【replica】
「レリアさん?」
目を開けると生徒会室の来客用のソファーの上で寝ていた。寝ていたというより倒れているのか...
頭がボーッとしていてよく分からない、眠っていたようだ...。
「もぅ、レリアさんったらぁ...」
天井が見える、そしてフィリアが覗き込んでいる。光を背に白い羽根が揺れている...
「フィリア...まるで天使のようだ...」
「寝ぼけてないでおきなさいっ」
「はい...」
起き上がって服を整える、そして顔をあげるとフィリアの顔が目の前にあった。ダークブラウンの綺麗な瞳に私が映っている。
そしてフィリアの頬が少し赤くなっていた。
「あまり見ないでください~、恥ずかしいですから~」
思わずフッと笑が出る。
「どうしたの?」
あまりに近いものだからそう聞き返してしまう。
「えっと、レリアさん宛に手紙が...」
フィリアが胸元から手紙を出して見せる、受け取ると見慣れない封がしてあった。封を切ってそれを読んで行く...
「何ですか?」
フィリアが覗き込もうとしてそれを阻止する、そこに書かれているのは娘を思う母親の言葉だった。その中でも“アステリアとエイシアがレイティス王国内戦を止めるべく出兵した”という一文に目が留まった。
「ほぇー?優しいお母様ですね」
「何見てるの」
「ごめんなさい、でも戦争になっちゃいますねぇ」
「もうなってるって...」
その続きを読むと父も出兵に参加していると書いてあった。
「アステリアの女王様ってどんな方ですか?」
「ん、知略に優れていて、強くて、優しい方だと聞いていますが、厳しく冷徹であるとも聞きます。」
「そっかぁ」
「楽観的ですね。」
「そう見えますか?」
「ええ、とっても」
「うう、ごめんなさい」
「謝らなくていいので、顔が近いんですが..」
すぐ横にフィリアの顔がある、彼女の呼吸も聞こえる。
「ごめんなさい」
フィリアは顔を赤らめながら慌てて離れた。
それにしたってこんな手紙をもらっても自分には何ら影響がない、戦争にかりだされるわけでもないし、ここは戦争などない、歴史で言えば四千年以上戦火にさらされた事はない。
おもむろに破り捨てるとフィリアが何故か悲しそうな顔をした。
だが世界は確かに動いていた。
アステリア・エイシアのレイティス開戦の後、レイティスを奪還とエイシア征伐の戦争が始まった。
アステリアに対しても戦争が始まることになる。
「レリアさんまたボーッとしてる、疲れてるの?」
「そうかもしれない...、戻りますか」
「はい!」
クラスに戻るとなぜか静まり返っていた。
エリルとメリルが何か言いたげに見ている、そして小さく手招くのでエリルに近づいた。
「リズが呼び出されたの、静かに待ってろってさ」
「そう」
「興味ないの?」
「考えるだけ無駄でしょう」
「はぁ、あんたってば好奇心とかないの?」
「いらぬ好奇心は身を滅ぼすって言うでしょ?」
「ない」
クラスの扉が開く、皆一斉にそちらを見た。
「はーい、静かに待ってた?そこ席に戻りなさい」
明らかに私の事だ、おとなしく席に戻るとリズが話し始めようとしてフィリアを呼んだ。
フィリアは返事をして立ち上がる。
「生徒会委員長、方針は決めたの?」
「あ、えっと、なんでしたっけ...」
「貴女、レリアと相談して来るって言ったでしょ」
「すみません」
私は何故か立っていた。リズがこちらを見た。
「ご存知かと思いますがアステリア帝国軍は戦争を開始しました。これにより大陸南西部、及び北部は混乱するでしょう。そしてここは大陸の心臓、恒久平和と絶対中立域とされて侵略こそ免れて来ましたが、アステリアの女王様は過去にも中立国を侵略した経緯がございます。それを考慮した上で貴女がフィリアに預けた事案はどれほどの価値がありますか?」
リズはまるで思考が止まったように動かなくなった。
「それとこれとは話が違います!」
「ええ、ですから貴女の事案はどの程度の価値があるのかと伺っているのです。」
「でも一つだけわかりました。貴女には委ねられませんね。メリルさん、フィリアさん、こちらに」
「はい」
私は座ってあとのやり取りを黙って聞いていた。
頬杖ついて外を眺める、夏の風が吹き抜けている、その向こうでは戦争をやってるんだろうか、自分は行かなくて良いんだろうか、行っても足でまといか...
