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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第六十一話:MAZE OF THOUGHT

古市と別れ、職場にやってくると、家を少し早めに出たにも関わらず遅刻だった。今度遅刻するようだと、そろそろ反省文などを書かせると脅していた三好だったが、言葉とは裏腹に原稿用紙は渡してこなかった。代わりに古市から連絡があって、こっちで借りたから遅刻は大目に見るように言われたことを教えてくれた。立場ある人間だが、城山のような若輩に対しても礼節を欠かない態度や、このような気配りを当然のように行える彼の人間性に、素直に好感が持てた。

三好に解放されると、自室で待機することにした。今日のタッグは乃木なのだが、挨拶に行く気はあまり起きなかった。

考えた。古市に聞いた話を、冷静にまた見つめなおしてみる。付会してしまったのではないか、という自分自身に対する疑念が拭えないのだ。実際問題として、相木が嘘をついていただろうという憶測と、彼の事件への関与は同時に語れない。自分だけが知りえた事実に悦に入り、無理矢理彼を犯人として仕立て上げたい衝動が、心のどこかになかったとは言い切れないのではないか。功名心、とまではいかないまでも、古市に評価され多少なり優越した気持ちに陥っていたとしてもおかしくない。加えて、謎ばかりが横たわる今回の事件について、一つでも、たとえ少しばかり強引でも、一応は筋道の通る仮説が浮かび上がってきたものだから、それに飛びついてしまいたい衝動が脳を支配しなかったか。

今となっては古市に推論であることを前置いて話しておいて良かったなどという感情まである。

正常な、客観的な見方をしたい。そして今こそそれが必要なのではないか……

こういうときは、自説の穴を探ってみるのが一番冷静になれることを城山は知っている。今回のケースで言うなら、自身が組み上げた相木実行犯説についての反論を構築してみる。

仮に本当に相木が虚言を働いていたとして、それが事件への関与を悟られまいとしてのものなのか、単純に自身へ疑いが向かないように仕向けるためのものだったのかは、今となっては計りようもない。仮に後者だと仮定するなら、彼は隔離世の中で何をしていたのだろうか。相殺が行われる傍で、本当にただ膝を抱えて気配を殺して、その異常な事態が過ぎ去るのを待っていたのだろうか。勝手に殺しあっただけなんだ、という彼の言葉通りだったのだろうか。やはりこれももう確かめようのないことである。

彼の言葉通りだったという仮定でもう少し考察を深めていくと、どうしても根源的な疑問に行き着く。彼はどうして他の人間と同じように、その狂った殺し合いに参加しなかったのか。隔離世に招かれた彼以外の人間はすべからく殺し合いに参加していたというのに、どうして彼はその異常から免れられたのか。そこに鍵があるのは間違いないだろう。彼が犯行側の人間であったからにしても、それともこちらが未だ知り得ない事情が潜んでいるにしても。

ここで城山の思考は少し寄り道をしてしまう。

具体的にどのような方策で以って今回の相殺劇は出来しゅったいするのだろうか。つまり、そもそも何故およそ薬物などの効能により精神異常をきたしていない人間がああも凄絶に殺し合うのだろうか。外的作用が原因だったにして、如何にして、それを演出するのだろうか。

簡単に、素人考えで思いつくのは、強力な催眠術である。いつか美容室で軽薄な美容師に聞かされた集団催眠のうわさ。取り合わなかった流言飛語の類を、今自分が真剣に考え始めているのが随分可笑しかった。

可能だろうか? 全くの門外漢である城山からすれば明らかに眉唾ものだが、考えてみる。実際の効力として、人が人を殺すほどの強烈な催眠術を施すというのは、現実的なのだろうか。もしかしたら、人の生存本能に訴えかけるような暗示をかけたのなら、出来るだろうか。つまり、隔離世内に集められた人間全員に、ここに居る自分以外の全ての人間が、自分を殺す意思がある、という具合に強迫観念を煽るのだ。殺される前に殺せ、というヤツである。一種トランス状態にまで精神を昂ぶらせることが出来たなら……

だが、やはり城山としてはしっくりこない。そんなに都合良く全員にはまるだろうか。いや、全員と言わず例えば半数でもはまれば後はなし崩し的に相殺が広がるのだとしても、やはりそう首尾よく暗示通りに動くとは思えないのだ。自分が言ってもあまり説得力はないのだが、人が人を殺すというのは信じられないほどの精神的負荷がある。良心であったり、倫理観であったり、そういったものを一たび完全に念頭から消し去って、行動を掣肘せいちゅうするのは並大抵のことではない。人間はマリオネットではないのだ。自身の生命に関して重大な強迫観念を植え付けられて、常人が一番に取りたい行動としては、逃げることではないだろうか。それを、相手を殺してしまうという限定的な思考に誘導するなんてことが出来るのか。それはもう、催眠術というより、その本人の脳味噌を、体を、神経を、乗っ取っていると言った方がまだしっくりくる。そしてそんな方法となると、もう城山としては眉に唾つけるどころではない。ほとんど空想上の出来事だ。

だから人間に成しえるとも思えない。だったら妖魔の単独犯なのだろうか。それこそ相木は実行犯でもなんでもなく、ただ妖魔が乗っ取り損ねた生き残りだったのだろうか。

だがしかし、という思いもある。もしそうなら、相木は何故殺されたのか。偶然にキチガイに襲われたというだけのことなのか。事件現場に居たということ以外、何の背景も感じさせない、悪魔でも何でもない、ただのしがない警備員が、口封じとしか思えないタイミングで通り魔に殺されるだろうか。

ヒトの意思が関わっている気がしてならないのだ。

相殺事件にしても、そうだ。仮に非常に知能の高い妖人タイプの妖魔が単独で行っていたとすると、メリットというものが浮かんでこない。人を酔狂や意志でもって殺すのは人じゃないのか。それとも、人に限りなく近い狂気を持った妖魔というのが実際に居るのか。まだまだ妖魔についてはわからないことばかりなので、一概に否定は出来ない。

そうなると、何らか利害が一致した人間と妖魔の共同犯という推論は、ただの妄想でしかないのか。

「わからないな」

千千に乱れ始める前に、城山は思考の海の漂蕩ひょうとうから戻ってきた。

結局、相木実行犯説を推し進めるにも、否を唱えるにも、圧倒的に情報が足りない。せめて隔離世内で起こった出来事がわかれば随分と話は変わってくるのだが。

腕時計を見る。音邑が予見した今日の妖魔は、八体。そのうちの先鋒が現れるだろう時間が迫っていた。今日も忙しくなりそうだ。再び考えを巡らせる余裕が出来るだろう朝方頃には疲れきって抗い難い睡魔に支配されていることだろう……

一つ膝を叩いて鼓舞するように立ち上がった。

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