【悪魔と呼ばれるもの】
「魔都を起動する方法は古書に記されているやもしれません」
「そう、神に最も近い楽園と謳われるブリュンヒルデが起動する前に、早々に手に入れねば、人類に生きる希望はないでしょうね。」
廃墟となった城に二人の影が月明かりにかたどられていた.。
「兵を可能な限り集めよ、アスタルテ皇国との盟約により、我らも残存戦力をもってアステリア帝国を討ち滅ぼす。」
「はっ!」
男は跪いて頭を下げた。
「先ずは学園都市で本を手に入れる事だ、私が行ってこよう。軍備を整えておけよ」
「はっ!」
「この薄暗い地下世界、月明かりだけが唯一天の明かり...待っておれ、ジブリール...今に紅く染めてみせる...」
レリアは黒煙の方へと走る、人が逃げてくる、その合間を縫って走り抜ける、人並みが途絶えたところで再び爆発音が響き、爆風が襲う。
顔を腕で覆い隠しながら様子をみる...
黒煙の中から人影が現れた。
「おや、お嬢さん、危ないですよ」
「誰...」
「ここの軍人は相当腕が鈍ってますね、しっかり訓練しているのでしょうか」
彼は私と同じように尖った耳を持ち、その背には蝙蝠のような羽根...
「悪魔...」
「ふーん、なかなか綺麗な子じゃない、私と来ないか?」
「お断りします。」
「断るんだ、生きて帰れると思うの?」
「ええ、生きて帰れると思います。少なくとも今は」
男は笑っていた。
「私は貴女より強いのに、どうして逃げれると思うのですか」
その質問に聞き覚えがあった。そして答えた。
「先ず第一に、貴方が悪魔ということ、第二に私が貴方に屈しないと言う事、第三に私は貴方より強い」
「恐れが無ければ合格でしたが、貴女は一瞬私を怖れた。」
あっという間に間合いを詰められ反撃することもできず一撃を食らう...
「今のは挨拶です」
脇の下、シャツが裂けて赤く染まっていく...
「このくらいでは痛くも無いでしょう、この世界にはエンジェルやデーモンを殺せる聖剣、魔剣、合わせて十二本の剣があります。でもこれは違う。協力していただけませんか、この戦争を終わらせる為、パンデモニウムを蘇らせる為に...、それに貴女のような剣士がいればサリア様も喜ばれる。」
「サリア?」
「創造主に最も忠実で誇り高き天使、報酬も弾むぞ?どうだ?」
「そうね、そんなことで私は役目を放棄しないわ」
「なら、死んでもらうしかないですね...」
彼の剣は私の腹部を貫いていた。
真っ赤な血が滴り落ちる...
剣が引き抜かれる、そのまま両膝をついて崩れた。
「少し眠っていて下さいね。」
足音が遠ざかる...燃える街の方から悲鳴が聞こえた気がした...
いくら待っても戻ってこないレリアを心配してフィリアは学園を出た。
学園の鐘の音が一日の終わりを告げる...
「もう、どこ行っちゃったの」
そう学園中を探し回り、門を出たところでシルフに遭遇した。
「これ、彼女のだろ?」
優しい声にどこか棘を感じる。手にしていたのは校章だった。所有者の名前が刻まれている...、たしかにレリアのだ。
「どこでそれを?」
「君は彼女が一人で出たことに気づかなかったのかい?もっとも、気づかれないように行ったんだろうけれど、察するべきだよ」
「どこなんですか!」
「これが落ちていただけなんだ、彼女は見当たらなかったよ。」
「一緒に探してくれませんか?」
「今はできない、敵がまだいるからね。」
「どこでそれを?」
「ちょうどこの先の大通りだよ、かなり悲惨な状況だから...、自警団もほぼ壊滅状態で、僕も彼らを助けるのが精一杯だった。」
そう言って学園の中へと入って行った。
フィリアは走って大通りへと向かった。
大通りは途中から黒く焼け焦げていて、異臭を放っている、そこにあったあらゆる物が燃えていたのだろう。
ちょうどその手前に血溜まりができていた。そこから血痕が点々と続いている、それは焼けた街の方に続いていた。
建物は殆ど焼けて崩れ落ちている、瓦礫の山の頂上に十字架が不気味に突き刺さっていた。
周囲は炎に包まれていて近づくこともままならない...
