【籠の中の執行者】
ドタドタと足音を立てて生徒会室に走る生徒がいた。
年齢でいえば十五、六だろう、レリア達の一つ下のクラスだ。
ドンッと扉を開けて入って来る、そして目の前のフィリアを見てキョトンとしていた。
「あれ?お兄ちゃんは?」
「ん?」
「ここお兄ちゃんの部屋だよね?」
フィリアの頭の上にははてなマークが飛び交っていた。
自分の机に向かって作業をしていたレリアが傍に来ていつものように立つ。
「貴女、初日学園を休みましたか?」
「ギクッ...どうしてそれを...」
「交代しましたよ、初日いなかった人以外は皆知っています。」
「じゃ、じゃあどうして教えてくれなかったの!」
「もう一週間ほど公知しましたが、貴女は10日も休んだのですか?」
「え、あぁ、うう」
レリアの質問が図星過ぎて返す言葉がないようだ。
フィリアもなぜかあわあわしている。
「新しい生徒会委員長のフィリア様です。」
フィリアが更に慌てる。
「あー!知ってるー!」
女生徒が何だか初々として喜んでいる。
「こちらが副委員長のレリアさんです」
「知らなーい!」
これもまた元気に答える。
フィリアはそんな言い方しちゃダメと言わんばかりに慌てていた。
それがちょっと楽しくさえ思える。
「私はエルティー、よろしくね」
「素直で良い子ね」
微笑みかけるように言うと、女生徒は嬉しそうに飛び跳ねてレリアにくっついた。
「え、えっと、シルフさんに用事があったんじゃ...?」
「ああ!そうそう!」
「何か頼みごと?」
「うん!」
「私達にはできないの?」
「んー危ないと思う...」
「エルティ」
「エルティーよ!」
「エルティー、内容を教えていただいてよろしいですか?」
「んー、魔獣が来たからやっつけて欲しいの!」
「え?」
「学園のすぐ外で暴れてるの!」
「そういう大事な事は先に言いなさい!」
そう言うとフィリアを置いてレリアは窓から飛び降りて出て行った。フィリアが慌てて窓の外を見ると、壁を蹴ってレリアが一気に駆け下りて行くのが見えた。
「ちょっと!」
もう声が届かないところまで降りて行き、学園の門に向かって走って行くのが見える。
「すごーい...」
エルティーが感嘆の声を漏らす。
フィリアが窓枠に足をかける。
「何してるんですかぁ!」
「ほぇ?私も行くんですよ」
「ここから飛び降りるんですか?!」
「いえ、飛び降りるだなんて」
ニコッと笑ったフィリアの背に白く輝く羽根が現れた。
「普段は術をかけて隠しているんですよ。」
「そうなんだー、綺麗だから隠さなくても良いのに!私の友達のエンジェルは隠したりとかしてないよ!でも有翼人と間違われるから嫌だって言ってた」
「そっか、そうかもね...」
フィリアは窓の外に出る、そしてそこに浮いていた。
「貴女は妖精族でしょ?飛べる?」
「いちおう...」
不安気にフィリアを見ていた。
「まだうまく飛べなくて...」
「私となら飛べるよ」
フィリアが手を差し伸べた。
エルティーは上着を脱ぎ捨てる、シャツの背中の部分から白い一対の翼が現れた。
「ば、バカにするなぁ」
微笑むフィリアに思わず言っていた。そんなつもりではない、ただ何か恥ずかしいと言うかそんな感じだった。
「飛べないからって隠してたら上手くならないよ?」
「むぅ...」
フィリアは彼女の手を掴み引き寄せた。そこに地面はない、落ちるとおもった。
でも落ちなかった。
「どう?飛べるでしょ?」
「え、う、うん、でもどうして...お兄ちゃんもお手上げだったのに...」
「ちょっとした魔法ってことで」
その時、遠くでドーンっと音がして我に返る、喜んでる場合ではなく、魔獣がいるという事を忘れていた。
レリアは一人で戦っているのだろうか...
