えてスカルは爪牙に拳を振るい攻撃する。
「ぐはッ!」
爪牙は凄まじい衝撃を受け木にぶつかった。
「爪牙さん!!」
葬羅が急いで爪牙の元に駆け付けようとした。が、その行く手をスカルが阻む。
「待たれよ! くらえ、骸幻術『幻想の操骨』!!」
そう言って彼は手から黄色いリングを出現させると同時に仮面の目を赤く光り輝かせた。
「な…何…!?」
葬羅は不思議とその光に心を奪われてしまった。
「し…しまっ…うっ、意識が――」
「うっ…」
爪牙がようやく気が付き顔を上げ首を振った。そこにはスカルが葬羅に幻術をかけている姿があった。
「くっ、……や、やめろーッ!!」
彼は背中に走る激痛も構わずスカルに攻撃する。しかし、敵はその攻撃をスカッと躱した。既に体はその場になく、幻影の様な姿に変化している。
「ふっふっふ……時既に遅し…!!」
その一言を残しスカルは姿を消した。
「くそ…、どこに行きやがった!?」
爪牙が辺りを見回していると、いきなり衝撃波が爪牙に向かって飛んできた。慌ててそれを躱す。飛んできた方を向くと、そこには葬羅がいた。
「葬羅! 何やってんだしっかりしろッ!!」
意識を失っている彼女を目覚めさせようと、爪牙は必死に葬羅の両肩を掴み体を揺さぶった。すると、どこからかスカルの声が聞こえてきた。
「ふふふ…無駄だ! その娘は我の幻術にかかり自分の意識などは残っていない! 今となっては我の操り人形だ!! さぁ~殺るのだ、その男をッ!! 十二属性戦士に復讐するのだ…ふはははは!!」
スカルの高笑いが熱帯雨林の室内に響いた。
しかし、それでも何とかして葬羅の意識を取り戻そうと爪牙は体を揺さぶった。すると、いきなりズブリ!と腹に何かが刺さった。目を見開き、ふと視線を下げてみれば、それは葬羅の武器だった……。
というわけで今回はここまでです。区切りは少し悪いですが、いまいち戦いに乗り気でない葬羅を守ろうと動いていた爪牙が逆にその守らなければならない人物に刺されるという……。無論このくらいでは死にませんが、はたしてどうなるのか。
そして、いよいよスピリット軍団との戦闘が始まりました。隊長格、副隊長格という割にはなんだかんだであっという間にやられていくワケですが、話の都合上あまり戦闘シーンを長引かせられないということになってこうなりました。少々つまらないかもしれませんが、なるべく戦闘シーンを書けるように頑張りたいと思います。