「すみません、気分が悪いので医務室に行って来ます。」
話に夢中なリズにそう言ってクラスを出た。
医務室はエタノールの香りが充満していた。
「あはっ、ミューね、昨日テストで満点だったの」
「そっか、すごいね」
医務室の女医と少女が話していた。女医と言ってもここにいるのは軍医であり一般の医者とは少し違う、主に戦場での怪我人や病人など特殊な状況下での手当が出来る、なんでそんな軍属の医者がいるかと言えば、戦争になってみればわかるが、中立しているだけあって近隣の兵士が運ばれてくるからだ。そして私に気づいて女医が声をかけてくる。
「どうかしたの?えーっと...」
「生徒会副委員長のレリアです。気分が悪いだけです。」
「そう、ゆっくり休んで行きなさい」
「はい」
「おねーちゃん!あそぼ?」
少女が声をかけてきた。とてもではないが遊んでいる気分ではない、一人でいたいから来たのにと思ったが、少女はシャツの袖をつかんでいた。
「ダメだよ、お姉ちゃん具合悪いんだから休ませてあげないと」
女医がそう言って少女を引き離す。
今の私はどんな表情をしているんだろう、無機質に少女を見下ろしている、彼女はどう思っているだろう、そんな事を考えてしまった。
「構いませんよ、気晴らしになるでしょうし...」
「もう、仮病はやめなさいよ」
「ばれてましたか」
「顔みればわかるよ、そんなに顔色悪そうじゃないし」
私はベッドに座るとカーテンを閉めた。そこに少女が入ってくる、テストで満点とったというから頭が良いのかもしれないが、まったく子供だった。
「ねー、お姉ちゃん、悪魔だよね?」
「え?」
「堕天使って言った方がいいのかな?珍しいね。委員長さんは天使だし何か楽しい」
「楽しい?」
「だって、敵だよね?」
「ここでは関係ない...」
「そっかそっかー」
そして隣にひょいと座ってこっちを見ていた。
「私、フェアリーなんだ~」
「そう、随分おっきいフェアリーですね。」
「そんなこと初めて言われたよ~、みんな小さい小さいっていうから...そりゃあ人に比べれば小さいけど...」
私はただ今は静かにして欲しくて言っただけなんだけれど、逆効果だったらしい。
フェアリーは手のひらに収まるくらいが一般的だ、王族はこの限りではない、と言う事はこの子は王族なのか...
「ねぇ知ってる?」
急に声を潜めて話しかけてくる。
「ここの図書室の奥に鍵のかかった隠し扉があって、そこには禁書がたくさんあるんだって」
「それを私が知ってどうするの?」
「興味ないならいいけど」
興味がないと言うわけではないけれど、知ったところで私には何もできない、そう思っただけだ。
カーテンの向こうから扉を開く音がした。
「レリアさんいますか?」
フィリアの声だった。
「ベッドでサボってるよ」
女医が答えた。
足音が近づきカーテンが開かれる。
「レリアさん、次の時間も休みますか?」
ミューゼが袖をくいくい引っ張る。
「はい、もう少し休みます」
フィリアはニコッと笑ってカーテンを閉めると出て行った。
それで結局来てしまう...
図書室にはメリルが番人のようにカウンターに座っていた。
奥へ行くとその隠し扉の場所をミューゼが教えた。
「この本の裏の裏に鍵があるんだって、どこだろ」
ひそひそと話していると急に後ろから声がした。
「秘密書庫の鍵はこちらにあります。」
メリルが首から下げた鍵を見せた。
「どこにいるかと思えば、授業抜け出してこんなところで...」
「貴女もね」
ギクッとしたのかメリルの表情がわずかに変わった。そして本をいくつか動かして壁の奥にある鍵を回す。
「ここは委員会に所属している者しかいれるなと命令されていますが、レリアさんは問題ないですね。そちらは?まあいいです、レリアさんと一緒にいるなら信頼できるのでしょう。それに私もこの奥に興味あります。」
ミューゼはまだ委員会に所属できるクラスではない、だがメリルは問題なしとして通した。
扉は開かれて足を踏み入れる、真っ暗な通路が下へ続いている。
特に明かりがあるわけでもなく、ただ暗かった。背後で扉が閉まる、漆黒の闇の中に明かりが灯った。
メリルの手のひらに炎が浮いている。
「おぉ、すごぉい」
ミューゼが感嘆の声を漏らした。
薄暗い通路はゆっくりと下り、螺旋を描いているようだった。
出口が見えてきた。
仄かに明るい。
ミューゼが走って行って出口を出たところで消えた。
「え?」
慌てて走って行くと出口の先は途切れて巨大な空間が広がっていた。そしてやけに高さがある...
