三題噺「履歴書」「不快」「喧嘩」
「志保、聞いてる?」
葵さんが私に尋ねてくる。
「聞いていますよ、佐々木先輩」
書いている履歴書を見たまま、顔を上げずに答える。
「もうちょっと真面目に聞いてよ~」
「こんな時間に訪ねてくるのですから、なにか大事なことかと思えば、ひたすら橘先輩への愚痴話を聞かされているんですから。もういい加減飽きました」
時計の針は22時を指している。バイトの面接のために履歴書を書いていたところ、突然葵さんが訪問してきたのだ。
「だってマリってさ、目玉焼きにケチャップかけるんだよ?信じられる?普通目玉焼きには塩コショウでしょ」
「よく毎度毎度、そんなくだらないことで喧嘩できますね。ちなみに私も塩コショウ派です」
「そうだよね!ケチャップはないよ。邪道だよ、邪道! 志保はよくわかってるなぁ。ホント、大好き!」
心臓が大きく音を立てる。平静を装って私は言葉を紡ぐ。
「そんなこと言ってないで、早く謝ったらどうですか」
どうせ明日になれば、いつも通りに、仲良く話すんでしょうけど。
「いや、マリがケチャップをあきらめて、塩コショウを認めるまで私は謝らないよ!」
会話がいったん途切れる。部屋にはボールペンの音だけが響く。
葵さんにとって私は何なんだろうか。静寂の中で考える。
橘先輩とのやり取りを聞かされるたびに、私の心は淀んでいき、不快さを感じる。
葵さんと橘先輩が互いのことを友達としてしか見ていないのは十分わかっている。そして、私が葵さんに対して持っている感情は異常なもので、葵さんが私のことをただの後輩としか見ていないことも。
「佐々木先輩って私のこと、どう思っていますか」
「え?」
「私は、葵さんのこと好きです」
ボールペンを置き、葵さんの手をつかむ。
「ちょ、ちょっとまって。急にどうしたの」
葵さんが動揺している。普段では決して見れない姿だ。
「急じゃありません。私は前から葵さんのことが好きでした。葵さんが橘先輩の話をするたびに、橘先輩に嫉妬していました」
「そんなこと言っても、私たち女同士だよ?」
「そんなの関係ありません。私は葵さんが好きです。愛しています。葵さんはどうなんですか」
言葉があふれてくる。なにか、私の感情を抑えていたものがなくなってしまったように。
「もう嫌なんです。辛いんです。私が異常だってことはわかっています。葵さんに迷惑をかけていることも」
「……」
葵さんはじっと私も見てくれる。
「でもどうしようもないんです。葵さんと一緒にいるととても幸せな気分になれます。軽く、『好き』といわれるだけで浮かれてしまいます。葵さんが話しかけてくれるととてもうれしいです。でも私以外の女の人の話をされるととても心が苦しくなります」
涙がこぼれる。
「ごめんなさい、急にこんなことを言ってしまって。少し外に出てきます。帰っていてもらって構いません。ドアは開けたままでいいですから」
そう言って立ち上がり、玄関へ向かう。
「勝手なこと言うな、ばか」
急に袖をひかれ、バランスを崩し、倒れる。
「全然、迷惑じゃないよ」
葵さんの顔と私の顔がとても近くなった。