【鼓動】
あの獣の事件から街は以前の姿を取り戻していた。
お昼時になって皆が各々に食堂へ行ったり、お弁当を持って屋上やら中庭へと行く、学園の中庭は広く、その中央に塔が立っている。
渡り廊下がそこへ通じている。
メリルとエリルがクラスメイトと一緒に歩いていると、彼女はこんな事を聞いてきた。
「サキュヴァスって何食べるの?」
あまりの愚問さにため息が出る。
「劣情、精液などなど、男女は問いませんよ、それこそお昼代わりに貴女でもいいんですよ?」
メリルがサラッと答える。
「えええぇ、わわわわたしは遠慮します」
慌てるクラスメイトを見て笑ってるのはエリルだった。
「メリルの冗談は冗談に聞こえないね、アリィちゃん気にしないでね」
「え?え?」
「そんな変わらないよ、あんた達とさ」
「そうなんですか?」
「はい、人間と組織はさほど変わりません。既に教わったはずです。」
最上階に着くまでそんな他愛ない会話が続いた。
「ふーん、それでここに来たと...?」
「そうそう、一人じゃ寂しいと思ってさー」
「別に寂しくは...」
「フィリアがね」
「そうですか、ですがここはお昼を食べに来る場所では...」
「堅いこと言わないの、あんたもその方が楽しいでしょ?」
「...。」
食事中、ふとエリルが言う。
「どうせだからさ、この辺に出る魔物を片っ端から狩ろうよ」
「ダメです。」
「どうして?」
「何もしないのが良いのです。変に刺激しては逆効果ですから。」
「じゃあしょうがないか」
「分かればよろしい」
レリアはフッと笑って見せる。
思わず自分も笑ってしまいそうになった。
「えーっと、そちらの方は...」
「クラスメイトのアリィちゃん、忘れたの?」
レリアが微笑んでいる、多分...きっと忘れてたんだろう。
「エリルさんならともかく、レリアさんが忘れるとは思えませんが」
「うん、そうだよ」
フィリアが後押しするようにそういうと何だか納得してしまう。だが本人は忘れていたことを隠そうとしているようだ。
「ただお昼ご飯食べに来ただけなの?」
「ん?そうだよ?」
「レリアさん最近退屈なようで」
フィリアがメリルに言う。
「そういえばレイティス王国で内戦なんですって」
「またですか、こりませんね。」
「何度目かしら」
エリルは何だか胸騒ぎを覚えた。この言い知れぬ不安感は何だろう...
「ちょっと気分転換して来る」
そう言って部屋を出た。
部屋を出て廊下を歩く、後ろから誰かが近づいて来る、振り向くとメリルだった。
「どうなさいました?お姉様らしくありません。」
「胸騒ぎがするのです。何だかここにいたくないような...」
「ここは大丈夫です。心配いりません。静かなところで休みましょう。」
そう言ってメリルに手を引かれてついたのは図書室だった。
古い本から新しいものまで揃っている、独特なインクの匂いもした。
薄暗い部屋には日光はほとんど入る事はない、保管の為というが、魔力で守られた本はそう劣化するようなものでもないはずだ。
「レイティスの内戦はもう千年くらいは続いています。本当に人間とは争いの好きな種族ですね。」
「そうね」
メリルは一冊の本を手にした。そこそこ厚みのあるそれを開いていく...
「世界が浄化されてから、レイティスが浄化されずに人間の生活圏として残った。その後、侵略を繰り返されて文明を破壊された。黄昏が終わり、黎明の時代になった。」
覗き込んでつい読みいってしまう。
「西暦三千年、世界人口九十億いた人類は約一千万人まで数を減らし、各地で生活しています。代わりに彼らの言葉でいう“亜人種”達が約一万人いました。レイティスはその中でも数百万人規模の大国家です。」
「ふーん、なんでそんなに減ったの?」
「十二人の天使が現れて彼らを殲滅したそうです。その姿は美しい女性、しかしあらゆる兵器も彼らの機動には対応出来なかったそうですよ、傷を負わせてもその回復力は異常で、戦闘力が落ちる事もない、まさに神の遣わした者。」
メリルの口調が少し嬉しそうにも聞こえる、もとより本が好きでよく読んでいるからそうなんだろう。
「亜人種達は人類側に立ち天使と戦いました。人類よりも体力的に優位な亜人種でも天使には勝てなかった。唯一天使と渡り合えたのは“アールヴ”だそうです。華奢な身体に似合わず強く、人類側にとっては希望でした。」
メリルはパタンと本を閉じた。
「今日の授業はおしまい、お昼終わりますね。」
本棚に本をしまって戻ってくる、その姿が妖艶に映った。サキュヴァスだから当然と言えば当然だが、いつもそんな風に見えないほど制服をしっかり着ている、今もそうだ。
「少しは本を読みなさい」
「はーい」
「貴女の感じた胸騒ぎ、私も感じるの、まだ分からないけど...」
そう言ってメリルが抱きついてくる。
「ちょっと!何?!」
「図書室では静かに...、感じるでしょ、私も怖いんですよ。」
まるで鼓動を確かめるように、午後の鐘が鳴るまで抱き合っていた。