あっちの宇宙人とこっちの宇宙人
「ミッちゃん。十八歳のお誕生日おめでとう。」
「ありがとう、お父さん。」
別段特徴の無い小さな一軒家のリビングで、父とその娘の美智子がささやかに誕生日を祝っていた。
しかし、ケーキも食べ終わりそろそろお開きかと思われたところで、それまで他愛のない会話を続けていた父が急に口を噤む。
美智子がどうしたのかといぶかしんでいると、彼は神妙な顔つきでこう告げた。
「…ミッちゃん。
ずっと黙っていたけど、実は君には婚約者がいるんだ。」
「なんと!」
驚きに目を見開く美智子。
申し訳なさそうにしながら、父はさらに言葉を紡ぐ。
「早速で悪いけど、本人に会ってくれないかな?
実はもう家まで来てもらっているんだ。」
それを聞いた美智子は、無言で椅子から立ち上がりテーブルとテレビの間のタタミ二畳分ほどの空いたスペースへと移動した。
真剣な表情でパァンと大きく手を鳴らしたあと腰を低く構える。
さらに、深く息を吸い込んで彼女はカッと目を見開いた。
「よっしゃ、来いやオラァーッ!
シャー、コラァーッ!」
吠えながら、軽快なステップで反復横跳びを繰り返す美智子。
なぜか、時折その右手を挑発するようにクイクイと曲げている。
彼女の肩甲骨辺りまで伸びた栗色の髪が右へ左へと忙しなく動き、たわわに実ったFカップの胸がこれでもかと揺れていた。
「うーん、潔し。
ミッちゃんたら相変わらず男前だねぇ。パパほれぼれしちゃう。
じゃ、娘の心の準備も出来たみたいだし…、入って来ちゃってー!」
父は頷きながら朗らかに笑うと、背後の廊下へつながる扉に向かって声をかけた。
そこからゆっくりと姿を現したのは………。
「うぉぉおおお!
イケメン様じゃ!イケメン様が降臨されたぞぉぉお!
よっしゃあ、祭りじゃあーッ!イケメン祭りじゃあああッ!」
「えええ!?」
反復横跳びから一転、サンバのような激しい腰つきで踊り出した美智子に、イケメンと認識された男性がビクリと身体を揺らす。
一心不乱に躍り続ける彼女からぎこちなく視線を反らし、彼は隣に立っている父に問いかけた。
「え…。あ…あの…。
も、もしかして…この子が…?」
「うむ。ワシの娘で君の婚約者の美智子だよ。
どうやら最悪の相手を想定していたところ、逆に優良物件が出て来たので喜んでいるようだね。」
「セイっ!I・K・E!M・E・N!イーケーメェーンッ!」
奇行に走る娘をまるで微笑ましいものを眺めるような穏やかな瞳でニコニコと見守る父。
このあまりにも混沌とした光景に、美智子の婚約者であるイケメンは軽く目眩を覚えるのだった。
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どうにか落ち着いたところで、三人は椅子に腰を下ろした。
四人がけのテーブルの片側に美智子、その正面に父とイケメンが並んで座っている。
「ミッちゃん。
この人はね、宇宙人のノウンディンさん。」
ノウンディンと呼ばれたイケメンが、彼の言葉を訂正するでもなく真面目な顔つきでペコリと頭を下げた。
礼を受けた当の彼女は、不躾かつ遠慮のない目つきでジロジロと彼を観察している。
それから、美智子は自身の顎を右手の親指と人差し指で擦りながら、何かに納得した様な表情で呟くように言った。
「ふぅむ、成程。言われてみれば、確かに。
地球人には無い青い肌に緑色の髪、黄色の目玉に尖った耳…。こりゃ、宇宙人だ。」
「今の今までこんな分かりやすい身体的特徴に気がついていなかったのかい!?」
美智子の発言に仰天して、目を丸くし声を荒げるノウンディン。
反対に冷静な態度の彼女は、平淡な口調で会話を続ける。
「はっはっは。急にイケメン様が登場すれば、女は誰だって平常心を失うさ。
そして、イケメン祭りも開催するさ。」
「何それ怖いっ。僕の知ってる地球の女性と違うっ!」
ノウンディンは彼女の主張にドン引きしている。
そこへ、あえて空気を読まない父が二人の会話に割って入って来た。
「ほらほら、二人とも。早速仲良くするのは結構だけど、説明を続けるよ。
何でもノウンディンさんたちの住んでいた惑星が滅びちゃって、地球に移住する計画を立てているんだって。
それで、その第一歩がミッちゃんとノウンディンさんの結婚。
生き残った数少ない宇宙人たちで交配を続けてもすぐ絶滅しちゃうだろうから、地球人と子供が生まれるのか試したいらしいよ。
