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伏魔殿の常識は  作者: ポンカス
第二章:東京夢物語
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第五十九話:SHE HAS A RESERVATION

病院を出ると、城山はあーとかうあーとか唸りながら体中を伸ばした。三好が何の呪文ですかと尋ねると、城山は自分の鳴き声だと答えた。それが妙に三好のツボに入ったらしく、一分以上笑っていた。波が引いても、時々思い出し笑いをしながら、二人は車へと戻る。

パーキングの近くまで来たとき、城山は三好が浮かない顔をしているのに気がついた。

「柏原さんのこと、残念でしたか?」

「え?」

キョトンとする。退職願をしまったカバンに視線を落として、ようやく何について言われたかわかったような顔になった。どうも、彼女の顔を曇らせているのは、そのことではないようだった。

「いえ。行く前から、こうなる可能性についても考えていましたから」

「ああ、なるほど」

「城山さんほどの力があったら、ひょっとすると臆病風に吹かれた、と映りましたか?」

三好は今思いついたというような感じで尋ねた。何か時間を稼いでいるような印象を城山は受ける。事実、パーキングには入らず、入り口の前で立ち止まって話し込むような流れになっていた。

「いえ。別に他人の人生をとやかく論じれるほど僕は偉くはないですよ」

「そう、ですかね」

「新しくやりたいことが見つかったのなら、それはそれで良いんじゃないですか。たとえ妖魔にやられて怖くなったというのが転機だったとしても。最初からこんな職場自体、はっきり言ってしまえば異常なんですから。気が狂うくらいなら、さっさと転職でも何でもしてしまった方が賢いですよ」

「そう、ですよね」

「三好さん?」

自分から振っておいてあまり聞いていないような感じである。何か別のことを考えているような。

城山は何となく、得心がいく。

「せっかく拘束がこうそくがおかくんだりまで出てきたことだし、どこかオサレな店で飯でも食っていきますか?」

「え?」

「時間も少し昼時から過ぎてるし、そんなに込まないでしょう」

三好はぽかんとしている。

「どうします? 僕は貴方を送った後にどこかで食べても良いですけど」

「あ、い、行きます」

三好は何度か城山の言葉を噛み砕いていたようだが、ぼんやりとそう返事した。それから少し置いて、やっと理解したかのように、うつむいて顔を綻ばせた。



店内は、土曜日の昼過ぎということもあって、軽食を取っている人間が多かった。壁にかかったランプのような形状をした室内灯からは、温白色の柔らかい光が漏れている。

客層としては、意外と若者が多いようだ。財布に優しい値段設定をしているランチタイムということもあるのだろう。本格的なイタリア料理を振舞う店ということで、敷居が高そうなイメージが付きまとうが、学生くらいの歳の客もちらほら見つかる。とはいえ、馬鹿騒ぎをするような者は当然おらず、店内は落ち着いた雰囲気が満ちていた。店の隅にあるグランドピアノを、ドレスに身を包んだ女性が優雅な手つきで演奏していた。流れ来るジャズのメロディーが耳に心地よい。

随分気取った店に連れてこられたものだと、城山は向かいの三好を見る。彼女の奢りだからと付いてくれば、予約を入れていたらしかった。最初から今日の付き添いの礼に、ここでご馳走してくれるつもりだったらしい。何とか引きとめようとしていたのは、そういう事情らしかった。そういうことだったら、さっさと誘えば良いのに、とも思うが。

「あまりこういうお店には来ないんですか?」

「ええ。僕は模範的な小市民ですから」

ずり落ちてきたパーカーの袖をたくし上げながら答える。退色した上ゆるゆるだった。

「それにしても、簡単にやめさせたものですね」

城山はまぜっかえす。

「柏原さんですか」

「ええ。てっきり機密保持として、やめるには色々ややこしい手続きでもあるのかと思いましたよ」

「それはどういう?」

「例えば、手の小指の第一関節をつめさせたり。例えば記憶消去術を用いたり、そういう技術がなかったなら、洗脳を施すとか」

三好は呆れたように笑った。

「うちを悪の秘密組織とでも思ってるんですか? 普通にやめれますよ」

「へえ」

「まああまり無いことですけどね」

「そうなんですか?」

「ええ。うちは辞めるというより、続行不可能という状態に陥ることの方が多いですから」

続行不可能とは婉曲で、それは死んでしまっていると言ったほうがより伝わりやすいのは、城山にも察せた。つまり辞めるということは、棺に担ぎ込まれることと同義に近い。

「でも、あの人みたいなケースもレアでもあるんでしょう?」

「ええ」

牙が折れて、続行不能ということ。心の方が死んだということ。

「大丈夫なんですか?」

「情報のことですか?」

うなずく。

「それがどうして、意外と大丈夫だったりするんですよね」

三好は微笑する。

「彼も言っていたように、こういう職に一度でも就いた人間は、無闇に言い触らしたりしないんですよ。言ったとして信じてもらえないというのもありますが、実際のところ、大きな権力が後ろに見え隠れしていますから、迂闊なことをしようという気は起きないというのが主なんですかね」

「なるほど」

「まあ、創設間もない頃には、吹聴しようとした人間が消された、なんて時期もあって、それが逆に抑止力として働くようになって、必要がなくなった…… と言ったら、どう思いますか?」

悪戯っ子のように言うが、内容はヘビーだ。

「まあ、僕としては仮に辞める時にも、もとより誰かに言おうなんて気にもなりませんね。というか、僕はあまり友達が居ないですから」

川瀬に言ったとして、ふうんすごいこともあるもんだな、程度で流されそうだ。信じる信じない以前に、興味を持ってもらえそうにもない。

ふと、奈々華には話しているが、どうなのかと気になる。彼女の口から誰かに広まる、なんて可能性は万に一つも無いだろうが、一応帰ったら口止めをしておこうか。

「……さっきから随分気にされてますが、まさかやめるとか言い出しませんよね?」

「残念ながら、そういうわけにもいきません」

そう返しながらも、辞職に関して何らのペナルティーもないのであれば、やめてしまうというのも一計かと思っている。例えば奈々華の大学卒業くらいまでの蓄えが出来たなら、ない話ではない。

「そういう事情はご存知でしょう?」

だが少なくとも、今すぐどうこうという気は起こらない。もともと、城山が志願した動機は、生活のためである。今辞めてしまえば、将来への貯蓄どころか、口を糊するのさえ至難だろう。

三好が安心したような、申し訳ないような様子で頷いた。

しばらくして料理が運ばれてくる。やっとか、と城山は小さく息を吐いた。店員が慎重な手つきで、食器類の間に皿を置く。恭しく一礼して去っていく。コース料理の前菜を前に、城山は空腹を再認識する。確か外側のフォークから使っていくんだったかとテーブルマナーを思い返していると、三好が料理に手もつけず、俯いて難しい顔をして言った。

「……彼が見つけたっていう、熱。なんだと思います?」

「え?」

「やりたいこと、っていう意味だと思いますけど」

「まあ、そうでしょうね。気になるんですか?」

「一応、元職員ですから。その第二の人生ともなれば」

面倒見の良いことで、と茶化すには、三好の顔は少し真剣すぎた。

「知りませんよ。気になったなら、聞いておけば良かったじゃないですか」

「そうですよね」

「……」

「食べましょうか」

妙な空気になる前に、三好がナイフを取った。

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