「にゃはは、死ぬかと思ったよ」
ミューゼが下から現れた。
「フェアリーなら飛べて当然ね。」
「心配させてごめんね。」
「していないから問題ない」
「そう言いつつ真っ先に走って行ったのはレリアさんです。」
メリルは後ろから冷静に言う。
目の前の空間には下の方に本棚と壁にぎっしりと本が詰まっていた。
「それにしてもこの本の数は何なの」
「やっぱ悪魔には見えるんですねぇ」
「降りましょう」
何もなかったようにメリルは飛び降りた。
蝙蝠のような翼を広げておりて行く、自分は漆黒の羽根を広げて降りていった。
高さ五メートルはありそうな本棚に本が詰め込まれている。
「間違っても燃やすなよ」
メリルにそういって本棚の間を歩く...
「何かおかしいな...」
「確かにおかしいですね。」
「えー?何?何?」
「入口の先が急に途切れていた。罠だとしても他にそれらしいものはない...可能性としては崩れ落ちたか他に降りる手段があったと考えるのが妥当、しかしそれがない...」
「おまけにここの本、古い割に保存状態は極めて良好、埃一つかぶっていないですね。」
「魔法がかかっている様子もないし...」
「ここを管理している人がいるんでしょうか」
「どうでしょう、人の気配はありませんが...」
更に足を進めると部屋の中央付近に着いた。見にくいが巨大な柱が立っているようだ、その柱には文字が書かれていた。
メリルがそれを指でなぞるように読んでいた。
「天使の声に似ていますが、それとまた違うようです。」
「天使の声ですか」
それは天使達の使う言葉であり失われた言語を元に作られた言葉、今では天使でもこれを読める者がいるか分からない。
「んー、『聖暦一年、世界の書庫として記録を残すため...この保管庫を建造...』記念碑みたいですね。」
ミューゼがすらすらと読んでいた。
「全部読めるの?」
「分からない単語もありますが、天使の声より古いですね...創造者...かな」
背筋がゾッとした。
「そんなものがどうしてここに...ただの学園都市ですよ...」
「安全ゆえにここを選んだってことでしょう。地下なら尚更安全ですから。」
「ミューゼはどこに?」
近くにミューゼの姿がなかった。その時ちょうど柱の裏側にいたミューゼが何か見つける、スイッチのようなものだった。
それを押すとほんのりと周囲が明るくなっていった。
「何?」
「何か明かりついたみたい」
ミューゼが笑って顔を出した。
部屋の全貌が見えてくる、中央の柱から放射状に幾何学模様を描いて棚が並んでいる。
「どれも聖暦以前の本ばかり...」
その一つをとってみる、確かに古い文字で書かれているが、読めない事はなさそうだった。
歴史書のようなものを手にしてページをめくる...
「天使ガブリエルは無数の獣を放ち...弱き人を...七日の間...狩る』語られている神話にも似たようなものがありましたね...。“神の創りし天使はその力をもって人を滅ぼさんとする、黒い獣は天使の使い、人を狩る悪魔なり。”」
「もっと古いのもあるよー、こっちはもう読めないけど...」
ミューゼが棚の裏側から声をかけてくる。
本を閉じてしまう、本の背には下の方に“29500316”という八桁の数字が書いてあった。それは隣の本にも書いてあり、同じ数字が並んでいるところもあるが全て順番に並んでいるようだ。
数字を追って行くと“30001231”で終わっていた。通し番号ではない、おそらく旧暦だろう。
その本を手にして開く。
“新時代の準備は終った。明日から聖暦が始まる。彼ら精霊達がこの荒れ果てた世界の環境を良くしてくれるだろう”
「禁書を読むでない、お前たちはここのものを守るだけで良い。」
女性の声が響いた。
「誰だ!」
声の主を探す、すると柱を背に誰かが降りてきた。
「天使?!」
「おや、悪魔に下級魔族、それに妖精ですか...私はエイシア帝国王女にして神の秘密を守護する者、アリシア...ここの管理を任されています。」
アリシアは地面に降り立った。
「鍵はお持ちですか?」
そう聞かれてメリルは首から下げた鍵を見せた。
「これでしょうか?」
「そうです、ここに出入りする時に必要な鍵です。」
「ここは何なんですか?」
「見ての通り、古の知識と歴史を保管する書庫です。ここにある本は禁書と呼ばれています。そしてあなた方はここのものをただ守るのです。」
「何から?どうやって?」
尋ねるとアリシアは黙っていた。そしてこちらに歩いてきて目の前に立った。
「考えろ...私は忙しいのだ」
アリシアの姿は消えた。
「逃げましたね。」
「その鍵さえ奪われなければとりあえず問題はないでしょ、とりあえず戻りましょうか」
「はい」