もちろん、普通に交流の意味もあるみたいだけどね。
地球人の中でも特にミッちゃんは子供を孕む可能性が高いらしくてさ。
何と世界政府からも彼と結婚するように令状が来ているんだ。」
「政府から…。ということは、お父さん。」
ごくりと喉を鳴らしながら、いつになく神妙な面持ちで美智子が言葉を発する。
そんな彼女の様子に、ノウンディンは少しばかり不安を覚えた。
彼らの技術力に目を付けた世界政府は、この結婚を何が何でも成功させようとしている。
当然、何の権力も持たぬ一般人に拒否権など無い。例え彼女に意中の人がいようが彼自身を忌避して泣き喚こうが、決定は覆されるものではない。
この重すぎる事実に気がついた彼女が、恐怖に耐えかねているのだとしたら…。そう考えてノウンディンは己の拳を強く握り込んだ。
しかし、彼の懸念と裏腹に美智子は手の平を上向きにして親指と人差し指で輪を作りこう言った。
「イヤらしい話…コレもガッポリ貰ってたりして?」
予想外すぎる反応に、ノウンディンは反射的にガツンとテーブルへ頭を打ち付けた。
彼の唐突な行動を気にするで無く、父はニヤリとした笑みを張り付けて言う。
「おぉっとぉ。何と言ってもワシの娘、さっすが鋭い。
そうね。ミッちゃんの欲しがっていた生メイドさんを百人雇ってもまだお釣りが来る程度には…ね?」
「っひょーう!マジですか!やったね、お父さん!へーい!」
「へーい!」
立ち上がって何とも楽しげに互いの手を打ちつけ合う親子を尻目に、ノウンディンは上体をテーブルに伏したままブツブツと独り言を呟きだした。
「…うん、僕はね。
そんな実験動物みたいな扱いを受けるなんて、相手の女性は酷くショックを受けるんじゃないかなぁと思っていたんだ。
突然こんなワケの分からない生物と結婚して子供を孕めって強制されるんだからね。
それでも出来る限り誠実でいたくて、どうにか幸せにしてあげたくて、言葉や習慣やその他女性に喜ばれそうな事を色々と勉強したんだよ。うん。
だけど…、だけどね。
何だかもう、真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきちゃったや…。
あははは。あは。あははははははは……………はぁ。」
ため息を吐きながら、ノウンディンは横目で未だ父と戯れている己の婚約者を眺める。
その彼女の一点の曇りもない実に楽しそうな笑顔に、彼は少しだけ目を細めた。
「…まぁ、でも。
一緒にいて退屈だけはしなさそう…かな。」
そんなこんなで至極あっさりと結ばれた二人は、途中、宇宙人の存在が大々的に発表された事で連日自宅に記者が押し掛けノイローゼになりかけたり、卵焼きは塩派か砂糖派かという論争がきっかけで離婚しそうになったり、濡れ衣の男色疑惑で夏冬の祭典に薄い本を売り出されそうになったり、交流反対派の人間や宇宙人から命を狙われたりと、それはそれは様々な困難に見舞われつつも、何だかんだで五男六女の子宝に恵まれ幸せな生涯を送ったのだという。
おまけの台詞集
◇自己紹介
「私は美智子。十八歳で高校三年生。学校では男の中の男先輩と呼ばれている。」
「語呂悪っ!」
「高校生活の中でラブレターを貰った回数は実に62回。」
「…それはすごい。」
「ちなみにウチは女子高。」
「それはすごい!」
◇エンゲージリング
「…ふぅ。」
「君が悩み事だなんて珍しいね。」
「んー、いや。エンゲージリングだけども…。
首輪とメリケンサックと緊箍呪だったら、どれがいいと思う?」
「素直に指輪じゃダメなのかい!?」
「その方が、二人だけの特別って感じがするでしょ?」
「うーん。このセリフだけ聞くと君が普通の女の子なんだと錯覚しそうになるね。」
「で、どれがいい?」
「…とりあえず、緊箍呪だけはどう頑張っても手に入らないんじゃないかな。」
※緊箍呪…金剛石から生まれた猿が頭につけているお経で縮まる例の輪っか。
◇誓いますか?
「誓ったり、誓わなかったり!」
「ちょっ、そこは普通に誓おうよ!?」
「ふはははは!嫁が欲しければ、私の屍を越えて行けぇーい!」
「その屍が当の嫁!禅問答も真っ青だよ!ドレスで反復横跳び止めて!」
「愛があれば何でもできる!ダーッ!」
「愛はあるからお願い早く誓って美智子さんんんん!
ホントもうヤバいから!VIP席が不穏な空気放って来てるからーッ!」