レリアは魔獣の前に立ち、身の丈ほどある大剣を構えていた。
ドラゴンスレイヤーとは形状が違うが、それに匹敵する剣だ。
「あんた...なかなかやるな」
息を切らして共に戦う兵士が言う。
他にも警備兵や自警団も来ているが、目の前の獣は思いのほか巨大な身体を持っている。
剣を刺したところで深手にならないほどだ。
ざっと十五メートル、分厚い皮の獣は巨大な狼、ケルベロスのようにも見える。
「何でこんなものがいるんだよ」
兵士が愚痴をこぼす。
まったくもってその通りだ、この周辺では見かけないもの、誰かが呼んだとしか思えなかった。
「イ カイル ヴェスト」
「え?」
「あれは私が倒します。」
レリアは地面を蹴って獣との間合いを詰めた。素早い動きで攻撃を繰り出す。
だが獣は思いのほか早い動きでレリアを弾き飛ばした。
そのまま弾き飛ばされて壁に叩きつけられ、地面に落ちた。
「たかが犬の分際で...」
剣を地面に突きたて立ち上がる、獣はこちらを睨みつけていた。
深呼吸して剣を握り直す。勝てる気がしない、しかしここで逃げる気にもならなかった。
壁を蹴って再び獣に剣を突き立てに行く、獣の腕に突き刺さった剣を抜き、また突き刺す。
そしてまた弾き飛ばされる...
瓦礫の山にぶつかると思ったがぶつからなかった。
その代わり何か柔らかいものにぶつかった。
「レリアちゃん、危なかったね。」
フィリアに身体を受け止められ、彼女は私を抱きかかえながら飛んでいた。
近くにエルティーの姿も見えた。
不意に力が抜け、剣は手から滑り落ちて地面に突き刺さった。
「もう、傷だらけじゃないですかぁ」
「まだ戦える...」
フィリアがゆっくりと地面に降り立つ、彼女の手から降りて剣を手にした。
「フェエル ヴァイント」
フィリアの詠唱した魔法が傷を癒していく...
「自己再生ならできる...」
「余計体力を消耗するだけですよ。」
「...。」
フィリアを見て思わず笑みがこぼれた。
だが敵は待ってくれない、レリアは剣を消し、代わりに大鎌を呼び出した。
そして敵に斬りかかる、敵に攻撃を交わし首に鎌を突き刺して掻き切った。
獣が呻く深く突き刺さった鎌で肉を抉り飛び降りた。
血飛沫が降り注ぐ、それでも獣は倒れなかった。
フィリアの隣に男が立った。
「良い線いってますが、まだまだですね。」
「あなたは」
その声はシルフだった。
「彼女の剣には意思が感じられない、ただ傷つけ壊すだけ、闇は闇を飲み込むだけ、あれでは倒せない。」
フィリアの頭の上には疑問符が並ぶ...
「見せてあげましょうか、レダイナイト プレシデン」
シルフは走り出し剣を抜く、その剣は光を纏っていた。敵の腹下に潜り込み飛翔すると敵の腹を貫いた。
「レリア!君の剣では倒せん!」
「シルフ?!...」
ドサッと倒れる獣の上に立ち、シルフが見下ろしていた。飛び降りてレリアの前に立つ、思わず俯いてしまう。
「君の剣は闇の獣を傷つけはしても倒す事はできない、君はあくまで闇なのだから、こっちを見て」
顔をあげるとシルフの笑顔が目に飛び込む、とてもじゃないが笑っていられる気分じゃない、己の弱さを見せつけられて喜べるわけがない、何だか腹が立ってきた。
「さすがシルフ様!」
「守護者は違うなぁ」
周囲の民衆が歓喜の声を上げる。
「守護者はよしてくれよ、もう役目は終わったんだ」
「じゃあ国に帰るのかい?」
「いや、まだ帰らない、帰れないと言った方がいいかな?彼女達を一人前にしないとね。」
「って事は、あれが新しい?」
「それも違う、彼女達はただの生徒会長と副委員長さ、今はね。」
「生徒会長って今戦ってたのかい?」
「戦ってたのは副委員長のレリアだよ、委員長は一緒にいたフィリアって子だよ。二人とも潜在能力は未知数だけど良い戦いぶりだっただろ?」
「ああ、そうだな、あんたが言うなら間違いないな」
シルフは民衆の中で談笑していた。
フィリアがその光景をボーッと眺めていた。
「帰ります。」
フィリアに言って歩き始める。
「レリアさん!待って下さい~ひぎゅ...」
すぐ後ろで変な声がしたので振り向くと、フィリアが転びそうになっていた。そしてそのまま突っ込んできた。
「何もないところで躓くな...」
フィリアに抱きつかれたような格好になった。
「ごめんなさい~」
慌てて離れて服を整える、周囲の人もクスッと笑って見ている、どうせなら思い切り笑ってくれた方が気が楽だと思った。
エルティーは何時の間にかシルフのところで飛び回っているし、私はただ帰路を急いだ。