そこが誰かの墓標のようにも見える...
「まさかね...」
そこにあった教会は、大聖堂と孤児院を持つ教会だ、都市にある教会の中では古い教会だ。
そこに人集りができていて何か騒いでいる、どうやら瓦礫の中に逃げ遅れた子供がいるらしい。
レリアのことも気になるが目の前の光景があまりにも印象深く目に焼き付いた。
この炎もこの辺りの有能な魔導師なら簡単に消せそうだが...
フィリアは手のひらを炎に向けるように腕を伸ばす。
『イシス レアイエ』
自分でも分からない言葉が出る、そして氷が雨のように降り、炎を打ち消していった。
「あんたやるね!」
「魔炎を簡単に消しちまうなんて!しかも一人で」
話に聞いたことはある、その炎は数日、時には数年燃え続けるという炎、魔導師が数十人集まってやっと消したと言う消えない炎...
何度かあった神魔戦争でこの炎を纏った矢は一つの街を消したとも言われている。
「どうやったんだい?」
「分からないんです」
そう答えるしか無くて、目の前の瓦礫をどかして行く...
「もう...レリアさんどこ行ったのよ」
「おい、炎が消えたんだ、あとは任せとけ!」
「レリアを...レリアさんを見ませんでしたか?」
「誰だ?」
「髪は長くて黒髪で、瞳が紅くて、耳が私みたいに尖ってて...背は私よりちょっと高くて...これと同じ制服着てると思うんだけど...」
「この辺一帯の怪我人や死体はあらかた回収したが、俺は見てないな...。誰か見たやついるか?」
「ここと、あと南側の地区がまだですが」
「ねぇ、子供の声がしない?」
エルフの女性が言う。
魔炎の煙が風に消え、確かに瓦礫のしたから子供の声が聞こえた気がした。
「聞こえないぞ?」
その場にいたエルフ達だけがその微かな声を聞いた。
『もう...もたない...フィリア』
「え?」
フィリアには確かにその声が聞こえた。
「レリア?!どこ?」
『教会の...中...』
『お姉ちゃん!』
直後、ガクッと地面が下がった。
「え?大丈夫?!」
『いいから早くしろ!』
その声に慌てて地面を掘り返す。
「お嬢ちゃんどいてなって」
「でも...でも」
強引に引き離される、力では敵いそうになかった。
男は地面に手をかざす...
「この辺か...?魔炎を消すほど力はねぇが、地面を持ち上げるくらいの力はあるんだよ!」
直径三メートル程の白い魔法円、その中の瓦礫が浮き上がっていく...
「おい無事か?」
「子供達を...早く...」
深さ五メートルの穴の先に人影が見える。
助手っぽい男が縄梯子を固定して下ろすと、子供達はそれを登り始めた。
そして驚いた。子供達は血塗れだったのだ。
「医療班急げ!」
「お姉ちゃんが」
子供達は次々と運ばれて行った。フィリアは隙をみて腕を逃れ、穴に飛び込んだ。
「レリアさん!」
思い切り抱きついた。自然と涙が零れた。
「こら...傷が開くだろ...」
「え...?」
黒い制服から血が滴り落ちていた。シャツも胸のあたりまで赤く染まっている。
「おい大丈夫か?」
上から声がしてフィリアはつい
「大丈夫なわけないでしょ!」
などと口走ってしまう。
レリアが手で傷口を抑えている、その手をそっとどかして自分の手を当てる。
「今傷を癒しますから...」
「傷ならだいぶ良くなったよ...」
安心したかのようにレリアがもたれかかってくる、それをそっと抱きしめた。
夜になると彼女の傷はすっかり癒えていた。
レリアの部屋で彼女の服を洗うと、桶の水は真っ赤に染まった。
いったいどれだけ血を流したんだろう、病院へ運ばれた子供達は軽い怪我をしている程度だったのにあれだけ血塗れだったのだから、あれもレリアの血なのだろう。
いくら元々天使であったとしても、あれだけの血を流せば立っていることもできないはずだ。
堕天した彼女が加護もなくそんな真似ができるだろうか...